安藤サクラ 母になり、仕事することに「罪悪感を感じていた」

『万引き家族』『まんぷく』そして子育てについて語る

    安藤サクラ 母になり、仕事することに「罪悪感を感じていた」

    『万引き家族』『まんぷく』そして子育てについて語る

    「自分の作品であるかどうかはどうでもよくて、お芝居ってこんなところまでたどり着くのか思った」

    第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した『万引き家族』の是枝裕和監督は、安藤サクラの演技の凄みについて、こう語った。

    賞賛は是枝だけではない。ケイト・ブランシェットをはじめ、レア・セドゥ、クリステン・スチュアートなどカンヌの審査員を務めていた女優たちは、授賞式後の公式ディナーで是枝にこう伝えた。

    「彼女のお芝居。特に泣くシーンがすごかった。もし審査員の私たちがこれから撮る映画の中であの泣き方をしたら、安藤サクラの真似をしたと思ってください」

    安藤サクラの存在感が、言葉を超えたことを物語るエピソードだ。

    何も持っていかずに臨んだ是枝監督との撮影

    『万引き家族』がパルムドールを受賞する前の4月末。安藤サクラをインタビューした。

    「作品自体はすごく生々しいけど、いつもすごく綺麗な女性が出ている。最近は『海街diary』があったから、私が?って」と縁がないかと思っていた是枝作品。

    可愛がってくれている映画界の先輩から聞いていた、是枝組の現場を見られるのが何よりも楽しみだった。

    安藤は今作について、これまで出演した作品の中で一番準備せず、何も持っていかずに臨んだという。

    「映画の現場ではカチンコが鳴ると、普段過ごしている時間と違う異空間になる。空気の粒子が変化してスッと変わるその感覚が、是枝監督の作品には一切ない。圧がないというか、呼吸のリズムのまま、カメラの前にいられる。監督は私たちの変化に寄り添って作品を作ってくださっているので、私は何も持って行かず、毎日おおらかな気持ちで現場に居ようと思ってました」

    一生懸命セリフを言う場面はカメラで抜かれず、むしろ話を聞いているホッとした表情を抜かれる。家族にとって大事なポイントとなりそうな取っ組み合いのシーンなどは最終的に切られていた。

    「是枝さんの分厚い、温かい手の中でいじくり回されて、分解されて、キュッとされて作品になった感じです。自分がどう演じたかという感覚は全くない。毎日、是枝組に、家族に会いに行っていた感じです」

    現場、家族が作ったラストでの演技

    その家族を演じたのは是枝作品の常連であるリリー・フランキー、樹木希林。安藤と同じ初参加となる松岡茉優。そして印象的な演技を見せる子役の城桧吏、佐々木みゆの2人。現場ではすごく居心地の良さを感じていた。

    「こんなに年がバラバラなのに、みんな物凄く意地悪なふりをして、すごく優しくて繊細な人の集まり。いつも休憩中、ゴシップとかくだらない話をしてました(笑)。だけど、それぞれ思いやっているからすごく居心地が良かった。本当にいい家族でした」

    「(樹木)希林さんが(松岡)茉優ちゃんから色々引き出そうとされていました。整形するならどこにするかとか、何のオーディションに今まで落ちたとか、あと家賃はいくらとか。そうするとリリーさんがフォローして(笑)」

    子どもたちに自作の「ケツの穴の歌」を教えて、周りには怒られ、子どもたちには喜ばれた。共演者の話を聞くと、現場の雰囲気の良さが手に取るように伝わってくる。

    ケイト・ブランシェットたち審査員の、カンヌの心を打った終盤の印象的な取り調べシーンについては「私が頭で持って行くよりも、家族で過ごした時間を頼りにやる。その時間がなければ出ないもの」と、そうした現場、家族の雰囲気が作り出したものだという。

    女優とは違った人間・安藤サクラのイメージ

    「誤解を恐れずにいうと女優にとって絶望的な存在なんですよ。嘘でしょというくらい、この映画で絶望的に素晴らしい芝居をなさっている」

    映画で共演した松岡は、安藤の存在をこう語る。役者が憧れ、尊敬する女優。『百円の恋』で共演した新井浩文は「日本No.1の女優」と評した。

    演技をするために生まれてきた人。演技を止めることは、呼吸を止めることとイコールな存在なのではと捉えていた。

    だから1月31日に行われたNHKの朝の連ドラ『まんぷく』の発表会見で、昨年6月に出産した長女のために生きようと、演技から離れることも考えたと話したことに驚いた。

    取材の際に改めて聞くと「やめますというふうに決めていたわけではないですけど、仕事をしていくという選択肢がなかった」と答えた。『万引き家族』への出演時も悩んだという。

    「自分の姉(映画監督の安藤桃子)が子供を産んでから子育てに専念していて、海外で仕事があったら一緒に行って、子どもととにかく一緒にいることを大切にしていたので、私もそうあるべきだと思っていた。自分の母親も働いていたから、逆に私もずっと一緒にいよう、保育園も入れず、一緒でいようと思っていたんです」

    専業主婦になるというイメージは結婚前から抱いていたものだった。

    「働いちゃいけないとどこかで思ってました。結婚して、メーンとしては夫の妻、柄本の嫁に行って夫の収入で生活をしている。私が仕事をする理由は特にないから、全力を家庭に注ぐべきだと私は思っていたし、そうでありたいという理想があったんです」

    「考え方が古いんですかね。養ってもらって、嫁いでいるのに仕事をすると、自分のためでしかなくなる。そこに疑問、罪悪感を感じていた」

    そこには女優のイメージとは違う、安藤の姿があった。

    「バカなふりして、やってみよう」

    『まんぷく』の撮影は半年以上、しかも大阪で行われる。オファーがあったとき、受けられない悔しさを感じつつも、子育てを第一に考え、自分の中でやるという選択肢はなかったという。

    しかし断るつもりだったが、夫である柄本佑にオファーが来たことを伝えると「できるかもしれないよ。ちょっと面白いから、バカなふりして、やってみようという気持ちでいろんなこと考えてみなよ」と背中を押された。

    家族に相談すると義母の角替和枝からは「大厄の年こそ大役をやるべき。やらないなら一生仕事やめな」と檄を飛ばされ、父の奥田瑛二は「これは挑戦じゃなく冒険だな。挑戦は途中でリタイアできるけど、冒険は途中でやめられないな」と言われた。

    受け入れるNHK大阪も「娘さんにとってもスペシャルな時間にしましょう」と、社員も使えるキッズスペースを設けた。誰もがバックアップを約束した。

    「みんなが何の疑問を持たず『えっ、やればいいんじゃない』と言われ、誰にも言えなかった、自分の中の妻たるものはこうあるべき、母たるものはこうあるべきというものが崩れました」

    「1秒1秒、生きている感覚が気持ち良いです」

    疑問は解けた。今後についてはわからないけれど、今はその時の自分、娘、家族、すべての環境とタイミングの中で、出合った仕事は、出合うべきものだと思っている。

    「やるもやらないも、全力です。やるとなったら死ぬ気でやるし、やらないとなったらその選択を必死に生きる」

    子供を産んで、一生懸命、全身でその時を、必死で楽しく生きる姿を魅力的に感じた。女優と母親の両立についても、大変さは感じていない。

    「子供が生まれて、大人になって初めて必死に生きることができている。大変といったら大変かもしれないけど、私は、今、すごく新鮮な気持ちです。1秒1秒、生きている感覚が気持ち良いです」