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カフェインは我々に翼を授けてくれるのか、それとも翼をもぎ取るのか

本当に必要なのは、「エナジー」なのか?

急増するカフェイン中毒

カフェイン中毒による救急搬送患者が増えている。埼玉医大の上條吉人教授によれば、2011~2015年度に全国38か所の救急医療機関に搬送されたカフェイン中毒患者は101人にのぼり、そのうち7人が心停止となり、3人が死亡したという。

「カフェインなんかで死ぬの?」といぶかしく思う人もいるだろうが、これは事実だ。すでに2014年には、東京都監察医務院の鈴木秀人医師らの研究グループが、東京都23区内で発生した、カフェイン中毒死22事例に関する報告を行っている。2015年には、福岡県で20代男性がカフェイン中毒で死亡した事件もあった。

救急搬送事例や死亡事例の大半は、眠気覚まし薬として薬局で販売されている、エスタロンモカ錠など錠剤型カフェインの過量摂取によるものだ。とはいえ、少数ながらエナジードリンク摂取による事例もあることは無視できない。

実際、米国では、2012年にモンスター・エナジーを飲用後にカフェイン中毒死が5件発生している。「カフェインの錠剤だけが危ない、エナジードリンクは大丈夫」と安心するわけにはいかない。

上條教授によれば、救急搬送されるカフェイン中毒患者は2013年から急増しているという。奇しくもこの年は、レッドブル社がキリンビバレッジと国内販売ライセンス契約を締結し、自動販売機でのレッドブルの販売が開始された年でもある。翌2014年には、コカ・コーラ社の株取得によってモンスターエナジーの国際的な販売力が高まった(日本国内ではアサヒ飲料が販売)。

いささか穿った見方かもしれないが、エナジードリンクの普及が、人々にカフェインの効果を知る機会となり、それが、より強力な効果を求めてカフェイン錠剤を求める者を掘り起こしたきっかけを与えた可能性はないだろうか。

ともあれ、今日、エナジードリンクは、若者たちの生活に浸透している。先日、仕事で東大の本郷キャンパスに出かけた際に偶然立ち寄った生協で、私は度肝を抜かれた。

店内には、さまざまな種類のエナジードリンクが大量に陳列されていたからだ。まるで「エナジードリンク物産展」とでも形容したくなるような光景だった。こんな見事な品揃えは、どこのコンビニでも見たことがない。

そのとき私は、「わが国最高の頭脳を持つ若者たちは、大量のカフェインを摂取しながら、新たな知の領域に挑戦しているのか」などと、妙に感心した記憶がある。

「アッパー系」としてのカフェイン

薬理学的にいえば、カフェインは、覚せい剤と同じく気分を高揚させる「アッパー系」に分類されるドラッグの一種だ。両者の違いは、覚せい剤が神経細胞をダイレクトに興奮させてドーパミンを放出させるのに対し、カフェインは、「神経細胞の興奮を抑えている回路の働きを抑える」という、実にまわりくどいメカニズムで神経細胞を興奮させる、という点にある。

実は私自身が、カフェインの「アッパー系」としての効果を期待して、エナジードリンクを常用していた時期がある。最初は、いくつもの仕事が重なり、「ここ一番の踏ん張り」が求められる危機的状況に置かれたときのことだった。

「どうせ効かないだろう」と半ば諦めつつも、それこそ藁にもすがる思いでエナジードリンクを飲んでみた。すると、効果はテキメンで、まさに奇跡が起こった(ような気がした)。少なくとも主観的には、「ファイト~、イッパーツ!」というCMさながら、絶体絶命の危機を脱することができたのだ。

この体験がよほど印象深かったのであろう。それ以降、私は、「ここ一番の踏ん張り」が必要な場面では、まるでアスリートの「ルーティン」のようにエナジードリンクを喉に流し込む、という行為をくりかえすようになった。

しかし、奇跡はその1回だけだった。それでも毎回、奇跡を信じて飲み続けたが、奇跡や魔法はついぞ起こらなかった。それどころか、しばらくすると困った事態に直面した。エナジードリンクをくりかえし飲むうちに、いつしか、「これは、ここ一番の踏ん張りが必要だな」と判断する機会が増えてしまったのだ。

