「歌ってと言われているからですかね(笑)。もともと歌が得意な方ではないですし、すごく歌いたい人でも実はなくて」
なぜ歌うのかという問いに、悠木碧は笑顔混じりで答えた。
七色の声、アイドル顔負けのルックス、ラジオやSNSで見せるユニークなキャラクター。先日、アニメファンが選ぶ「声優人気ランキング2019」の女性部門1位に輝いたが、それがなくとも悠木がトップクラスであることに異論を挟むアニメファンはいないだろう。
2011年、『魔法少女まどか☆マギカ』の主人公・鹿目まどかを演じてブレイク。翌年2012年から音楽活動を開始。これまで4枚のシングル、3枚のミニアルバム、6月12日に発売される最新アルバム『ボイスサンプル』を含め、2枚のアルバムをリリースしている。
27歳の人気声優に歌への思いを聞いたとき、飛び出てきたのは声優への強いプロ意識、作り手への憧れ、そしてファンへの思いだった。
声優としての歌の正解はキャラソン

――悠木さんはこれまでキャラクターソング(キャラソン)も数多く歌われています。ご自身名義での曲との根本的な違いはどこですか。
キャラソンは、そもそも楽曲と歌詞があり、そこにキャラクターをどう乗っけていくか。ゼロから作る曲とはちょっと違うなと捉えています。
でもはっきり言って、声優が歌うものとして私はキャラソンが正解だと思っています。
キャラクターの声をみんな聞きたいのであって、声優の生の声を聞きたいわけじゃないーーと思っているので。
今回のアルバム『ボイスサンプル』は全曲の中で違うキャラクター性を持たせて歌う、私が演じることのできるキャラクターのキャラソンアルバムになったらと思って作りました。
ずっとやりたかったんですが、以前は演じられるレンジが狭かった。今は演じ分けができるようになったので「やっとできた」という感じです。
――だからアルバムタイトルが『ボイスサンプル』なんですね。
私は声優なので、お客さんとは演じるキャラクターを通して出会います。
一人のキャラを好きになって買ってくれた人が「この人ってこんなキャラもやるんだ」「こういう声も出るんだ」「こういう歌い方もできるんだ」と思ってもらえる一枚、名刺代わりになる物を作れたらと思ってました。
――今回のアルバムでは初めて作詞にも挑戦していますが、何かきっかけはあったんですか。
ずっと作詞はやりたくて。レコード会社が日本コロムビアさんに変わったタイミングで、やりたいことを伝えました。
声優の仕事と言葉ってすごく密接なので、ボキャブラリーだったり、言葉も好きなんだよとちゃんと出せたらいいなと思っていました。
言葉の当てはめ方で、曲で表すキャラクターの性格も変わってくる。お芝居じゃない形でキャラを表現できることはすごく楽しかったです。
――詩は以前から書き溜めていたんですか。
書き溜めていたわけじゃないです。もともと小説を書くのがすごく好きで。オタクの素養ですよね(笑)。
全く表には出してこなかったですけど、物語を想像して文章を書くのはすごく好きで、言葉に関わる仕事をやりたいと、本当はずっと思っていたんです。
――ちなみに小説はどんなジャンルなんですか。
基本的には「普通に見えて、ちょっと不気味」みたいな不思議な話が多いです。でもほっこりしたお話だったり、バリバリのアクションだったり。割と気持ちによって書くジャンルは違います。
アルバムで見せた「悠木碧の無駄遣い」

――アルバムでは4曲で作詞に挑戦していますが、特に『バナナチョモランマの乱(無修正版)』は非常にユニークな曲です。
一番脈絡がない分、新しいことを常に産まなければいけないのですごく難しく、一番作詞に時間がかかりました。
口に出したら楽しい言葉ってあるじゃないですか。
そういう言葉を詰め込もうと思ったんですけど、偶発的にしか出会えないので、そのストックが溜まるまでゆっくり書こうというのが『バナナチョモランマ』でした。
――脈絡のない詩もユニークですが、一曲でさまざまなキャラクターを使い分けて歌っていますね。
歌ったときに「これはキャラを使い分けて、いろんな表情にしないと面白くないな」と気付いて。
ギャグ感を出したかったんですが、ギャグってテンポと呼吸が命なので、どうしても1曲通して歌いたくて。
「無修正版」とついている通り、一曲を通しでまるまる録音しています。そういう意味では声優の技術がこの曲が実は一番詰まっています。
――ギャグソングですし、そこまでの技術が詰まっているとは誰う思わないでしょうね(笑)。
技術の無駄遣いです(笑)。
――悠木碧の無駄遣いって、すごく贅沢ですね(笑)。先ほど、これまではできなかったレンジの声ができるようになったとおっしゃってましたが、どの曲が今だから歌える曲でしょうか。
『Logicania distance』は声が相当低いところまで出せると判明した曲です。
実は曲が上がってきた時はもう2トーンくらい高かったんですが、主人公観を出すため、下げたんです。
スタッフさんには「悠木さん大丈夫ですか」と言われたんですが、やってみたら思ったより歌いやすくて、このレンジは広げられるなと思いました。
『くれなゐ月見酒』は今までやったことがないセクシーキャラクター。こんなニュアンスを曲にもたらせるんだと気付かされた曲でした。

