自分を殺す瞬間も...紅白出場「刀剣男士」黒羽麻璃央が語る2.5次元の魅力と苦悩

    大晦日の紅白歌合戦に「刀剣男士」三日月宗近として出場する黒羽麻璃央さんをインタビュー。

    2018年12月29日、平成最後となる紅白歌合戦のリハーサルが行われたが、その中にカラフルなウィッグと衣装で一際目を引く集団があった。企画コーナーに出演する「刀剣男士」だ。

    「刀剣男士」はブラウザゲームを題材にしたミュージカル「刀剣乱舞」に出演する19人によるグループ。

    初出場者が集まった会見でも、彼らは役者ではなく「刀剣男士」でのキャラを堂々と演じ続けたが、心のうちは違ったようだ。

    「本当は緊張していました(笑)。いつもテレビで見ているアーティストさんがいっぱいいたので、内心はうれしーってなってました」

    屈託無い笑顔を見せながらそう語るのは黒羽麻璃央(25)。ミュージカル「刀剣乱舞」刀剣男士で三日月宗近を演じ、“2.5次元の王子様”とも呼ばれる俳優だ。

    会見やその後の告知でキャラとして対応したことについて聞くと「歌番組でのやり取りもあくまでキャラクターになりきっています」と明かす。

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    紅白リハ直後の意気込み。話しているのが三日月宗近(黒羽)

    「最初の頃は台本がなく、アドリブでこなす司会者さんとのやり取りに苦労しました。今は、深く役を掘り下げることで対応できていると思います。僕の演じる三日月宗近はゆったりした喋りなので、普段から喋りのテンポは気をつけています」

    「刀剣男士」の出場も注目度が上がる2.5次元ミュージカル。演者としての魅力は何なのか。黒羽のこれまでの軌跡とともに聞いた。

    2.5次元ミュージカル。端的に言えば漫画やアニメを原作としたミュージカルのことを指す。

    過去にも漫画原作の舞台はあったが、現在の人気を生んだのは2003年に開催された漫画「テニスの王子様」を題材とした「ミュージカル・テニスの王子様」、通称テニミュだ。

    黒羽は2010年に武田真治、溝端淳平、菅田将暉などを輩出した「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で準グランプリを獲得し芸能界入り。高校を卒業した2012年に上京し、俳優デビュー作となったのがミュージカル「テニスの王子様」2ndシーズンの菊丸英二役だった。

    「初めての演技。何もできないので、プライドが傷つきましたね。一応ジュノン出身。謙遜しつつも肩書あるぞと思っていたので(笑)。それがいざ演じるとなると思うようにいっていないことに腹が立ったし、周りがみんな敵に見えて。出鼻をくじかれました」

    テニミュはシーズンの間、キャストがほぼ変わらず、同じ配役で1〜2年を過ごす。共演者と「一緒のスケジュールで動き、一緒に怒られ、一緒に千秋楽を迎えてきた」という黒羽は、その期間を学校生活に例えた。

    徐々に楽しさを覚えてきたが、プライドを捨て、開き直って素直に学ぼうと思えたのは、スタートしてから1年ほど経ったころだった。

    「周りに助けられることを嬉しいと思い始めてからですね。新人だもんね、と思われていることに悔しいと感じていたんですけど、開き直って素人なんだから、一からちゃんと学ぼうと思った。できない自分を認めてからが成長のポイントだったと思います」

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    2013年に開催された「全国大会 青学vs氷帝」公演で黒羽にとって思い出深いシーンがある。劇中の“ゴールデンペア”の相方である大石秀一郎(山本一慶)と一緒に夕暮れに「全国優勝を目指そうぜ」と語りかける青春の一場面だ。

    「芝居の基本である会話のキャッチボールがうまくできた時で、ずっと見てくれた共演者に上手くなったと言われたのが嬉しかった。『テニミュ』はキャラと自分のセリフが重なることも多くて、役が成長するごとに役者も成長していく。その姿を感動してもらえているのがお客さんがついてきてくれる理由かなと思います」

    テニミュを始めた頃はファンからの厳しい言葉もあったが、徐々に「うまくなったね」との声が増えていった。

    「卒業の時にさいたまスーパーアリーナでライブをやったんですが、ファンのみなさんが泣いてくださっている姿を見たとき、テニミュをやっていてよかったなと思いました」

    卒業から半年後、ミュージカル「刀剣乱舞」三日月宗近役を射止める。

    「実は原作のゲームを知らなかったんですが、初めてオーディションで三日月宗近を見たとき、かっこいいと一目惚れしたんです。合格の報告は今でも覚えているんですけど、引っ越し先の鍵をもらう時で。道が開ける気がしました」

    ミュージカル「刀剣乱舞」は黒羽がこれまで経験した2.5次元の舞台とは大きく違う部分があった。役作りの参考にするものがほぼなかったのだ。

    「最初にいただいたのは扉絵一枚と、あとキャラクターの声。これまでと違ってアニメがなく、動きであったりヒントが少なかったんです。なので、発想力や時代背景を調べることでいろんなものをひも解いていくしかない。それで見ているお客さんに納得できる姿を提示しないといけないので、そこは悪戦苦闘しました」

