原発事故の責任を誰が取るのか。「市民感覚」で始まった裁判で東電元会長らに無罪判決

    福島第一原発事故の刑事責任を問う裁判で、当時の東京電力会長ら3人に無罪判決が言い渡された。事故の責任はだれにあるのか。この裁判が始まる前から司法と市民の判断はすれ違い続けてきた。

    東京電力福島第一原発事故の刑事責任を問う裁判で、東京地裁(永渕健一裁判長)は9月19日、事故当時に東京電力の最高責任者だった勝俣恒久元会長(79)、原子力部門のトップだった武黒一郎元副社長(73)、同部門のナンバー2だった武藤栄元副社長(69)の3被告に、無罪を言い渡した。

    いずれも禁錮5年を求刑されていた。この裁判は、「強制起訴」という珍しい手続きで始まった。なぜ、このような経緯をたどったのか。

    時事通信

    東京地裁前で、東京電力旧経営陣3人の無罪判決を伝える紙を掲げる人たち

    覆った検察の決定。「強制起訴」で裁判に

    この裁判は、「強制起訴」という手続きで始まった。

    検察官が被告の刑事責任を問うために裁判を起こし(=起訴し)、被告側と検察側が争う通常の刑事裁判と異なり、検察官役の「指定弁護士」と呼ばれる、裁判所に選ばれた弁護士らが、3人を起訴した。

    弁護士は普段、刑事被告人を弁護するのが職務だ。それが、被告らの罪を問う立場に回ったのだ。

    原発事故の後、東電旧経営陣の責任を問う1万人以上の告訴・告発を受けた東京地方検察庁は2013年9月、東日本大震災クラスの津波が原発を襲うことは予見不可能だったなどとして、旧経営陣ら全員を、刑事責任を問う裁判にかけないこと(=不起訴)を決めた。

    AFP=時事

    9月19日、東京地裁に入る東京電力の勝俣元会長ら

    これに反発した被災者や弁護士らでつくる告訴団は、検察審査会に審査を申し立てた。

    検察審査会とは、起訴を巡り検察の判断がおかしいと思った時に審査を求めることができる組織だ。各裁判所ごとに設けられており、11人いる審査員は、有権者から無作為で選ばれた市民が務めている。

    検察審査会は2014年、勝俣元会長ら3人について「刑事裁判にかけるべき(起訴相当)」と結論づけた。これを受けてもう一度捜査した東京地検が再び「不起訴」とした。

    審査員を変えて行われた検察審査会は再度「起訴相当」の議決を出し、検察の決定をまたも覆した。

    日本の司法制度では、刑事裁判を起こして罪を問うことができるのは、検察だけとなっている。

    しかし、検察への不服を審査する検察審査会が2回、起訴すべきだと議決すれば、今度は検察ではなく裁判所が指定する弁護士の手で強制的に起訴され、刑事裁判が始まるという特例があるのだ。

    捜査と裁判のプロである検察官が判断したことでも、市民感覚で「おかしい」と思える点があればそれを反映させ、検察の独走を防ぐというのが、制度の目的だ。

    こうして3人は2016年2月に強制起訴され、刑事裁判が始まった。

    時事通信(東京電力提供)

    2011年3月11日、防波堤を越え、福島第一原発のタンク群に迫る津波

    争点は「津波を予想できたか」

    指定弁護士は、原発を襲う大津波が来ると予想できたのに対策を怠って事故を招き、原発の近くにある双葉病院の入院患者らに避難を余儀なくさせ、44人を栄養失調や脱水症状で死亡させたなどとして、3人を強制起訴した。

    裁判の主な争点は、津波が来ることを想定できたかどうかという「予見可能性」だった。

    指定弁護士は「事故の3年前、政府の地震調査研究推進本部が公表した地震予測(長期評価)をもとに東電の子会社が15.7メートルの津波を想定し、旧経営陣に伝えていた」「津波は十分、想定可能で事前に対策を取ることができた」と指摘した。

    一方で3被告は「予想は不可能で、事故は防げなかった」と反論した。

    時事通信

    2011年3月13日、福島県田村市の避難所で、原発事故について大きく報じられた新聞紙面に目を通す避難者の女性

    食い違い続けた「官」と「民」の判断

    今回の裁判で検察官役を務めたのは、日本弁護士連合会の推薦を受けて裁判所に指定された石田省三郎弁護士、神山啓史弁護士ら、刑事弁護のプロとして知られる人々だ。

    石田氏は、ロッキード事件で田中角栄元首相を弁護。さらに東京電力女性社員殺害事件でも再審無罪となった元被告のネパール人男性の弁護をした、刑事弁護の第一人者だ。

    神山氏も東電女性社員殺人事件や名張毒ぶどう酒事件で被告側の弁護を務めた。Wikipediaには「3大刑事弁護人の1人」と表記されている。

    時事通信

    東京電力旧経営陣の判決で東京地裁に入る石田省三郎弁護士(左端)ら指定弁護士=9月19日

    検察当局に「起訴しないのはおかしい」という議決を出したのは、無作為に検察審査会に選ばれた一般の市民。それを受けて強制起訴したのも、「在野」に生きる弁護士だ。

    あの大事故で、だれも刑事責任を問われないのはおかしい。この刑事裁判は、そんな「市民感覚」から始まった。

    そして、普段は刑事事件で被告人を弁護する弁護士らが東電元幹部らの罪を問う役に回った。一方、被告側には、犯罪捜査を熟知する検察官出身の弁護士らが弁護団を結成した。

    「攻守」が逆転したかたちで行われた裁判。東京地裁の永渕健一裁判長は9月19日、「3人が予見可能性がある情報に接していたとはいえない」などとして、3人に無罪を言い渡した。

    指定弁護士が控訴すれば、高等裁判所に場所を移し、改めて裁判が続くことになる。

    東電は「刑事訴訟へのコメントは控える」

    この日の判決を受けて、東京電力は以下のようなコメントを出した。

    当社福島原子力事故により、福島県民の皆さまをはじめとする多くの皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて、心からおわび申し上げます。

    福島原子力事故に関わる当社元役員3名の刑事責任を問う訴訟について、判決が言い渡されたことは承知しておりますが、刑事訴訟に関する事項については、当社としてコメントを差し控えさせていただきます。

    当社としては、「福島復興」を原点に、原子力の損害賠償、廃止措置、除染に誠心誠意、全力を尽くすとともに、原子力発電所の安全性強化対策に、不退転の決意で取り組んでまいります。

    Contact Yoshihiro Kando at yoshihiro.kando@buzzfeed.com.

    Got a confidential tip? Submit it here