――作詞する際はキャラクター設定が先でしたか?
キャラ設定を考えてから作詞しました。ファンの方は私の声のAが好き、Bが好き、Cが好きと分かれているんです。
Aのときの悠木碧は好きだけど、Bのときの悠木碧は嫌いみたいな人もいるので(笑)。
だからCDを買ったとき、Aの声しか入っていないとがっかりさせちゃうなと思ったので、AもBもCもDもEも全部入れました。
みんなが好きと言ってくれて、なおかつ私が任せてもらうキャラクターのラインを網羅できるように組んだつもりです。
悠木碧を好きと言ってもらえるよりも…

――以前、インタビューで「あまりファンに媚びたものはつくりたくない」とおっしゃっていましたが、きちんとユーザーに寄せているんですね。
媚びてはないですよ(笑)。ただ、お客さんに手にとっていただけることはありがたいことなので。
お客さんが「声優アイドル」に求めていることは、芝居の技術を見せられることでも、キャラクター性を感じることでもなくて、もっと不完全なものとして応援したい。頑張っている姿を見たいと思うんですよ。
でも、そうはしていない。申し訳ないけど「アイドル性」はないです。だってこのアルバム、どこを応援したらいいんだろうという感じじゃないですか。基本的には(笑)。
ただ、その中でも「僕の応援できる悠木碧はこれ」という曲があってくれればと思っています。
私としては悠木碧が好きと言ってもらうより、演じるキャラクターを好きと言ってもらえる方がうれしい。
誰かに「愛しいです」と言ってもらえるのはうれしいことだけど、役者としては中の人が透けて見えたら終わりというのはすごくあります。
「悠木碧」として、こんなにがっつり名前を出してもらっているのに言えたことじゃないんですけど、本当はそうあるべきではないんだろうなと思う。
ただ、今はそういう時代じゃないし、悠木碧が好きだからと出演するアニメを見てくれる人が一人でも増えるのであれば、広報大使としてやっていきたい。
そういう意味もあって、アルバムをこの形にしました。
――自分の声のみで全てを構成したミニアルバム『トコワカノクニ』だったりと、これまではコンセプチュアルな作品が多かった印象です。
レーベルが変わったことも大きいですね。やらせていただくタイアップが増えた分、今回はお客さんに寄せた作品も増えました。
コンセプチュアルなままでいいと思ってくれている人が多かったので、そっちに寄せていたし、私もあまり気にしてませんでした。
そういう意味でいうと、私の中でもやりたいことがちょっと変わった。
無理に個性を出さなくても、「もうみんなわかってるでしょう? 私がどんな人か」という気持ちではあります。

――先ほど、自身の素はあまり出したくないということでしたが、自身の声で歌うということはあるんですか。
例えばラジオやツイッターみたいに無料で聴けるもの、見られるものには私の素の部分を出すのはいいんですが、役者としてやっている、お金をもらう部分で素を出すのはちょっと違うというのが私の中にあります。
なので、素の声を聞きたい人はラジオを聞いてほしいです。
――素をあまり見せたくないはずの悠木碧が、それでも歌う理由は何でしょうか。
もともと歌が得意な方ではないですが、ありがたいことにお声がけをいただいて。
表現者として表現にひるむというのは自分のプライド的に許せなかったので、やらせてもらえる限りは歌おうと思いました。
声優さんによってそれぞれ理念が違うと思いますけど、私は自分の声を求めていただくよりも、先ほども話しましたが、キャラクターの声を求めていただいている方がうれしい。
キャラクターありきで声優だと思っているので。
だから私自身がアーティストとして扱われるよりは、何かしらのキャラを介在して見ていただける方がうれしさは大きいです。
今回、作詞もさせてもらっているけど、私の本心、素顔の私というものは一個も入れたくなかった。
やっぱりキャラクターあっての声優なので。そこに私自身を入れるというのは、私の役者理念的に厳しいというのがあって(笑)。
あと私を評価してくれている人は、いわゆるフィジカルに芝居に変化をつけること。「あっ、このキャラも悠木さんだったんだね」という部分に喜んでくれる人がすごく多いんだなと思ったんですよね。
あまり声優さんで、作品内で全部歌う声が違うということをやっている人もいないんで、そういう意味では今回のアルバムは「悠木碧が歌う意味」になってくれるんじゃないかと思ってます。
「悠木碧」であることはもう割り切ってます

