ホットケーキミックスやバターがなぜ品薄に?いつ解消する? 新型コロナで食料事情はどうなるのか

    コロナの巣ごもり需要で、ホットケーキミックスなどが品薄になっている。食料事情はこれからどうなるのか。業界や専門家に取材した。

    新型コロナウイルスの影響で「自粛」生活が続く中、スーパーなどの店頭から消えたのはマスクだけではなかった。ホットケーキミックスや小麦粉、バターなどの品薄が続き、フリマアプリでは定価以上で転売されている。

    新型コロナは、食卓にどんな影響を与えるのか。小麦や大豆などの大部分を輸入に頼る日本の食料供給は大丈夫なのか。専門家や各業界に取材した。

    ホットケーキミックスやバターが品薄な理由は

    「外出自粛」が呼びかけられるようになった3月以降、SNS上で「ホットケーキミックスが買えない」「バターがずっと品切れ」という書き込みが相次ぐようになった。

    スーパーではホットケーキミックスなど粉類の品薄が続き、フリマアプリでは定価を上回る価格で転売されている。

    この状況に、業界団体は品薄になっていることは認めた上で、「間もなく解消する」と、消費者に落ち着いた行動を呼びかけている。

    小麦粉の製粉メーカーでつくる製粉協会によると、家庭用の小麦粉やホットケーキミックス、お好み焼きミックスなどが品薄になった理由は「巣ごもり需要」による急激な需要増で、「一時的なもの」だという。

    協会によると、小麦粉の需要は製パン業者などをはじめとする業務用が9割以上で、家庭用は1割未満だ。小麦粉の用途の全体から見れば家庭用の需要は少なく、これまでの製造量で十分だったが、「巣ごもり需要」の増大で、一時的に追いつかなくなったという。

    日本の小麦粉の9割は、アメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入で、残りは国産だ。

    製粉協会の担当者は「小麦粉の輸入は全く滞っていない。米国やカナダでの小麦の作況は良いし、農業生産や輸出などに携わるエッセンシャルワーカーは業務を続けている。国内メーカーも増産しており、巣ごもり需要もやがて落ち着く。品薄はいずれ、必ず解消する」とBuzzFeed Newsの取材に語る。

    フリマアプリなどで行われている転売について、協会の担当者は、こう指摘する。「転売でお金を儲けたい人がいるのでしょうが、手を出しても損をするだけです。品薄はずっと続くわけではありません」

    バターの品薄については、日本乳業協会が6月2日、「外出自粛などにより、家庭内で菓子や料理をする機会が増えた、家庭用バターの購入量が大幅に増えている」としたうえで、「増産体制を取っており、落ち着いた購買行動をお願いしたい」と消費者に呼びかける声明を出した。

    農林水産省がまとめた資料によると、店頭でのバターの欠品率は、5月第1週に46%だったがものの、週を追うごとに改善している。

    農水省も「過去に例を見ないほどの家庭での消費急増により、供給が追いつかない状況だ。しかし今後、バターの供給は増え、徐々に改善に向かう見込みだ」としている。

    専門家の視点

    キャノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹は食糧問題の専門家だ。農林水産省出身で、各国との農産物交渉にあたってきた。

    ホットケーキミックスやバターなどの品薄について山下さんは「例えばバターを見ても、原料となる生乳や、副産物の脱脂粉乳の生産量は減っていない。小麦粉やホットケーキミックスも同様で、生産や輸入は減っていない」

    そのうえで、「消費行動が落ち着いたり、生産者側が物流・供給体制を組み直したりすることで、いずれ解消する」と指摘する。

    こうした個別の商品のほか、国内の農家から悲鳴が上がっているのは、中国やベトナムなどの外国人の技能実習生がコロナ対策の入国規制を受け、労働力不足が起きている点だ。

    食糧安保の本丸、穀物価格は?

    山下さんは「野菜や果物といった労働集約型の農産物の生産には、確かに一時的に影響が出ている」と語る。

    ただし、「食糧の安全保障で最も重要なのは、トウモロコシや小麦、米などの穀物と、大豆です。これらは各国で農業の機械化が進んでいる。日本でも米や小麦の農家は影響を受けていません」

    主要穀物が安定的に適切な価格で入手できる限り、日本で食料不安が起きることは考えにくいという。

    しかし、日本は米以外の主要穀物と大豆のほとんどを、輸入に頼る。その生産状況と価格はどうなっているのだろうか。

    「穀物価格は油価と連動」

    山下さんは「世界の穀物価格は今、むしろ下がる傾向にある」と語る。

    山下さんの分析では穀物の国際価格は原油価格の動向と相関性があるという。そして原油は今、「暴落」といっていいほど下落しているからだ。

    穀物の国際価格は2008年に急騰した。山下さんによると、その理由は凶作ではなく、当時の原油高にあったという。

    原油価格の高騰と環境意識の高まりなどで、米ブッシュ政権はトウモロコシを原料とする燃料、エタノール(エチルアルコール)の増産政策を採った。化石燃料ではなく農作物を原料とするバイオエタノールは、「エコ」だと注目された。

    その結果、エタノール生産のためのトウモロコシの需要が増え、価格は一気に3倍に跳ね上がり、「アメリカの農家はウハウハという状態になった」(山下さん)。

    「原油価格が上がればエタノールの価格が上がり、原料のトウモロコシの需要が増えて、トウモロコシの価格が上がる。それに連動するかたちで、大豆や小麦の価格も上がった」と、山下さんは指摘する。

