10歳で離婚した少女は奴隷同然に扱われた たった1人の映画祭で知る世界

    たった1人で続ける「イスラーム映画祭」。4回目のテーマはイエメンだ。史上初の映画も上映される。

    イスラム圏で作られた映画やイスラム教徒にまつわる作品を個人で集め、「イスラーム映画祭」を開いている男性がいる。藤本高之さん(46)だ。

    2015年に始めた映画祭は、2019年3月、4回目を迎える。今回焦点を当てたのは、内戦が続き、市民に食糧不足などの人道危機が押し寄せる、イエメンだ。藤本さんはなぜ、たった1人で映画祭を続けているのか。

    なぜ、第4回となる今年のテーマはイエメンなのか。

    モスクからの呼び声

    藤本さんは20代のころ、バックパッカーとしてバングラデシュなどのイスラム圏を訪れた。

    夕暮れ時、モスクから礼拝を呼びかける声(アザーン)が流れた。

    甲高い声で独特の抑揚を付けながら、「ハイヤー・アラッサラー」(いざ礼拝に参られよ)と呼びかける。アザーンの声を上げる人は「ムアッジン」と呼ばれ、モスクに集まる信徒でも、特に声に自信がある人が務める、名誉ある役回りだ。

    藤本さんは、時が止まるような美しさにハッとして、イスラム社会とその文化に深い関心を持つようになった。

    その後、ホテルマンとして働く傍ら、映画を通じてイスラム圏の人々の姿を日本で紹介したい、と考えるようになった。

    私費を投じ、海外の配給会社との交渉や国内での上映会場探し、さらに広報まで1人で何役も務め、2015年12月に第1回の「イスラーム映画祭」を開いた。上映作品は、戦乱などを主題としたものよりも、できる限り等身大のイスラム社会の姿を伝える映画を選んだ。

    過激派のテロで満員に

    シアターは連日、満員となった。イベントとしては成功したが、その理由は、皮肉なものだった。

    その1ヶ月前にパリで過激派組織「イスラム国(IS)」による同時多発テロが起きた。それでイスラム圏への関心が高まり、メディアの取材も集まったのだ。

    「起きてほしくないことが起きて注目されるという皮肉な結果となったので、当時は正直、盛況がそれほど嬉しいとは思えなかった。パリのテロがあったからこういう映画祭をやったと思われるのも心外だった」

    2017年の第2回イスラーム映画祭も「社会派作品」より、普通の人々の暮らしを描く作品を中心に選んだ。

    焦点はイエメン

    転機は2018年の第3回映画祭だ。パレスチナ問題。イラクの混乱。シリア内戦、そしてイエメンの内戦。「中東はあまりにも酷い状態だ。それを知らんぷりするわけにはいかない。だから、シリアをテーマに選んだ」

    そして今回は、シリアと並び悲惨な状況にあるイエメンをフィーチャーした。

    イエメンはビザの取得が難しいこともあり、日本の報道陣が直接取材することは少ない。国連は2000万人に食糧危機が迫っていると警告しているが、その実像が伝わることも少ない。

    その逆に2019年2月には、独自のルートでイエメンの正規ビザを入手し、現地取材に向かおうとした日本人のジャーナリストに対し、外務省が旅券返納命令を出して日本からの出国を禁止し、取材を妨害する事件まで起きている。

    史上初のイエメン映画が上映

    今回の目玉は、イエメン人監督がイエメン国内で撮影した、イエメン史上で初めての映画「わたしはヌジューム、10歳で離婚した」(2015年)。現在はフランス在住の女性監督ハディージャ・アル=サラーミー氏の作品だ。

    映画のテーマは児童婚。2008年にイエメンで実際に起きた、8歳の女の子が親の手で大人の男と勝手に結婚させられた話を題材としている。

    ヌジュームは、結婚相手の家で半ば奴隷のような生活をさせられ、耐えきれず逃げ出す。そして、法律の仕組みを全く知らないまま、裁判所に飛び込む。そしてーー。

    イエメンには部族制度があるうえ「女性は親や夫の言うことをきくもの」という慣習が強く、女性が自らの人生を決めることができにくい状況にある。その最悪の例が、まだ学齢期なのに勝手に結婚させられる「児童婚」だ。

    国連児童基金が2017年に公表した報告書によると、イエメンでは18歳未満で結婚する女性が3分の2を超える。2015年以前はおおむね5割ほどだったが、内戦で増えた。

    生活が厳しくなった親が、幼い女の子を「口減らし」や新郎側から婚礼金を得るため、結婚させているという現実があるのだ。

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    「わたしはヌジューム」予告編

    さらに、アル=サラーミー監督のドキュメンタリー映画「イエメン:子どもたちと戦争」(2018年)なども上映される。

    こちらは、11歳のアフメド、8歳のリマ、9歳のユースフの3人が、「子どもジャーナリスト」として内戦下のイエメンに生きる人々の声を集める姿を撮影した作品だ。

    空爆でけがをしたり、親を失ったりした子どもたちに、同じ立場の子どもだからこそできる鋭い質問を投げかけ、ともに泣く。画家やラッパー、SNSの人気モデルなどにも次々とインタビューしてゆく。見応えのある作品だ。

    イエメン以外でも、2018年に日本で公開され注目を集めたレバノン映画「判決、ふたつの希望」(ジアド・ドゥエイリ監督)や、ドゥエイリ監督の初作品で、1970年代のレバノン内戦下での青春を描いた佳作「西ベイルート」などが上映される。

    藤本さんは今、東京・渋谷の映画館で映写技師として働いている。

    「今回も、ここまでたどり着くのに必死でした。楽しいから気にならないけど、必死で自転車をこぎ続けています。お客さんが集まってくれて、反響があることが楽しい」と語る。

    「イスラーム映画祭4」は3月16〜22日に東京・渋谷ユーロスペースで。3月30日から4月5日まで、名古屋シネマテークで、4月27日から5月3日までは神戸・元街映画館で開かれる。

    東京と名古屋では、現地情勢に詳しいゲストによるトークセッションもある。

    イスラーム映画祭4の全容は、こちらまで。