ママたちが知りたい情報を集めるサイトを「ママサイト」と呼びます。可愛らしいイラストや写真を使い、妊娠・出産・育児に関わることを多く載せているものの、信憑性がないものが多いのが難点です。
私が以前にママサイトは見てはいけないというツイートをしたのは、かなり本気です。
しばしばママサイトは、「セレブの誰々さんが使った〜」というPR記事のようなものを載せます。
それが、ファッションや子連れでお出かけする場所などの紹介ならいいかもしれません。でも、健康や医療に関するものは、セレブが実践しているからと言って正しくていいものだという保証にはなりませんね。
ほとんどのママサイトがスピリチュアルな言葉で飾り、自然派を謳う治療法や商品を勧め、手作りを奨励しますが、そういったキラキラした表現はイメージや雰囲気にすぎず、必ずしも健康に役立つものではありません。
特にママサイトが熱心に取り上げるのは、「母乳」のデマ情報。あまりにひどいものがあったので、今日はツッコミを入れてみようと思います。

「母乳の質」と見たら、怪しいと疑おう
たくさんあるママサイトで、「母乳」についてサイト内検索をしてみましょう。「母乳の質」という言葉が出てきたら、医学的に正しいことが載っていることはまずないので、それ以降は読む必要がありません。
まずは「mamaPRESS」の「ママは何を食べればいいの? 『おいしい母乳』のつくり方」という記事を見てみましょう。
いきなり、「母乳の質によって乳腺が詰まりやすくなり、でにくい原因になっている」と書かれています。
しかし、乳腺が詰まるのは母乳の質によるものではありません。
母親が食べたものではなく、授乳回数が少ない、授乳時間が短か過ぎる、赤ちゃんがうまく飲めない、乳汁が多く出過ぎるなどにより、作られる母乳量と飲まれる量がアンバランスになり、母乳が乳房に溜まりすぎることが原因です。
そのため、改善するには頻度を増やして授乳する、姿勢を良くする、赤ちゃんのくわえ方を改善するなどの対応をします。
そもそも「母乳の質」という言葉は医学用語ではありません。数あるママサイトはぜひ、母乳の成分分析をして検討してから書いてほしいですが、そこまでしているサイトは一つもなく、このmamaPRESSのように「ママが食べたものが母乳の味にも直結」「おいしい母乳を作るのはずばり和食!」「◯◯を食べるのは危険!」(サイトによって危険な食べ物が微妙に違う)と断言します。
でもそれは、言い過ぎと煽り過ぎ。母親が食べたものは消化されて小さくなり、糖とアミノ酸は消化管から血管を通って肝臓で取り入れられるように分解され、肝静脈を通って心臓に流れます。脂肪は再合成されてリンパ管から胸管を通って静脈に入って心臓へ、そして全身を巡ります。
栄養を運ぶ管と母乳を作る場所はつながっていない
一方、母乳は、血液を材料に乳腺体で作られます。そういうわけで消化された栄養を運ぶ管と母乳を作る場所は直接つながっているわけではないので、食べたものがそのまま母乳に直結するとは言えません。
献血をするときだって、「血液がドロドロになるから油っぽいものを食べないで来てください」とか「血中の塩分濃度が上がるので直前に塩を摂らないでください」とは言われませんね。
血液は、体の恒常性を保つ働きのために食べ物でそう簡単には変わりません。厳格なベジタリアンのために長期に渡って動物性タンパク質を摂らなかった場合、母乳中のタンパク質やビタミンB12などが低下することはわかっていますが、授乳期間の数ヶ月を和食にしても母乳の栄養素は変わりません。。
妊娠中にはお母さんが食べては良くないものがありますが(生の肉、火を通していないチーズなどはトキソプラズマなどの寄生虫やリステリア菌などに感染し、流産や胎児への障害につながる恐れがあります)、赤ちゃんを産んでから食べたら危険なものは特にありません。
「mamanoko」というサイトには、「母乳の質が悪いと乳児湿疹がひどくなり、そのままだとアトピー性皮膚炎になる」という内容が書かれた記事もありました。
乳児湿疹は赤ちゃんのホルモンが原因でできるので母乳は関係ないし、アトピー性皮膚炎と見た目は紛らわしいものの、その原因ではありません。お母さんが心配するワードをみんなつなげたような記事ですが、根拠は書いてありません。
また、お母さんが特定の食べ物を食べることで母乳が増えたり減ったり、質が悪くなったり良くなったりもしません。そう書いてあったら、やはりその続きを読むのは時間がもったいないでしょう。
ハーブティーは母乳を増やす?