    ミュージカル「刀剣乱舞」は1部がミュージカル、2部はライブパートとなっており、刀剣男士たちは歌い、観客はペンライトを振って応援する。

    こうした舞台構成、さらに黒羽ら出演者の努力もあり、2015年にトライアル公演からスタートしたミュージカルは、2017年末にはさいたまスーパーアリーナで公演。中国、フランスなど海外でもステージを行っている。

    「ここまでになるとは正直当初は思ってなかったですし、作品が大きくなるにつれてプレッシャーはありました。ミュージカル『刀剣乱舞』の顔でなければいけないという思いはありましたけど、そのプレッシャーが楽しくなりました。自分にプレッシャーを与えるのが好きな方なので。僕自身も三日月宗近という役で成長させてもらってます」

    2.5次元舞台・ミュージカルと、他の舞台との大きな違いについて黒羽は「見にきているお客さん自身がプロデューサーなんです」と語る。

    「普通の舞台では正解は演出家ひとりが持っているものなんですが、2.5次元はもともと原作があるので『私の好きなこのキャラは、こんなテンションでこのセリフは言わない』とお客さん自身が正解を持っている。演出家の指示通りだとお客さんに受けない場合もあるし、演出家に違うと言われたものでもお客さんがやってほしいものもある。そのバランスが大事。だから怖いですよ」

    通常の舞台なら与えられた役をいかに自分らしく演じるかを大切にする。しかし2.5次元ではまずキャラクターであることに忠実に、真摯に向き合う。だからこそ時に「自分を殺す瞬間」があるのだという。

    「役者としてはこういう風に演じたいけれど、そのキャラはそんなことはしないという矛盾が生じたとき、その感情をどうやって抑えるかが大事なんです」

    一方、制約を乗り越えた時、2.5次元ならではの快感がある。黒羽はそれを「アニメを超える瞬間」と表現する。

    「例えば原作のコマでは後ろ姿だけでも、舞台で正面を見れば泣いている。それが物語として成立していれば、お客さんに納得してもらい、感動を呼ぶことができるんです。僕ら役者は生きているからこそ、コマとコマの間で描かれない部分を演じられる。それが2.5次元の魅力の一つです。そのためには役作りをして、役について知り、自信を持ってやらないとできない」

    黒羽が生まれ育ったのは宮城・仙台の太白区。17歳のときに東日本大震災に被災した。

    震災当時、春休みを前に友人の家で髪を染めていた。自宅に帰るとライフラインはほぼ使えなくなっていた。

    「お風呂にも1か月入れなかったですし、朝コンビニに行って5時間近く並んで、食料を透明なビニールに入れると襲われるという情報もあったので紙袋に入れて、家まで持って帰っていました」

    「自分が遊びに行っていた海水浴場が津波となり人を襲った。友達の家も流された。焼け野原ではないですけど、あの光景は異様でした。人が住んでいた地域が視界良好で空が見えて、信号機がなくなり、道路に船があるんですから」

    来年1月1日からは「みやぎ絆大使」に就任。「今も、まだ仮設住宅はある。国の人には願わくば、オリンピックだけじゃなく、そういうところにお金を使ってくれれば」と地元に対する思いは強い。

    上京する際に「宮城に明るいニュースを届けたい」と思った黒羽にとって、紅白出場はまたとない機会だ。

    日本で最も視聴率の高い番組に出ることは、自身を育んだ2.5次元というジャンルのためにもなると考えている。

    「2.5次元の若手俳優はカラコンして、ウィッグをつけないと芝居ができないと思われたくはないんです。そういうふうな目で見る人が少なからずいるのが現状です。だからこそ、テレビのドラマやバラエティーに出ることで、2・5次元は俳優がちゃんとやっているものだと認めてもらえるようになりたい」

    「紅白ではいろんな人が見てくれると思います。最初は『なんだ、これ』から入ってもらってもいいんです。違和感でも、興味を持ってもらう。そこから何かが始まる。歌舞伎であったり、宝塚のように。2.5次元というジャンルが当たり前にテレビで認知されるようになったら嬉しい」

    出演したことが誇りになれるような、2.5次元舞台をジャンルとして確立させることが今の願いだ。

    「世の中に浸透させる役割は担っていると思いますし、自分にその圧をかけて頑張っています。でも、大丈夫です。プレッシャーは楽しむ方なので」

    〈黒羽麻璃央〉 俳優
    1993年7月6日生まれ。宮城県出身。AB型。2010年「第23回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で準グランプリおよびAGF賞を受賞し、芸能界入り。2012年、ミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズン(菊丸英二役)で初舞台を踏む。以降、ミュージカル『刀剣乱舞』(三日月宗近役)、舞台『黒子のバスケ』(黄瀬涼太役)など2.5次元舞台の人気作に出演する。2019年1月スタートのドラマ「広告会社、男子寮のおかずくん」(テレビ神奈川ほか)では主演を務める。