おそらく、当初感じた効果が弱まったように感じられ、その分を量や頻度で補おうとして、無意識のうちに、何かにつけてエナジードリンクを飲む口実を作るようになっていたのだろう。

問題はそれだけではなかった。困ったことに、カフェインの効果が切れた後のつらさが、強く感じられるようになったのだ。それは、身体が鉛のように重く、虚脱感に襲われて何ごともひどく億劫に感じられ、厭世的な気分がドス黒い凝固物となって脳の奥を占拠しているーーそんな感覚だった。その感覚は、エナジードリンクを飲むたびに悪化し、虚脱状態からの回復に要する時間も次第に伸びていった。

最終的には、カフェインの効果で多少とも仕事がはかどっている時間よりも、効果が切れて無気力になっている時間の方が長くなり、どう考えても効率が悪いという状態に陥った。この状態は、これまで診察室で覚せい剤依存症患者からさんざん聞かされてきたボヤキ――「もはや使っても効かないが、切れるとつらい」――と本質的に同じものだった。

一連の出来事から私が学んだのは、エナジードリンクに頼るのは、明らかに「元気の前借り」であって、後で、高額な利子で膨らんだ借金を返済しなければならない、ということだ。以来、私はエナジードリンクを控えるようになった。

本当に必要なのは「エナジー」なのか

人は誰でも生産的かつ効率的な人間でありたいと望んでいる。しかし、現実には厳しい。大半の人は自身のパフォーマンスに失望する運命にあり、我々は不全感を抱えながら生涯を送ることを余儀なくされている。

ところが、エナジードリンクと言う商品は、まさにそうした我々の不全感をうまく捉え、そこにビジネスチャンスを見出したわけだ。実際、多少とも向上心のある人ならば、「翼を授ける」という誘いを拒むことなどできまい。

実は、今日のエナジードリンク・ブームの先鞭をつけたレッドブルは、もともとは日本における栄養ドリンク人気にヒントを得て開発されたものだ。わが国には、1960年代よりリポビタンDやオロナミンCといった、滋養強壮・疲労回復の効能を謳った栄養ドリンクが医薬品として発売され(現在は、指定医薬部外品)、国民に愛されてきたという伝統がある。それらには、各種の水溶性ビタミン類や各種アミノ酸とともに、当然ながらカフェインが含まれている。

そうした商品は、「ファイト一発」「元気ハツラツ」「24時間戦えますか」といった、人々を鼓舞するキャッチコピーとともに流通し、人気を博した。エナジードリンク隆盛のはるか以前から、早朝の新橋駅界隈では、栄養ドリンクを痛飲するサラリーマン――彼らの多くは、カフェイン中毒である以前に仕事中毒であった――の姿は、昭和年代における日本の風物詩といってもよいほどだった。

しかし、こうしたキャッチコピーに代表されるような価値観こそが、わが国の多くの労働者を過労死や過労自殺を追い込んできたともいえる。その意味で、気がかりなのは、「本来は休むことが必要な人ほど、自身のパフォーマンスに不満を抱き、疲弊しきった心身に栄養ドリンクやエナジードリンクで鞭打っている」という可能性だ。

たとえば、2015年に福岡県で発生したカフェイン中毒死事例では、死亡した20代の男性は、複数の仕事を掛け持ち、疲弊した身体にエナジードリンクとカフェイン錠剤で鞭打ちながら働いていた。また、東京都監察医務院の調査によると、カフェイン中毒死事例のなんと72%にうつ病などによる精神科治療歴があったという。

こうした事実から想像されるのは、過労やうつ病のせいで、「思うように身体が動かない、働けない」と悩む人たちが、大量のカフェインを常用しながらもがきのたうち回るうちに自らの命を縮めてしまう、という悲劇的な情景だ。

そう、彼らに必要だったのは、エナジーではなく休養であった。

カフェインとうまくつきあうために

誤解を避けるためにいっておくが、私は、「カフェインは有害だ」とか、「この世からカフェインを一掃すべきだ」と主張したいわけではない。

なるほど、すでに私自身、「ここ一番の踏ん張りどころ」でエナジードリンクを飲む、というのはやめたが、カフェイン摂取そのものをやめたわけではない。現在も、毎朝必ずコーヒーを2~3杯は飲まないと一日が始まらないと思い込んでいる節がある。

