亡き父が、母が力をくれた。だから「朝5時半の女」は600日以上毎朝配信を続けた

    ”朝5時半の女”と言われたAKB48大西桃香の物語

    「努力は必ず報われる」とは、かつてAKB48のキャプテンを務めた高橋みなみが繰り返した言葉だ。ただAKB48においては「人と違った努力をした者は報われる」がより正確なように思う。

    Google +で公開した動画で人気となったSKE48の松村香織、メイク動画など女性向けのYouTubeチャンネルが人気のNMB48吉田朱里など、他のメンバーと違う場所での頑張りが、グループ内での序列に影響してきた歴史がある。

    先日、写真集『夢の叶えかた。』を発売した、AKB48チーム8の大西桃香(21)も人とは違う努力で夢を勝ち取った一人だ。

    ライブ動画配信サービス「SHOWROOM」で600日間以上、毎日早朝に生配信を行い”朝5時半の女”と言われた。

    これはAKB48に所属するあるアイドルの成功までの道と、それを支えた家族の物語だ。

    大西が所属するチーム8は、47都道府県から1人ずつ選ばれた代表からなるグループ。大西は奈良県代表として2014年4月から活動している。

    SHOWROOMを始めたのは2016年10月12日。AKB 48の他のチームからは遅れたスタートだった。

    「その年の9月の生誕祭の際『お家でも楽しんでもらえる人間になれたら』と目標を言ったんです。メディアのお仕事がもっと増えるようにという意味だったんですけど、ちょうど1週間後にSHOWROOMが解禁になった。有言実行できるんじゃないかと思いました」

    大西は当時人気メンバーではなく、握手会やイベントなどにほとんど呼ばれなかった。だからこそ、ファンとの交流が、SHOWROOMだったらできると考えた。

    SHOWROOMの配信ができる時間は5時から24時まで。

    「だったら朝の5時に配信しよう」とノリで早朝の配信を始めたが、ファンから「早すぎる」との声があり、時間は5時半に落ち着いた。

    「その時はお仕事がなかったので、朝の配信でも苦じゃなかったです」

    配信ではメイクはせず、基本すっぴん。気分が乗らないとき、機嫌が悪いときもありのままの姿を見せた。

    「今年1月には胃腸炎の中、5時半に放送したこともあります。その時はさすがにしんどかったです」

    100日、200日、300日…。素の表情を見せる配信は回を重ねるごとに評判となり、いつしか“朝5時半の女”と呼ばれるようになった。

    「今改めて考えたら、5時半ってすごい時間だなと思うんですけど、配信を続けている時は感じませんでした。スタッフやファンが褒めてくれるけど『当たり前やのに』と特別な努力とは思ってませんでした」

    大西の成功を見て、早朝の配信を始めるアイドルも出てきた。

    「朝の仲間が増えたと思ったんですけど、徐々に脱落して結局一人になりました(笑)」

    大西はAKB48に入った年に、トラック運転手だった父を亡くしている。

    父はAKB48のオーディションに合格した際には祝福もなく「お前みたいなブスが受かってええんか」と、つれない反応だった。

    AKB48の活動が始まると東京と奈良を行き来する日々。父とは会話する時間はなかなか持てなくなっていた。

    2014年9月。数日前から父は体調を崩し、家にいた。

    学校から帰ると「その時は仲が悪かったので」リビングにいる父にただいまと挨拶をせず、直接自分の部屋に向かった。

    夕方、仕事から帰ってきた母が部屋に入るなり「パパ、冷たくなっている...」と言われた。突然の別れだった。

    父はまだ44歳。ステージに立つ自分の姿を見ていない。もっと話せばよかった、もっと一緒に遊びへ行けばよかった。後悔ばかりが残った。

    父の死後、母はショックから毎日泣いていた。一人にはできない。AKB 48を辞め、母の横にいようと思った。

    そんな時、母から父の形見の携帯電話を渡された。

    中を見ると、2014年に父が友人に「速報 我が家に芸能人誕生」と送ったメールが見つかった。自分がテレビに出ている様子を見て「めっちゃ可愛いやん」と喜ぶ父の声が入った動画もあった。

    父はずっと応援してくれていた。携帯を触りながら、涙が止まらなかった。

    「その時、お給料も少なかったので、地元に戻ってバイトをすれば、毎日家に帰れるし、ママの傍にいられる。楽させてあげられる。絶対そっちがいいと考えたんですけど、『気にせんでええねんで』って」。

