なぜ映画「キングダム」に原作者は深く関わったのか。原泰久の自信と使命感

    原作者の原泰久さん、プロデューサー松橋真三さんが対談。王騎役の大沢たかおの裏エピソードなども明かされた。


    累計発行部数3800万部超の人気コミックを映画化した「キングダム」が4月19日に公開する。紀元前3世紀の中国の戦国時代を舞台にし、そのスケールの大きさから国内では実写化は難しいとみられていた。

    だが、原作者である漫画家の原泰久さんは原作ファンにこそ見てほしいと自信を見せる。

    その自信の根拠、原作者自ら脚本に参加した経緯について、原さん、本作のプロデューサー松橋真三さんに聞いた。

    原作ファンに対する作者としての使命感

    ――原さんは映画化にあたり、原作ファンを気にされていたと聞いています。

    泰久さん:いま、マンガを原作とした映画はすごく多くて、叩かれることがあるのもよく知っています。

    うちのスタッフでも、すごく好きなマンガが映画化されても見に行かないことがある。それって、すごく残念なことじゃないですか。

    映画化の話をいただいたとき、まず原作ファンへ「映画館に行って良かった」と思わせるものにしたいという使命感がありました。

    ――映画を見に行かない原作ファンに足を向けてもらうためには、原さんはどういう改善が必要だと思いましたか。

    原さん:僕は原作者自身が「面白いから、ぜひ見てください」と伝えることが大事だと思っています。

    原作の人が前に出てこないと、ファンは疑心暗鬼になり、見に行かない方向へ向かってしまう。ですので、僕は今回の映画ではなるべくいろんな場に出ようと思いました。

    出るからには、面白くないものを面白いと嘘は絶対つけない

    ですので、今回の作品には最初から深く関わらせてもらっています。自分が納得いけば「面白いです」と発信できるので。

    松橋真三さん:私たちからも同じ時期に、原先生へ映画に関わってほしいとお願いしました。

    まず、われわれはこういう形のものを撮りたいという台本を作りましたが、その台本は実際に作ると2時間40分くらいの尺になってしまう。

    その台本を2時間に収めるためには、メスを入れる量がかなり多くなる。そこから先の改編をするためには、原先生に話を聞かないとできない。

    そんな時、脚本に先生から参加されたいと話があり、ぜひお願いします!となりました。

    事前には王騎を切る提案も

    原さん:脚本は本当に大事です。原作者に気を使いすぎて「ただシーンを間引きして2時間にしました」だと大失敗する。

    メスを入れる、引き算は本当に大事なので、良いものを作るために一切気にせず切ってくださいと僕からも伝えました。

    ――シーンのカットなど脚本の修正作業はすんなりいったのでしょうか。

    原さん:僕はわりと乱暴にあのシーンを切ろうと言っていて、「いや、そこは撮りたいです…」となることが多かったです(笑)。

    最初は王騎も切ろうと言っていました。

    2時間ある作品の中で、ドラマに対してそんなに寄ってこない。もし僕が2時間の作品を5巻までの話で書くなら、王騎を主要な話ともっと絡めて書いていました。でも、最初の脚本はそうなっていなかった。

    そこが気になっていて、そのまま撮るのではなく、主要なストーリーに寄せるか、出さないかにしましょうと言いました。でも松橋さんから「さすがに王騎を切るのは!」と言われて(笑)。

    では、出すのであれば、主人公の信に可能な限りに関わらせましょうと。そこで映画オリジナルの冒頭シーンが追加になりました。

    ――映画では左慈の役割もより重要なものに変更されています。

    松橋さん:原作と左慈とランカイの登場場面をひっくり返したいと相談したら、原先生は一度驚かれたんですが、「じゃあ左慈の設定を変えましょう」とかつて将軍だったというアイディアをいただきました。

    それは先の王騎とも関わる素晴らしいアイディア。

    信は将軍になりたい。でも将軍って何だろう。そこで元将軍だった左慈と戦うことで一気通貫した物語になるのでは、と原先生にホワイトボードに書いてもらったときに、映画の成功を確信しました。

    ――原さんは映画好きを公言されていますが、実際の現場を見て驚いた部分はありましたか。

    原さん:それまで監督がいちばん偉いと思っていたんですが、僕が考えていた監督の作業の多くをプロデューサーがやっていたことにびっくりしました。

    映画のオファーが最初に来た時、集英社も僕らも原作のどこまで映画化するんだと思ったんです。王騎が死ぬところまでと言われたら、物語のどこを省こうと相談もしてました。

    いざ松橋さんとお会いすると、原作の5巻までの部分で良いと言われて。戦場を捨てて、5巻までで良いと言うのは、確かに現実的なラインです。

    その話を聞いたとき、松橋さんの目のつけどころの良さにザワッとしましたね。鋭い方だから、この人に任せようと。そこからはずっと預言者のように、松橋さんの話が当たるんですよ。

    松橋さん:ありがとうございます(笑)。

    神様が決めた吉沢亮の抜擢

    原さん:その最たるものが吉沢亮くんの起用ですね。嬴政役に吉沢亮くんを、と言われたのが2年前。その時期はあまり知られていない頃だったんですが「2年後に絶対きますよ」と言われました。

    松橋さんを信頼してお願いしたら、公開する今、もう吉沢亮くんの時代。人気だけでなく演技も素晴らしく、吉沢くん以外に嬴政役は考えられない。

    松橋さん:吉沢君とは一緒に仕事をして、その仕事の素晴らしさをわかっていたので、この人をスターにしなければいけないと思っていたんです。

    素晴らしい素材を持っていて、苦労をして、演技の経験もいっぱい積み重ねている。とっくに人気が出ていても良いのに、まだブレイクしていない。でも可能性をすごく感じる。

    役者ってストックされた時期が長ければ長いほど、ドーンと言った時に息長く活躍できるんですよ。

    小栗旬さんだったり、SMAPであったり、それを経験で見ているので。下積みが長い方が、自分の中にいっぱい引き出しができて、いろんなことがやれる。吉沢くんはそう言う人だと思ったんです。