「cozre」というサイトは「母乳量を増やすハーブティーの選び方とは」という記事(ヘルスケア大学の記事の転載)を載せています。
ハーブティーは嗜好品の一つとして飲むならいいですが、「母乳を増やす」とか「乳腺炎を治す」と言って売られたら、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法:医薬品でないのに効果効能を謳うのを規制)に違反する恐れがあります。謳っている効果がなかったら、相談窓口に問い合わせるのもいいかもしれません。
厚生労働省の医療広告のネットパトロール、全国の消費生活センターが窓口になります。
授乳中は喉が乾きますが、水分を摂るのはハーブティーでなく他の飲み物で構わないし、カフェインレスでない普通のコーヒーでも1日に2〜3杯程度なら赤ちゃんへの影響はありません。
ニセ医学情報として定番なのが、「◯◯は危ない!」と危機感を煽るものですね。飲み残した母乳は美味しくないとか、質の悪い母乳は母の偏食のせいで、母乳がドロドロになって赤ちゃんの腸内で悪玉菌を増殖させるとか、赤ちゃんが飲み残して乳房に溜まった乳汁を「腐れ乳」と命名するとかというのは酷い例ですね。どれも根拠はありません。
なぜママサイトにいいかげんな情報が掲載されるのか?
なぜ、ママサイトはこういう情報を載せ、それが放置されているか考えてみましょう。
母乳に関しては、日本に専門家はとても少ないのです。産婦人科医はお産が無事に済んでお母さんが健康だったら、他は自分の仕事ではないと考えがちです。小児科医は、赤ちゃんが健康だったら母乳栄養でもミルクだけしか飲んでいなくても大きな問題だとは思いませんし、一般にお母さんを診察することはありません。
母乳を研究する産婦人科医・小児科医はとてもマイナーな存在です。乳腺炎などの病名がつけば別ですが、「母乳の分泌が悪い」「授乳するのが痛い」くらいのことだと診察しても診療報酬が支払われませんから、処置や相談に対する対応などをすればするほど医療機関の持ち出しになり、経営者にもインセンティブがありません。
助産師でさえも母乳について医学的根拠のある勉強をしている人は少なく、個人的な経験や意見を交えてアドバイスしたりするので、大変混乱の多い分野です。
法律上も、母乳のネット通販事例で明らかになったように、母乳は医薬品でも食品でもなく、医師法、薬機法、食品衛生法も当てはまりにくいので扱いが難しいのです。
誰もが当事者意識が薄く、昔から言われてきたことや慣習が検証されることがあまりありません。
しかし、実際には母乳をあげたいのに十分に出ないと悩むお母さんはたくさんいるので、検索頻度は高いのです。つまり母乳に対する知識の需要は大きく、ママサイトがページビュー(PV、閲覧数)を稼ぐためには母乳の情報は必須です。
ママサイトの問題は怪しい医療・健康情報を掲載していることが問題となり閉鎖されたDeNAの医療サイト「WELQ(ウェルク)」と同じ構造で、書き手は素人のライター、編集者。医療について学んだことのない人たちばかりです。だから、お母さんたちがぜひとも知りたい検索語がたくさん入っているのに、内容は間違っている情報が氾濫しているのです。
デマ情報に立ち向かうために
こういったママサイトの間違った記事に対してできるのは、まず問い合わせをしてみることだと思います。問い合わせフォームで質問してみましょう。また、身近な人や医療機関に行った際に、その情報は本当なのか聞いてみるのもいいですね。
そういった疑問に対して真摯に対応してくれるかどうかで、ママサイトや医療機関と今後も付き合っていけるかどうかが見極められます。質問メールを放置されたり、医療機関で不快な対応をされたりしたら、そこと付き合うのはやめるのがいいでしょう。
すぐに知りたいからそんな時間をかけられないという時には、信頼できそうな公共機関やそれに準じた団体などのページで検索します。「日本ラクテーション・コンサルタント協会」の母乳育児Q&A は信頼できます。
他に母乳については、見やすくてわかりやすい日本語のサイトがないので、こちらをブラウザの翻訳機能で読むのをお勧めします。
イギリスのNHS (国民保健サービス)のページや、アメリカのCDC(疾病対策センター)のページは役立ちます。
乳腺炎などについては日本助産師会のページ 、NHS のページ、アメリカ女性健康局 のページがいいでしょう。
お子さんとお母さんにとって大事なことは、家庭全体にとって大事なことですし、いいかげんな情報で翻弄されたらひいては社会にとっても損失です。PV目当てのおかしな記事がなくなるよう願っています。
追記
記事の指摘後、mamaPRESSの「ママは何を食べればいいの?『おいしい母乳』のつくり方」は記事ごと削除されました。
mamanokoも、「母乳の質」「乳児湿疹を防ぐママの食事法とは?」の部分が削除されました。「育児中のママにおすすめの食事とは?」という項目が追加され、「食事が母乳に直接影響するという根拠はありませんが」という説明が加わりました。
追記
一部表現を追記しました。
【森戸やすみ(もりと・やすみ)】 小児科専門医
1971年、東京生まれ。1996年、私立大学医学部卒。一般小児科、NICU(新生児集中治療室)などを経て、どうかん山こどもクリニックを開業。主な著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(同)、共著に『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(同)など。ツイッターはこちら。