    母は、もう少しアイドルを頑張ってみたらと言ってくれた。

    「ママは今まで私の言うことを何でも受け入れてくれたけど、その時だけは続けたらって。辞めてほしくなかったんだと思います」

    母は職場や近所の人に、娘のAKB48での活動をいつも楽しそうに話していた。アイドルを続けることが親孝行になるかもしれないと思った。

    葛藤はあったけれど、AKB48の活動は続けた。

    2017年6月のAKB48の選抜総選挙前、大西は部屋からいつものようにSHOWROOMの配信を行っていた。

    すると母が部屋のドアを開け、黒いビニール袋を渡された。中には総選挙の投票券付きのCDが3枚入っていた。

    「私の給料は少なくて、おうちに何も貢献できてなくて、ママもパートに出ていて。CDだって安いものじゃない。ママが働いた1日分の給料くらいやから。それをわざわざ買ってくれて…」

    配信は続いていたが、涙が止まらなかった。

    毎朝積み重ねてきた時間は、無駄にはならなかった。

    SHOWROOMをきっかけにファンとなり、実際に大西に会いに握手会へ足を運ぶ人も増えた。

    2017年にはAKB48のシングル『シュートサイン』の選抜メンバー入りを果たし、SHOWROOMの人気メンバー16人による楽曲『プライベートサマー』ではセンターを務めた。

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    「SHOWROOM選抜にも選ばれてパフォーマンスした次の日の配信で、ファンの方みんなから祝福されたことが一番嬉しかったです。配信をやっていてよかったと思いました」

    始めた当初は2000人ほどだった視聴者も、その頃には1万人になっていた。

    2017年10月の1周年記念配信では念願だった写真集『夢の叶えかた。』の発売がサプライズで発表された。

    思いつきで始めた5時半の配信は、三文以上の得となって返ってきた。

    2018年のAKB48選抜総選挙。大西はもう一つの夢である初のランク入りを狙っていた。

    目標は20位。速報順位では27位と高かったが、総選挙本番当日は様子が違った。

    100位、90位、80位...。なかなか名前は呼ばれない。

    「それまでは不安で泣いていたんですけど、70位くらいで今年は呼ばれないともう諦めて。開き直って同じチーム8のメンバーが呼ばれた時に喜んでました」

    50位、40位、38位...大西桃香。

    呼ばれた瞬間、体が震えて、涙がこぼれた。

    華やかなイベントが終わると、一人、ホテルの部屋へ戻り配信を始めた。ファンに自分の気持ちを伝えたかった。

    カメラの前で取る食事は豪華なものでなく、カップヌードルシーフード。「幸せの味です」。その味を噛み締めながら、目は真っ赤になった。

    「ママもパパもめちゃくちゃ喜んでくれていると思います。お家に帰ったら、仏壇にランクインしたって報告したいと思います」

    「ママはいつも私のことを心配してくれて。東京に行く時には仕事の時間をずらして、駅まで送ってくれて。電車が発車するまで見届けてくれました。いろんなところで心配かけたと思うけれど、親孝行できたかな」

    ファンへの、両親への感謝を語った配信が終わると日付が変わっていた。

    6月17日、父の日だった。

    総選挙ランクインの実感が本当にわいたのは、選挙から3か月がたった9月だった。

    「4月から夏までずっと忙しくて、なかなか思えなくて。9月に家でぼうっとした時に感じました」

    1か月前の8月13日にはある決断をしていた。代名詞だった毎朝5時半の配信をやめると発表したのだ。

    写真集と総選挙のランクイン。思い浮かべていた2つの夢はかなった。

    「次の目標を決めるのが目標」という状態や仕事が忙しくなる中、精神的なきつさを感じるようになっていた。

    「この夏は人生で一番精神的にしんどくて…。記憶も正直あんまりないんです。その時にスタッフさんに相談したら『休養するか?』と言われて。休養するくらいだったら卒業する。でも今、卒業したら絶対後悔すると思って。そうすると『とりあえず一旦5時半配信をやめてみたら』と言われて」

    朝5時半の配信はこうして665日で終わった。ファンからは「今までお疲れ様」とコメントをもらった。

    今は自由な時間帯に毎日配信をしている。

    「しんどくなっていた時は、配信が義務になっちゃっていて、それが嫌になっていました。今は自由だから楽しんでやれています」

    取材の際、アイドルとしての次の目標はまだ決め兼ねている様子だった。

    けれど10月27日の生誕祭イベントで、来年の総選挙でチーム8で一番の順位、そして今年の38位からのランクアップという目標を掲げた。

    「自分の中の目標は 『夢』みたいなもので、私なんかがおこがましいって思ったりもするけど、言葉にして伝えることは凄く大事なことだと思うんです」

    昔、思い描いたアイドルは手が届かない存在で、すっぴんやリラックスした姿を見せる今の自分とは違う。けれど、こんなアイドルがいてもいいと思っている。

    大西は今日もSHOWROOMを続けている。連続配信日数は700日を超えた。