――20代前半のインタビュー時点で、すでにやりたいことは全部やっていると話をされていました。声優としての仕事も充実されていますが、現在、挑戦してみたいことはありますか。
アニメを作りたいかな。もともと表に出る仕事が苦手なので、本当は作り手側に行きたいんです。
でも好きなことと、求めてもらえて仕事にできることは違うし、おそらく求めてもらえることを自分の生業にした方が、周りも自分も幸せだと思うんですよね。
好きなことが仕事になると、好きでいられないことが結構多い。そうなったとき、好きなものに近すぎるのも考えものだと感じたんです。
でも、せっかくこんなに多くの方に支持していただいて、好きなものに携わらせてもらえるのであれば、何か究極まで突き詰めてから全部手放してもいいかなという気がしていて。
でも、まだ究極まで突き詰めていない。
そう考えたとき、アニメを一から作ることには関わっていないと思ったので、そこに携われたらいいなと思っています。
――先ほど小説の話も出ましたが、何かを作るときは悠木碧として作りたいですか。それとも純粋にクリエイターとして評価されるため、例えば匿名でやりたいですか。
私に「匿名で書いて」と話が来れば全然いいですが、実際の話、おそらくそんなことはなく、名前を出すことになるのだと思います。
でも、それは嫌とかいうよりもう割り切ってます。だから利用できるものはきっちり利用します。
自分の名前がブランドになっていることはすごくありがたいし、今応援してくれるお客さん以上に、大事なものって私にはないので。
だからこそ、名前を出したときに重要なのは、今応援してくれるお客さんを失望させないことだと思います。
――悠木さんはもともと子役で、その後に声優の道を進みました。表に出ることの葛藤や悩んだ頃はあったんですか。
17、18歳の頃は表に出るのがすごく嫌だったころがありました。何で顔を出さなくても芝居ができるところに来たのに、壇上に上げられているんだろうとストレスを感じていたり。
でも、お客さんたちはすごく温かくて。それを何度も経験させてもらって、好きになりました。みんなに好きにさせてもらったと思います。
先輩たちにもすごく素敵な背中をいっぱい見せてもらいましたし、何か嫌なことを好きに変えてもらえることの方が多かったような気がします。だから、割り切れなくてモヤモヤした時間は実はそんなにないです。
小学生の頃から声優をやっているので、子役のイメージが抜けなくてという悩みはありました。
現場で子供扱いというか「語尾のここを変えるとちょっと変わるんじゃないかと思うんですけど」と提案しても、子供の戯言扱いされちゃう。
あ、まだ子供なんだ。私の技術が信頼されていないから、信じてもらえないことがあるんだ。だから実力で示さないといけないことがすごく多いんだと思いました。
今では逆にいうと、ちょっと腫れ物扱いで、ちょっと申し訳ないなみたいな(笑)。
――周りが何も言ってくれなくなる。大人あるあるですね。
そうなんです。自分で気づかなきゃいけない。でも、自分にはどうしても甘くしたくなる。自分にずっと厳しいと死んじゃうので、どこで甘やかして、どこで厳しくするかのレベルの測り方がすごく難しくなりました。
逆に自由を許してもらえるようになったから、お客さんに少し寄せたものを作る心の余裕ができたと言ってもいいかもしれない。
今までは自分が好きなものをアピールすることを前面に押し出していたんですが、2017年にアーティスト活動を休止して、3か月後に復活したとき、ずっとついてきてくれたファンに恩返しをしたいなと思ったんです。
私は、自分の推しがこんなにフリーダムだったらちょっとしんどいなと思うんですけど(笑)。でも、みんなは「そんなことないよ」ってついてきてくれているので。
一生懸命に尖らなくても良いことに気づいた

