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「1万人が認めたNO.1育毛剤」を買ってしまう理由 健康行動をうながす「数字」の使い方

良くも悪くも人は健康について関心が高く、情報を発信する側の意図で行動を左右されてしまいます。医療コミュニケーションを専門とする奥原剛さんが、ヘルスコミュニケーションの初歩の初歩をみなさんにお伝えします。発信する側も、情報を受け取る側も基本を知って、効果的にコミュニケーションをはかりましょう。

人生は意思決定の連続です。就職か進学か、愛かお金か、育児かキャリアか、ライスかナンか。私自身、意思決定に悩む一人です。下の写真をご覧ください。

これは私のおでこです。平均的なおでこの広さの約2倍あるでしょう。最近、私のおでこの髪の生え際が後退しております。しかも、かなりのスピードで後退しております。“毛活”を始めるべきかしら、と鏡を見るたびに思うのです。

したがいまして、下図のような広告がありますと、「試してみようかな」と心が揺れます。さて、この広告に説得力があるとするならば、その説得力の源泉は何でしょうか? 少し考えてみてください。


答えは簡単ですね。記事のタイトルにも書いてあります。この広告の説得力の源泉は、数字です。何万本売れている、何秒に1回誰かが買っている、何%の人が効果に満足している、という数字です。

それでは、もう1つ考えてみてください。これらの数字は、何を表しているでしょうか? ヒントを申しますと、これらの数字が表しているのは「他の人たちの〇〇」または「他の人たちの△△」です。〇〇と△△にそれぞれ入る漢字2字の熟語を考えてください。

「みんながそういうのなら正しいのだろう」

これらの数字が表しているのは、「他の人たちの行動」または「他の人たちの評価」です。何万人が愛用している、何秒に1回誰かが買っている、というのは他の人たちの行動です。

何%の人が効果に満足、というのは他の人たちの評価です。つまり、この広告は、他人の行動や評価を数字で示すことにより、説得力を出しているのです。

「みんながそういうのだから、きっと正しいのだろう」と思うことってありますよね。私たちは、他の人たちの行動や評価に強い影響を受けます。行列のできる飲食店があると聞くと、美味しいのだろうと思ってしまいます。

私たちには、多数の人たちの考えや行動は正しいと考える傾向があります。これは社会心理学で社会的証明(Social proof)の効果と呼ばれています。また、人には集団の暗黙のルールに従う傾向もあり、社会的規範(Social norm)の効果といわれます。

したがって、10人のうち9人が期限までに税金を納めていると伝えると滞納者が減りますし(文献)、ホテルの連泊客の多くがタオルを再利用していると伝えると再利用者が増えます(文献)。はたまた他のリスナーによるダウンロード回数が多い曲ほど人気が出ます(文献 )。

このように他の人たちの行動や評価を伝えることの説得効果を示す研究や事例はたくさんあります。社会的証明の効果は、マーケティング分野ではずいぶん以前から知られ、活用されてきました。

なんといって低脂肪食をすすめるか?

申し遅れましたが、私はヘルスコミュニケーションという分野で、人を動かす説得的コミュニケーションの研究をしております。

コミュニケーション能力とは、うまくいっていないコミュニケーションを修正する力のこと。医療にまつわるコミュニケーションでは、うまくいっていない場面、つまり、医療の受け手がより良い意思決定をできていないと思われる場面があります。

がん検診やメタボ健診の受診率は伸び悩み、特定保健指導の参加率も低迷し、治療の開始が遅れたり、あるいは予防できたかもしれない病気を防げなかったり。私は医療の受け手のより良い意思決定と行動を支援するために、健康医療情報の分かりやすさと説得力を高めるというテーマで研究をし、その成果を保健医療の現場の方々にお伝えする仕事をしています。

さて、話をもどしますと、今回は「他人の行動や評価を数字で示すことにより、健康医療の情報の説得力を高める」というお話です。

それでは、例えば、脂質異常症と診断された人に低脂肪食をすすめる場合、なんといってすすめるとよいでしょうか。保健医療の知識のある方なら、「飽和脂肪酸の摂りすぎは、動脈硬化につながり、血管を詰まらせて、冠動脈疾患、脳血栓、脳梗塞のリスクを高める」といった説明をするかもしれません。

しかし、このような医学的な説明が、「低脂肪食を選ぶ」という行動に必ずしもつながるとはかぎりません。ここでは理由を2つ挙げます。

欲求のミスマッチ

1つ目の理由は、人間の欲求についてです。下は有名なマズローの欲求の段階説の図です。

人は「食べたい」「眠りたい」といった生理的欲求が満たされると、「身を守りたい」「病気を回避したい」といった安全の欲求を感じ、それが満たされると「他者とつながりたい」といった愛の欲求を感じ、それが満たされると「他者から認められたい」といった承認欲求を感じ・・・、というぐあいに人の中心的な欲求が変化することを説明している図です。

前述の飽和脂肪酸の説明のような「病気を予防しましょう」という説明は、安全の欲求に訴えるものと考えられます。

しかし、現代の快適な生活環境に暮らしている日本の成人は、もはや安全を中心的なニーズとは感じていないでしょう。私たちの多くが日々感じている中心的な欲求は、「他者とつながりたい」という愛の欲求や、「周囲からどう見られているのか気になる」といった承認欲求でしょう(ちょうど私が頭髪の後退を気にしているように......)。

