韓国人監督はなぜ俳優にガラスのコップを食べさせたのか

    映画「アシュラ」キム・ソンス監督が語る権力

    見ていておぞましく、鳥肌が立つ世界。

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    そこの住人たちは頭のねじが外れ、おかしくなっている。

    2016年に韓国で公開された問題作「アシュラ」の主人公ハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、ビールを注ぐガラスのコップを唐突に、口の中を血だらけにしながら喰う。

    「あれは製作会社のハン・ジェドク代表のアイディア。ドギョンは哀願の気持ちと、自分は怒ると怖いということを動作で伝えたかったんです」

    市長の犬として悪事に手を染めてきたドギョンの狂った、けれど切実な意思表示。韓国人監督のキム・ソンスはその意図を、BuzzFeed Newsにそう明かした。

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    映画「アシュラ」は架空の都市アンナム市を舞台に、刑事、政治家、検事たちが己の欲望と保身のために争いを繰り広げる、救いのない物語だ。

    キム・ソンスは「アシュラ」でもコンビを組むチョン・ウソン主演の映画「MUSA-武者-」として知られるが、2013年にメガホンを取った映画「FLU 運命の36時間」が興行的にも失敗。出来栄えにも納得できていなかった。

    自分はなんて取るに足らないのか。だが映画を作りたいという思いは止められない。ならば、次こそ自分は得意なものを撮ろう。そう考えた時、思いついたのが「アシュラ」の構想だった。

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    「刑事映画が好きなことを思い出したんです。非常に弱々しい悪党と、とるに足らない刑事が登場し、苦境に陥り、やがて奈落に落ちる。そういう映画の輪郭は以前から考えていて、そこに好きだったフィルム・ノワールを組み合わせました」

    過去4作でタッグを組んだ盟友チョン・ウソンにまず声をかけ、国民的人気のファン・ジョンミン、クァク・ドウォンと実力派俳優の映画への出演が決まった。

    最年少のチュ・ジフンの起用の前には一緒に酒を飲んだ。

    「俳優は監督と会うとどうしても礼儀を守ろうとする。だが、お酒を飲むと隠しきれない性格や癖が見えてくる。チュ・ジフンはとても純真な一面と、悪知恵を働かせる冷徹な面を持っていて、今回の役にぴったりだと思った」

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    主人公の後輩役を演じるチェ・ジフン(左)。徐々に悪に染まる変容ぶりは見ものだ

    徹底して心がけた既存の文脈からの脱却

    映画にはフィルム・ノワールで定番の男を堕落させるファム・ファタール(危険な女)は登場せず、ラブストーリーも入らない。

    徹底的な男たちだけの世界。ノワールを描くにあたり、過去を踏襲しないと考えたからだ。

    「登場する人物はすべて欲望の塊で、暴力に慣れすぎている男たち。お互いが噛みつき、噛みつかれ、やがては地獄に落ちる。ファム・ファタールや恋愛をいれると、私の伝えようとしているものの邪魔になると考え、省きました」

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    凄絶としか言いようのない葬儀場でのアクションシーン。まさに地獄絵図と化す

    アクション映画でありがちな銃撃戦もない。

    「今まで使われているパターンから抜け出したいという思いがありました。韓国映画では高級なホステスがいるルームサロン(日本でいうクラブ)や地下駐車場で銃撃戦が起こるのが常套手段でしたが、それを変えてみたいという思いが強かった」

    その思いから生まれたのが、終盤のこれまで誰も見た事のない凄絶なアクションシーン。祭儀場で痛々しい刃物での斬り合いが繰り広げられる。

    「銃でなく刃物だったのは、欲望と権力が渦巻くおぞましい世界で、苦痛の祝祭が行われていることを表現したかったから。悪党たちを出口のないところに追いやられ、戦い、そして死ぬ。あの場面は肉体の足掻きです。映画におけるアクションは格好良く描かれるが、本当の暴力がどんなものか感じてほしかった」

    物語のもう一人の主人公といえるのが、自分の利益のためにはどんなことでもする。悪徳市長パク・ソンべだ。

    映画『アシュラ』/(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights ReservedR15

    市長は裏では悪事に手を染めるが、表ではネット世論が喜ぶ発言をし、架空の敵を作っては倒し、支持率を上げる。

    その姿がトランプ大統領に似ていると聞くと、キム・ソンスは「そうですね」と笑う。

    だが、映画の製作はトランプ大統領決定、パク・クネ政権の不正も起こる前。どちらも意識はしたわけではなかった。

    ただ権力に対する不信がキム・ソンスの中にはある。

    「今の時代の本当の悪は暗黒街の親分ではなく、政治指導者や権力を持っている人間です」

    「権力者は権力を手に入れた瞬間、目標がただ一つに絞られる。それは権力を維持すること。そのために競争相手をなくすこと、それしか考えていない。国民のことを考えている権力者などいません。考えているフリをするだけです」

    TatsunoriTokushige / BuzzFeed

    劇中のドギョンのようにコップを噛むキム・ソンス監督

    パク大統領の一連の不正についても、韓国にとっては良かったと話す。

    「これほど大きな不正があったことが世に知れ渡ったし、権力者がどういう人物なのか国民がわかった。今後、誰が大統領になっても大きな変化はないと思う。私なりに支持をしている大統領候補はいるが、だからといってその人が大統領になっても韓国社会が変わるとは思っていません」

    「今、韓国では、誰が大統領になっても私欲を追求できない構造、権力者が国民を恐れる仕組みを作ろうとしている。集会にいくと空気の変化を感じる」

    「アシュラ」には韓国への思いも込められている。

    「すごく悲観的な映画といわれるが、この映画のように世界から悪を絶滅させ、何もない状態にしないと希望は生まれない。今、韓国は自滅した状態だが、ここから希望が生まれてほしい」