――では、ライブやイベントでファンと顔を合わせるのが好きなんですね。
好きです。すごく好きです。お客さんが見えた方が元気になります。
田舎のおじいちゃん、おばあちゃんって、孫が夏休みに来るときに「きっとこれがあれば喜ぶぞ」ってお菓子やおもちゃを買っておくじゃないですか。あの感じです。
曲を作ってる時も「きっと、これはファンのみんなも喜んでくれるぞ」って思いながら作っている。
喜ぶ姿を目に浮かべながら作るのは、すごく幸福な時間。他のアーティストのみんなは、こんな気持ちで歌っていたんだというのに、最近になってから気づきました(笑)。
一生懸命に尖らなくても、柔らかいものばかりで周りは包んでくれていたんだなって。
――角が取れた。
表現者なので、いいのか悪いのかはわからないですけど。
でも、私は人と戦わない方が幸せだと思います。何かとずっと戦っていたのが取れて、すごく幸せになりました。
もちろん全く戦っていないかと言われたら、全然そんなことはない。新しいことへのチャレンジはしているし。ただ、今回のアルバムでは産みの苦しみとかは全然なくって、作っている間はずっと幸せでした。
どの曲を歌っているときも、どの歌詞を書いているときも、撮影をしているときも、企画会議をしているときもずっと楽しかった。
今までは産みに苦しんで、ずっと喧嘩していて『情熱大陸』みたいなことになってたんですけど(笑)。
でも今回は「えっ、めっちゃこれ楽しくないですか。超いいのできた!」「神様ありがとう」みたいな感じで、ずっとハッピーでした。
これまでは難産で母体を殺すかもしれないほどの苦しみがあったんですが、もう初産じゃなく3人目なので、だいぶ楽になってきました(笑)。
――今回、せっかく歌詞を手がけたのだから、裏方気質としては誰かに書いてみたいと思ったりもしますか。
そっちの仕事も伸ばせたらうれしいと思うことはあります。
今回4曲書いているんですけど、かっこいい系、難しい系、頭悪い系、可愛い系と全部バラバラのテーマで書いて、バリエーションを持たせています。
お客さんたちに受けるものが第一ですけど、アルバムみたいな大きな作品って、できたときに、やっぱり関係者にも配ったりする…。なので、お仕事お待ちしています(笑)。
人生において嫌いなことなんか、一個でも少ない方がいい

――誰にでも作詞を提供できるとなったら、どのアーティストの曲の歌詞を書きたいですか。
友達の曲を書きたいですね。寿美菜子ちゃん、早見沙織ちゃんと仲が良くて、彼女たちは音楽にすごくこだわりがある子なんです。
よく3人で飲むんですけど、誰々のライブに行ってきたと話になる。彼女たちも制作ということにはすごく意欲的で、みんなで何かつくれたりしたら楽しいよねとか、勝手に想像していますね。
――お2人には、どんな歌が合っているなと思いますか。
美菜子は素直な歌詞がいいですよね。あのすごく大人っぽい外見と反比例した、すごくフレッシュな性格が彼女の魅力だなと私は思っていて、その感じが出る歌詞だといい。
彼女自身がすごく魅力的で、とても能動的な子なんです。そのパワフルな感じが出たらいいなと思います。
早見ちゃんは讃美歌みたいなのがいいですよね。やっぱり声がめちゃくちゃ綺麗なので。そこを生かせるような、伸びのいい言葉を選んであげられたらいいなと思います。
例えば母音が「い」の言葉は伸ばしにくいので、多分「あ」とか「え」とかで終わって伸ばす言葉にしてあげられる言葉を集めた方が響きが綺麗だと思う。
早見ちゃんには、そういうことから歌詞を考えてみたいなと思いますね。
――作詞だけじゃなくて、全体のトータルコンセプトとかを考えるのも楽しそうですよね。
そうですね。基本はやっぱりそっちが好きなんだなと思います。だから『ボイスサンプル』も、企画を考えているときと、曲を選んでいるときが最高に楽しくて。
――実務というよりも、その手前。
そうそう。歌うときも「これで曲が出来上がるぞ」というワクワクが楽しかったです。
そんなに歌うこと好きじゃなかった私が、自分の声を生かしてアルバムを作りたい、こういう物を作りたいと思えるようになるなんて、本当に機会を与えてくれた人たちに感謝です。
人生において嫌いなことなんか、一個でも少ない方がいいじゃないですか。
本当にそれを減らしてもらえたというか、楽しいことに変えてもらえた。すごく素敵なことだと思います。
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悠木碧/NEW ALBUM「ボイスサンプル」
【CD+Blu-ray】COZX-1549~50(4000円+税)
【CD only】COCX-40812(3000円+税)
■6月12日リリースイベント
6月12日18時30分~ 池袋サンシャインシティ噴水広場でイベント開催
※その他、東名阪でリリースイベント開催予定
■10月22日オーケストラコンサート
悠木碧 1st Orchestra Concert「レナトス」
2019/10/22(火・祝) 東京芸術劇場
<昼の部>開場14:00 / 開演15:00 <夜の部>開場18:00 / 開演19:00
【出演】悠木碧
【チケット】全席指定¥8,500(税込)
※2019/6/12(水)発売のアルバム『ボイスサンプル』に先行チケット申し込みシリアル封入
※2019/9/14(土)一般発売予定