人の心の中をさまざまな欲求を持つ何人もの“こびと”が走り回っていますが、意思決定の運転席に座ることができるのは、1つの欲求を持った1人の“こびと”です(文献)。

したがって、「病気を予防しましょう」「早期発見・早期治療しましょう」といった安全の欲求に訴えるメッセージを送っても、受け手が安全を強く欲していないなら、「自分にとっては重要じゃない」とスルーしてしまう可能性があるのです。

このような、メッセージの送り手がターゲットとする欲求と、受け手にとっての中心的な欲求との間のミスマッチが、医療のコミュニケーションがうまくいっていない場合の理由のひとつだと考えられます。

わかりにくいと、やる気にならない

もう1つの理由は、医学的な説明の難しさです。

前出の説明を見ても、「飽和脂肪酸」「動脈硬化」「冠動脈疾患」などの言葉は、一般の方々にとってなじみが薄く、イメージがわきません。ですから、テレビの健康情報番組などは「血液がサラサラ」「血管がボロボロ」といった表現を使います(その是非はさておき)。

心理学で「処理流暢性」(Processing fluency)と呼ばれる一連の研究があります。

それらの研究の知見をひとことで申しますと、受け手がある情報を主観的に「読みやすい」「イメージしやすい」など処理しやすいと感じた場合、受け手はその情報に書かれている内容に対して、好意を持ちやすく、信用しやすく、そこで伝えられている内容を行動しやすい、ということです(文献)。

例えば、読みやすいフォントで書かれたエクササイズの説明文書と、読みにくいフォントで書かれた文書を比べると、読みやすい文書を読んだ人たちの方が、そのエクササイズが短時間で済み、簡単で、習慣にしようと思うと回答します(文献 )。

私が最近行った研究でも、受け手がエクササイズの説明文を読みやすいと感じるほど、そのエクササイズに対して興味を持ち、エクササイズが安全で、自分にもできそうで、効果があると感じ、エクササイズをやってみよう、習慣にしようという気持ちが強い、という結果でした(論文投稿中)。

このような知見をふまえますと、医学的な説明を受け手がわかりにくいと感じた場合、受け手がその内容を好ましく思い、信用し、行動しようという気持ちが下がってしまうと考えられるのです。

説明だけで人は動かない

もちろん、医療のコミュニケーションには、多少複雑でも丁寧な説明をして当事者が納得することが重要である場面はたくさんあります。しかし、「受診してもらいたい」「生活習慣を改善してもらいたい」など、相手に行動してもらいたいという場合は、丁寧な説明だけで動いてもらえるとはかぎりません。そこで、代わりに「他人の行動や評価を数字で示す」という社会的証明の効果を使うことができます。たとえば、

  • 「昨年度、5人のうち4人が〇〇を受診している」
  • 「10人のうち9人が『受診してよかった』と回答」
  • 「5人のうち4人で検査数値が改善」
  • 「3年間受け続けていない人の4人1人が〇〇病の診断 VS 3年間受け続けた人では40人に1人」


などなど。このような数字を目にした人は、「多くの人たちがやっていて、良かったといっているなら、自分もやってみようかな」と思いやすくなります。人を動かしたいときは、自分の持っているデータの中に、「人々の行動や評価を示す数字はないか」と探してみるとよいでしょう。

前述の低脂肪食をすすめる場合は、「最近は乳製品なんかも低脂肪が売れてるんだってさ」とひとこと伝えるだけで、相手が低脂肪食品を選ぶ可能性が高まるのです(文献 )。

数字の捏造、悪用に注意

以上は、主に保健医療の仕事にたずさわる方々に向けてお話させていただきました。

最後に、消費者の側の皆様へお伝えしたいことがあります。人を動かす数字は捏造することができます。たとえば、ドラッグストアの入り口ではなく育毛剤のコーナーの近くで、「髪のお悩みはありますか?」という調査をしたら、「男性の99%に髪の悩みがある」という結果をつくることができるでしょう。

私は、研究者になる前は、出版業界で執筆や編集の仕事をしていました。

あるとき、ある作家が新刊を出し、発売初日に大手書店チェーンの本店でサイン会を開くことになりました。出版社のねらいは、サイン会を開くことで、その日のその書店での売り上げを瞬間風速的に伸ばして、「〇〇書店ランキング1位」という広告を出すことでした。

そうです。他の人たちの行動や評価を示す数字は都合よくつくりだすことができるのです。

保健医療の仕事にたずさわる方々には、人を動かす数字を良き目的のために使ってもらいたいのですが、数字を受けとる側の方々には、数字の不実な使い手にだまされないように気を付けてほしいのです。

【奥原剛(おくはら・つよし)】東京大学大学院 医学系研究科 医療コミュニケーション学分野 准教授

東京大学大学院 医学系研究科 公共健康医学専攻および社会医学専攻を経て、現職。博士(保健学)。

専門はヘルスコミュニケーションにおける説得的コミュニケーション。健康医療にかかわる情報のわかりやすさと説得力を高める研究を行っている。

自治体、健康保険組合、医療機関等の保健医療従事者に対し、わかりやすく説得力のある健康医療情報を作成するための研修を行っている。