    しかし同年秋、世界的な経済危機であるリーマンショックが発生。油価は需要の低迷などで大幅に下落した。穀物価格も、落ち着きを取り戻した。

    ここ20年の穀物価格の動向

    ここ20年の原油価格の動向

    実際に穀物価格と原油価格のここ20年の動向を比べると、ともに2008年を頂点に下落しており、その後も両者はほぼ同じようなかたちで推移している。

    なお米に関しては、日本はほぼ自給しているため、国際価格の影響をほとんど受けない。

    それでは、最近の原油価格はどうなっているのか

    原油価格の国際指標の一つであるWTIの5月先物の価格が4月20日、史上初めて「マイナス」になった。

    平たくいえば、5月生産予定分の原油が余っているので、お金をあげるから引き取ってほしい、という状況になったということだ。

    ここ数ヶ月の油価指標の推移

    WTIとは、米テキサス州西部などで生産される原油の先物取引価格。需給の実態よりも投機的な動きを示す意味合いが強く、WTIが一時的にマイナスになったからといって、実際に「石油の市場価格がタダになった」ということを意味するわけではない。

    とはいえ、欧州市場などWTI以外の指標を見ても、油価が下がっているのは事実だ。

    資源エネルギー庁によると、新型コロナの影響で世界の航空網が止まり、各国の市民の消費行動やメーカーの製造などが抑制されるようなったことによる経済の停滞や、価格調整のための石油減産を巡る石油輸出国機構(OPEC)やロシアなど産油国の足並みが乱れたことなどが、下落の要因だという。

    山下さんは「原油価格が下がっているということは、穀物価格も下がることを意味する。だから、コロナの影響を受けて穀物が高騰して日本が輸入に困るようになることはない」と語る。

    日本農業新聞は5月30日、米国でトウモロコシが豊作となったうえ燃料需要も低下したことで、価格は下落する見込みと伝えている。

    輸出制限は起きるか

    コロナ危機が表面化して以降、一部の農業生産国で輸出制限の動きが出ている。ロイター通信は4月、ロシアが4-6月期の小麦の輸出を700万トンに制限すると報じた

    山下さんによると、ロシアの小麦輸出は前年同期に720万トンで、実際の制限量はそれほど大きくない。また、日本の小麦輸入は、米国とカナダ、オーストラリアの3ヵ国でほぼ全量を占めており、ロシアの動きは影響を受けない。

    一方、アメリカのトランプ大統領は、その動向が予測しにくい。食料を一種の「武器」として何らかの輸出制限をかけることがあるとすれば、日本にも影響が出る可能性は否定できない。

    だが、それも考えにくいという。

    「トランプ政権が中国製品に報復関税をかけると発言して『貿易戦争』を始めたことで、中国は米国産大豆の輸入を制限し、アメリカの農場で余った大量の大豆が野積みされる事態となった」

    日本貿易振興機構(JETRO)がまとめた輸出統計を見ると、大豆は2017年、アメリカにとって中国向けで最大の輸出産品だった。しかし、中国は代わりにブラジルなどから大豆を輸入するようになり、中国の米国産大豆の輸入額は翌年、半減した。アメリカの大豆農家は苦境に陥った。

    「いくつもの国が輸出を競う自由貿易の世界では、ある国が輸出制限をすれば、ほかの国が輸出を伸ばす結果となる。アメリカの農業は輸出を前提にしており、輸出制限は農家の首を絞めることになる。トランプ大統領の支持基盤の一つは中西部の保守的な農家票で、農家を敵に回すことはできない」と、山下さんはみる。

    2019年9月の日米首脳会談で、両国は日米貿易協定の締結で合意した。日本に農作物の関税撤廃を強く求めたトランプ大統領は「これらは米国の農家や畜産業者にとって実に莫大な利益になる」と語った

    その背景には、中国との貿易戦争で苦しくなった米国の農家の支持をつなぎ止める狙いがあったのだ。

    日本は大丈夫そう。でも世界で2億5千万人に危機が

    以上のように、新型コロナの食卓に与える影響は、日本では限定的だと言えそうだ。

    ホットケーキミックスなどのように、売れ行きが一気に伸びた食品が出ることで需給バランスが崩れる現象は起きているが、世界トップレベルの購買力があり物流網も整っている日本で、食料供給の仕組みそのものが揺らぐことは考えにくい。

    一方で、危機が忍び寄っている地域は存在する。アフリカなどの低開発国や、紛争地だ。

    国連機関の世界食糧計画(WFP)は4月21日、新型コロナのパンデミックは急性栄養不良に苦しむ人々の数をほぼ倍増させ、2020年末までに2億5000万人以上に押し上げる可能性があるとする声明を発表した。

    国連WFPの推計によると、パンデミックの経済的影響の結果として、急激な食料不安に直面している人々の数が2020年、2019年の1億2600万人から1億3000万人増える見込みだという。

    2019年に食料危機を迎えた国のワースト10は、イエメン、コンゴ民主共和国、アフガニスタン、ベネズエラ、エチオピア、南スーダン、シリア、スーダン、ナイジェリア、ハイチだった。

    いずれも、経済危機や国内の混乱、さらに紛争などで物流網が寸断され、食料を輸入する経済力にも乏しい。

    WFPチーフ・エコノミストのアリフ・フセイン氏は以下のコメントを出している。

    「COVID-19は、すでに危険にさらされている何百万もの人々にとって壊滅的な影響をもたらす可能性があります。稼ぎを得た時のみ食べることができるという何百万の人々にとって、ハンマーで打たれるような大きな打撃です」

    「都市封鎖や世界的な景気後退により彼らはすでに貯えを失っています。COVID-19のようなあともう一撃だけで、彼らは危機の淵に追いやられます。この世界的な大惨事の影響を緩和するために、私たちは今、共同で行動しなければなりません」

    新型コロナは、食を巡る世界的な「格差」を浮き彫りにしつつあるのだ。