おそらく同様の人間はこの世にざらにいるだろう。そして、コーヒー2、 3杯には160~240mgのカフェインが含まれており、これは、わが国で市販されているエナジードリンク2、3本分だ。その意味では、カフェイン問題は単にエナジードリンクだけを断罪してすむ話ではないのだ。

大切なのは、カフェインとうまくつきあうことだ。死亡事例の多くは5~10gのカフェインを摂取しているが、1日1gのカフェイン摂取でも、不整脈やけいれんなどの中毒症状を起こす危険が著しく高まる。カフェインの摂取量は1日400~500mgまでにとどめることが必要だ。

ただし、人によっては、200mg程度のカフェインでも不安感が高まったり、パニック発作が生じたりすることもある。体質的にカフェインに過敏な人や精神科治療中の人は注意すべきだろう。とりわけフルボキサミン(商品名: デプロメール、ルボックス)という抗うつ薬を服用している人は注意してほしい。この薬剤はカフェインを分解する酵素を阻害するので、どうしてもカフェインの血中濃度が高くなりやすいからだ。

また、これまでたばこを吸っていた人が禁煙を始めた場合も要注意だ。タバコにはカフェインの代謝を促進する効果がある。したがって、禁煙すると、カフェインの血中濃度が上昇しやすくなり、いつもと同じ量のカフェイン摂取でも中毒症状が現われる危険性がある。

いうまでもないことだが、不眠で悩む人は、カフェインの摂取は朝から午後の比較的早い時間までとしたい。カフェインは、寝つくまでの時間を遅らせ、睡眠時間の減少、中途覚醒の増加を引き起こす。

それから、アルコールとの併用は絶対に避けるべきだ。最近、若者が多く利用する居酒屋やカラオケ店のメニューに、アルコール飲料をエナジードリンクで割ったカクテルを見かけることがあるが、これには断固反対、ぜひとも禁止すべきだ。アルコールという「ダウナー系(気分を落ち着かせる系統)のドラッグ」と、カフェインという「アッパー系のドラッグ」を併用することは双方の依存性を強める。

アルコールとカフェインを同時に摂取すると、「酔っていることが自覚しにくくなる一方で、判断ミスが増える」という研究結果がある。このことは、アルコール単独の場合よりも、酩酊状態の事故や喧嘩などのトラブルを起こす危険が高いことを意味する。

最後に、製薬会社にお願いがある。この際、錠剤型カフェインの販売をやめてはどうか。1錠に含まれるカフェインの量は100mgであり、10錠飲めば簡単に1グラムという中毒域に達してしまう。同じ体内に摂取するにしても、コーヒー10杯やエナジードリンク10本に比べると、カフェイン錠10錠はあまりにも簡単だ。

おわりに

カフェインは現代人の生活には欠かせないものだ。適量のカフェインは頭をすっきりさせ、仕事の意欲を奮い立たせてくれる。脳にターボチャージャーが装着されたほどの奇跡は起きないが、朝イチの会議で集中力を維持できるくらい効果はある。ついでにいえば、カフェインにはアルツハイマー型認知症やパーキンソン病に対する予防効果がある、とする研究もある。

カフェインの効能が人類の文化や創造性にも貢献してきたことも忘れてはならない。たとえば、中世の修道僧はカフェインの力を借りて徹夜の修業に励み、ベートーヴェンは、毎朝、コーヒー豆を60粒分のコーヒーを飲んでから作曲に取りかかったという。いささか病的なケースではあるが、バルザックに至っては、毎日50杯ものコーヒーを鯨飲しながら、夜を徹して小説の執筆に励んだらしい。

まあ、バルザックの真似だけは絶対にすべきではないが、それでも私は、エナジードリンクを飲みながら学問に打ち込む学生や研究者を咎める気にはなれない。実際、海外の研究室を訪れると、「グランデ」サイズのコーヒーマグを片手にウロウロしている研究者の多さに驚く。そんなに大量に飲んで大丈夫なのか、といささか心配にはなるが、缶ビール片手にやるよりははるかにまともな研究ができるだろう。

くりかえすが、大切なのはカフェインとのよい関係だ。くれぐれも飲みすぎには注意してほしい。

更新

エナジードリンクの販売体制について一部追記しました。


【松本俊彦(まつもと・としひこ)】
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。