ノーベル委員会が平和賞に込めた「国際協調」というメッセージ

    2020年のノーベル平和賞を世界食糧計画(WFP)が受賞した。ノーベル委員会がそこに込めたメッセージとは、何か。

    ノルウェー・ノーベル委員会は10月9日、2020年のノーベル平和賞を、国連機関の世界食糧計画(WFP)に贈る、と発表した。

    WFPはローマに本部を置き、世界各地で避難民や貧しい人々に食料支援を行う組織だ。新型コロナウイルスのパンデミックが世界的な問題となっている2020年の平和賞を、なぜ食料支援機関に贈るのか。

    ノーベル委員会のベリット・ライシュ=アンデシェン委員長が、その意義として強調したのは、自国中心主義が吹き荒れる中での「国際協力の再評価と、再強化」だった。

    「重要なのは国際的連帯」

    授賞発表に立ったライシュ=アンデシェン委員長は、こう切り出した。

    「国際的な連帯と多国間協力の必要性が、これまで以上に顕著になっています」

    「飢餓との闘いに尽力し、飢餓が戦争や紛争の武器として使用されることを防ぐための努力の原動力となっているWFPに、ノーベル平和賞を授与することを決定しました」

    WFPは国連機関の中でも日本では特に知名度が高いとは言えない組織だが、食料の確保と配給という、重要な役割を担っている。イエメンやシリア、南スーダンなど戦乱が続く地域や、アフリカなど政府の力が弱く食糧難に苦しむ人々に、食糧配給などを続けている。

    例えば大規模な難民キャンプが設営された場合、キャンプへの難民の受け入れや第三国への送り出しなどは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が担当するが、キャンプで暮らす人々への食料配給などの基礎的な生活インフラの整備は、WFPが行う。

    国連全体の物流・輸送網を整備する役割も担う。混乱が続き交通機関が寸断された地域に国連職員や人道支援団体員らを運ぶ航空網、国連人道支援航空サービス(UNHAS)は、WFPの管轄だ。

    新型コロナウイルスは、世界各地に深刻な影響を与えている。WFPは6月、世界では飢餓に苦しむ人々の数が年末までに2億7000万人に達するとの予測を発表した。パンデミックが本格化する前と比べて82%も増えている。

    変質し、協調性を失う国際社会

    新型コロナの影響で各地の貧しい人々の暮らしは、さらに苦しくなっている。しかし各国の協力が必要な今、国際社会で起きているのは、国際協調の軽視と、自国中心主義の蔓延だ。

    その代表格が、「人権外交」「国際協調」を前面に掲げていた時期もあるアメリカの変調だ。

    「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権は国際協調を軽視している。

    気候変動で温室効果ガスを減らすためのパリ協定から離脱。関係各国でつくりあげたイラン核合意からも離脱。さらに、国際社会がパンデミックと闘う司令塔のはずの世界保健機関(WHO)からの脱退を宣言した。

    協調を失わせる動きをしているのは、トランプ政権だけではない。今や米国に次ぐ経済大国となった中国は、インドとの境界線付近での衝突を繰り返し、東シナ海や南シナ海では自国の利益をむき出しにした行動を続けている。

    米中を中心に拡がる自国中心的な動きを、国際社会は止めることもできない状態となっているのが実情だ。

    発表直後、ライシュ=アンデシェン委員長は記者からの質問を受け、授賞理由の一つを説明した。

    「飢餓人口の増加とパンデミックには関連性がある。これは国際社会に対し、WFPの予算を削減しないでほしいという呼びかけでもある。世界の全ての国は、人々が飢えないようにする義務があるのです」

    「グローバルな問題に立ち向かうため、国際協力は絶対に欠かせません。しかし、国際協調主義はこのところ、尊重されなくなっています」

    「国際機関は、例えば20年前と比べても信用が損なわれている。理由の一つは、ポピュリズムであり、国粋主義的な考えであり、自国の利益にしか関心のない態度です」

    「しかし、国連が創設された時、普遍主義、普遍的人権が非常に重要視された。普遍的人権があるということは、人類全体に対し、各国は共同責任を負うということです」

    特異な存在の平和賞

    ノーベル平和賞は、ノーベル各賞では「異質」な存在だ。この賞だけはスウェーデンではなく、ノルウェーの国会が指名するノルウェー・ノーベル委員会が選考する。委員にはヤーグラン・元ノルウェー首相もいる。

    そして、国際情勢にインパクトを与える選考で、世界に一石を投じたいという意欲も見え隠れする。

    近年では2009年、プラハで核兵器廃絶に向けた演説を行ったオバマ・米大統領(当時)が受賞した。演説からわずか半年。具体的な行動が伴わない段階での賞は「早すぎる」「オバマ氏の意欲を買って後押ししたのか」といった議論となった。

    2013年8月にシリアで化学兵器による攻撃が起きると、その2カ月後に発表された平和賞で、それまであまり知られていなかった国際機関、化学兵器禁止機関(OPCW)が受賞した。異例の早さと言えるだろう。

    今回のWFP選出も、WFPが続けてきた食料支援の重要性はもちろんのこと、こうした国際協調による人道支援を軽視する風潮に一石を投じ、世界の人々に再考を促す狙いがあるとみられる。