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広島黒田が今季限りでの引退発表!日米通算20年の軌跡

プロ生活20年の幕は日本シリーズで

広島の黒田博樹投手(41)が、今季限りでの現役引退を表明した。中国新聞など各社が報じた。22日から始まる日本シリーズで、プロ生活20年を締めくくる。

18日夜に行われた会見では、引退について9月ごろから考えたと語った黒田。日刊スポーツによれば、盟友・新井貴浩だけには引退を告げたという。
時事通信

18日夜に行われた会見では、引退について9月ごろから考えたと語った黒田。日刊スポーツによれば、盟友・新井貴浩だけには引退を告げたという。

黒田の父は元プロ野球選手の黒田一博。父が監督を務めるリトルリーグを経て名門・上宮高校に進学するも、3年間控え投手で公式戦では一度も投げれなかった。

一度は野球を諦めようとしたが、父の言葉で専修大に進学。活躍が認められ、1996年に広島カープにドラフト2位で入団する。
時事通信フォト

一度は野球を諦めようとしたが、父の言葉で専修大に進学。活躍が認められ、1996年に広島カープにドラフト2位で入団する。

入団1年目。この年、ドラフト1位の澤崎俊和とともに先発ローテーション入りしたが、澤崎が12勝8敗で新人賞に輝いたのに対し、黒田は6勝9敗と負け越し。さらに翌年はわずか1勝に終わる。

プロ3年目も5勝8敗と負け越したが、地道な努力を続け、プロ4年目には9勝6敗で初めて勝ち越す。
時事通信フォト

プロ3年目も5勝8敗と負け越したが、地道な努力を続け、プロ4年目には9勝6敗で初めて勝ち越す。

2001年にはオールスターに初出場し、この年初めて2ケタ勝利。その後3年連続で2ケタ勝利を挙げるも、開幕投手を務めエースとして期待された2004年は7勝と低迷し、地元紙にはエース失格と報じられた。この悔しさをバネに翌2005年には15勝を挙げ、最多勝に輝く。

時事通信フォト
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2006年には最優秀防御率のタイトルも獲得。この年FA移籍が報じられ、黒田の心も揺れていた。

しかし、シーズン終盤の広島市民球場で、「我々は共に闘って来た。今までもこれからも…。未来へ輝くその日まで。君が涙を流すなら。君の涙になってやる。Carpのエース黒田博樹」と書かれた横断幕に心を揺さぶられ残留を決めた。だが、新たな挑戦への気持ちは抑えがたく、2007年11月に大リーグ移籍を表明。会見ではファンに対し「感謝の気持ちでいっぱいです」と語り、涙を流した。
時事通信フォト

しかし、シーズン終盤の広島市民球場で、「我々は共に闘って来た。今までもこれからも…。未来へ輝くその日まで。君が涙を流すなら。君の涙になってやる。Carpのエース黒田博樹」と書かれた横断幕に心を揺さぶられ残留を決めた。

だが、新たな挑戦への気持ちは抑えがたく、2007年11月に大リーグ移籍を表明。会見ではファンに対し「感謝の気持ちでいっぱいです」と語り、涙を流した。

黒田が新たなチームとして選んだのはロサンゼルス・ドジャース。当初は日米の野球の違いに苦しむも、いまや代名詞の変化球「フロントドア」をチームメイトのグレッグ・マダックスから伝授されるなどメジャーに適応。4シーズンを過ごし、2009年には開幕投手を務めている。

3度のサイ・ヤング賞に輝き、メジャー最強左腕といわれるクレイトン・カーショウは、黒田が入団した2008年にマイナーからメジャーに上がったいわば同期。ドジャース時代は黒田のキャッチボールの相手を務め、友情を育んだ。現在もその友情は続いている。
Lisa Blumenfeld / Getty Images

3度のサイ・ヤング賞に輝き、メジャー最強左腕といわれるクレイトン・カーショウは、黒田が入団した2008年にマイナーからメジャーに上がったいわば同期。

ドジャース時代は黒田のキャッチボールの相手を務め、友情を育んだ。現在もその友情は続いている。

ドジャースからFAとなっていた黒田は2012年、ニューヨーク・ヤンキースに入団した。

入団1年目には故障者が続出する中、1年間ローテーションを守り続け、チームメイト、ファンからの信頼を獲得した。2014年の最終登板後にはジラルディ監督から「最高のヤンキーであり続けてくれている。最高のお手本のような存在でもある」と賞賛された黒田だが、シーズン後には大きな決断を下す。8年ぶりにカープへの復帰を決めたのだ。
Jim Mcisaac / Getty Images

入団1年目には故障者が続出する中、1年間ローテーションを守り続け、チームメイト、ファンからの信頼を獲得した。

2014年の最終登板後にはジラルディ監督から「最高のヤンキーであり続けてくれている。最高のお手本のような存在でもある」と賞賛された黒田だが、シーズン後には大きな決断を下す。8年ぶりにカープへの復帰を決めたのだ。

複数メジャー球団からオファーを受け、パドレスからは約20億円を提示された黒田。だが広島への恩返しのため、高額のオファーを蹴り、4億円でカープと契約した。復帰理由についてはファンへの恩返しを挙げた。

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日本復帰後1年目の成績は11勝8敗。シーズン後には引退ともささやかれたが、2016年シーズンも現役続行することを決めた。

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2016年7月23日には日米通算200勝を達成。今シーズンの成績は10勝8敗。メジャー時代を合わせ、7年連続での2ケタ勝利を記録した。

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そして黒田が20年間待ち詫びた日が来る。9月10日の巨人戦。黒田が先発したこの試合に勝利し、カープの25年ぶりの優勝が決まった。

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優勝が決まった瞬間から黒田は男泣き。盟友・新井と固く抱き合う姿は、カープファンだけでなく多くの野球ファンの心を打った。

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チームメイトに胴上げされた黒田。その目には涙が光った。

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リーグ優勝の美酒に酔う黒田。現役引退発表に際し、黒田は「最後に笑顔で優勝してビール掛けをしましょう」とコメントしている。現役最後の花道として選んだ今年の日本シリーズ、目指すは32年ぶりの日本一だ。

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「日本一を黒田に」。チームメイト、そしてカープファンの気持ちは一つになった。

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Tatsunori Tokushigeに連絡する メールアドレス:tatsunori.tokushige@buzzfeed.com.

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