    こう言うと計算していたように思われるかもしれないんですけど、それも違っていて。今思うとキャスティングしたのは神様だったと思います。

    予想を超えた大沢たかおの肉体改造

    ――キャスティングでは王騎役に大沢たかおさんを起用したことは原作ファンに驚きを与えました。映画を見るとこの人以外には考えられないキャスティングなのですが。

    原さん:僕も最近の邦画を追う時間がなく、大沢さんが素晴らしい役者さんであること知っていたんですけど、もっと細身なイメージを持っていました。なので演技力は申し分ないんですが、見た目の説得力が心配だったんです。

    けれど松橋さんから「大沢さんは大きいし、プロなので体を作れます」と言われて。実際に中国の撮影現場で会うとプロレスラーみたいな体を作ってこられていた。

    現場の役者さんも大沢さんが来ると緊張が走るくらい、王騎としての説得力があったんです。

    ――大沢さんが体型を変えた姿はキャスティングの際、松橋さんには見えていたんですか。

    松橋さん:僕は大沢さんとは20年弱の知り合いなんです。背も高いし、全体のバランスがいいのでスマートに見えると思うんですけど、胸板も分厚い。役柄に応じてものすごく鍛えてくる方で、今回の映画に向け。体重だけでも17、18キロは増量して挑んでいます。

    王騎の甲冑は中国に頼んで作りましたが、日本に届くまで4週間くらいかかるんですけど、そのたびに大沢さんの体の方が大きくなっていて(笑)。結局3回くらい作り直しました。

    大沢さんに「次は腕があと2センチ、胸板があと数センチ大きくなるんで、それに合わせて作ってください」と言われて、最後にそれがぴったり合ったんです。

    ――原作者である原さんから見て、映画の中でいちばん魅力的なキャラは誰でしょうか。

    原さん:山崎賢人くんが演じた信が本当に魅力的でした。原作5巻までで見比べたら、映画の方が絶対にいいキャラです。

    賢人くんは信になりきっていて、嬴政役と出会った時に「ひょう…なんで」と小さく呟くシーンがあるんですが、これはアドリブで、信に命が吹き込まれたシーンだと思いました。この信にはぜひハッピーになってほしいと、映画を見ている間ずっと応援していました。

    また脚本の段階から、今回の物語では成蟜が重要だと言っていました。

    悪役を演じられるのは限られた役者さんじゃないですか。

    「ゲーム・オブ・スローンズ」のジョフリー(ジャック・グリーソンが演じた)が、似たような役柄でこの時代で一番いいと感じたので、これを目指さなきゃいけないと話していました。

    そんな中で、本郷奏多くんは説得力と色気があった。

    原作の成蟜は大人に踊らされる、知恵のそこまで回らない子供なんですけど、映画の成蟜は強そうでした。

    成蟜自身がしっかり人格を持って玉座を取ろうとしている。軍隊に檄を飛ばすシーンも素晴らしかったです。

    光が差していた長澤まさみ

    ――松橋さんが見て魅力的なキャラは誰ですか。

    松橋さん:僕だけではないですが、満場一致でみんなが好きなのは楊端和ですよね。試写終わって第一声はみんな「楊端和が良かった」なんです。

    映画が出来上がって、改めて原作の1巻〜5巻で脚本を作り良かったと思うのは、山の民が活躍している点です。

    この「キングダム」が単なる歴史物ではなく、「ロード・オブ・ザ・リング」「ゲーム・オブ・スローンズ」といった作品のように世界を広げてくれている役割を果たしている。その中心にいるのが長澤まさみさん。

    彼女が山の民のマッチョ軍団の中にいることが、どれだけ世界を広げたのか。素晴らしいと思います

    原さん:撮影現場ではエキストラの方だったり、ものすごい人がいるんです。その中で楊端和がが出てくると、光が射してましたね。身長も高く、強そうだし、説得力がありました。

    「ゲーム・オブ・スローンズ」は一つの基準

    ――「ゲーム・オブ・スローンズ」の話が何度か出てきましたが、参考にされたのでしょうか。

    松橋さん:主要なスタッフたちにはシーズン6の第9話を見るように言っていました。

    戦争シーンは下手すると、ただみんながどつき合いをするようになっちゃうんですが、戦いにそれぞれ意味がないと人は見られない。

    「ゲーム・オブ・スローンズ」は今、どっちが勝っているかがわかり、見る人をドキドキさせる戦争シーンがうまい作品なので、参考にしました。

    原さん:僕は美術の基準の一つに「ゲーム・オブ・スローンズ」を置いて見ていましたが、今回の「キングダム」の玉座は、鉄の玉座に負けないですね。楊端和の玉座も、スローンズにも負けていない。

    ――映画を見た人は、この続きをぜひ見たいと思うはずですけど、その一方で、お金がいくらかかるんだろうという心配もあります。

    原さん:もう、やるしかないですよね(笑)

    松橋さん:きっとみんな、お金を出してくれると思います(笑)。ぜひ、皆さんに観ていただいて、続編を観たいという希望が大きくなってきたときには、期待に応えられればと思っています。

    原さん:本当にいろんな方に見ていただいて、その声を聞きたいです。まず原作ファンに一人残らず見ていただいて、どういう反応があるか。今はすごくワクワクしています。

    ※なお、GYAO!映画では5月5日まで『キングダム』特集を掲載しています。