現役アニメ監督・伊藤智彦が語る「僕街」「SAO」、新たなアニメ脚本の在り方

    現在は2017年2月公開の映画を製作中

    2016年のアニメ業界を振り返る、アニメ監督・伊藤智彦氏のインタビュー第2弾。

    前編では業界全体について語ったが後編では、テレビアニメ「僕だけがいない街」、さらに2017年2月公開の「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」の制作と、伊藤氏自身の話を聞いた。

    スタッフに充実感あたえた「僕街」

    ——伊藤監督自身のお話もお聞きします。2016年は年始から監督を務めたテレビアニメ「僕だけがいない街」(僕街)が放送されました。あえて動きのない、ミステリーものに挑戦しました。

    予想していなかったのは海外の反応が良かったこと。手がけた「ソードアート・オンライン」でメルボルンのイベントに呼ばれた時「ソードの話はこれくらいにしておいて、僕街のことを聞きたいんだけど・・・」と質問攻めにあいました。

    スタッフはもちろん、役者や音響チームからも「やっていて楽しかった」と話をされたのも嬉しかったです。今までそういう話はこんなにされていない(笑)。本当に楽しかったんだと思います。

    ——好反応の理由はなんでしょう。

    作品はミステリーで、今のアニメにない題材だったことでやりがいがあったんだと思います。音響効果的にも試してみたいことがいろいろできたのかな。単純に、おれとの仕事がやりやすかったみたいですね。

    ——ルーティーンワークではなく、刺激になる作品作りはいいことですね。

    今回は全部自分でやらなきゃとはせず、それぞれの回の演出、作画監督に任せて「ここだけおれに贅沢ポイントを言わせてくれ」というポイントだけ指示する作り方をしました。みんなが責任をもってくれた結果、ああいう作品になったのではと思います。

    ——そういう面でスタッフさんも楽しかった。

    どうでしょう。ただ、監督が全カット見ました、総作画監督が6人いますという作品もありますが、責任の所在があいまいになってしまう。それでは手がけたスタッフが作品を誇りに思えるのかなと思うんです。

    全部が監督の手柄でもいいんですけど、もっと自分のやった仕事を自慢してもらってかまわない。スタッフも会う人から「あの作品やってたんですか!?」となるといいんじゃないかなと思います。

    ——僕街では、声優に満島真之介、土屋太鳳と声優初挑戦の役者を起用しました。

    満島くんは神山健治監督の映画「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」でも声優として出演しますが、初めて使ったのは僕ですから(笑)。

    太鳳ちゃんもしかりですけど。2人が、アニメや声優さんに対し、リスペクトをもって仕事をしてくれた結果が、よい反応に繋がったと思います。

    ——ほかに声優さんとして起用してよかったという方はいましたか?

    高山みなみ、悠木碧、宮本充の3人はこちらの想定以上に影響力は大きかったですね。想像以上のものをアニメに提供してくれました。

    劇場版「SAO」制作、アニメ脚本の"改革"

    ——現在は映画初監督作品「劇場版 ソードアート・オンライン —オーディナル・スケール—」(2017年2月18日公開予定)を手がけています。伊藤さんはテレビアニメの監督、さらに「時をかける少女」「サマーウォーズ」と細田守監督の助監督を務めていますが、映画監督はやはり違いますか?

    伊藤:日々「映画とはなんぞや」と自問しています。監督の孤独というのは感じていますね。

    テレビアニメだと1話、2話とできていき「こんな感じで頑張ろう」「後半はあの時の失敗を活かそう」とできるけど、映画は完成されたものがすべて。さらに映画の全貌を把握している人がとても少ないので、責任ものしかかる。

    細田さんは毎日考えていたんだな、そりゃ円形脱毛症にもなるよと今は感じます。

    映画は完成するまで楽しさはないんじゃないかと思います。完成したときの達成感しかないのかもしれないですね。

    ——2016年9月にはアニプレックスが設立するシナリオ部門「スクリプトルーム」のルーム長に就任することも発表されました。ライターを所属させ、アニメ制作を始め、宣伝に関わる制作を目的するチームと発表ではあります。

    伊藤:最終的にはアニプレックスでオリジナル作品を手がけるのが目標です。ただ、すぐに話が出てくるわけではないので、所属する人間にはまず原作のあるアニメの脚本を書いてもらったり、水面下で進行している企画のたたき台みたいなものを書いてもらうことになると思います。

    設立の経緯ですが、日本でプロの脚本家に仕事を頼むと、例えば同じ1話の脚本を3人に書いてもらい、よい部分をすり合わせるといったことができない。一方、アメリカではシナリオライターがクレジット上複数でているのが当たり前です。

    初稿と二稿を違う人が書く場合もあり得るが、日本でプロの脚本家に頼むとそれが難しい。かつては黒澤明も試したシステムではあったはずなのですが…。

    打ち合わせで揉むにしても一人で書いている以上、視野が狭くなりがち。もう少し、文芸というだれでも比較的口出しできる場所でいろんな取り組み方があってもいいのでは?という思いが強くありました。

    例えば一気にこの原作の最後まで一気にシナリオ化して検討してみよう、みたいなことはできなかったわけですが、こういう無茶ぶりができるのではないか、と。目に見えた成果物があれば、いろんな人も意見を言いやすいので、それをうまいこと落とし込めるようになるといいなと思います。

    オリジナル作品は、誰かの個性を活かすのがいいけれど、原作がある作品はそこまで個性はいらない。原作をみんなで理解すればいいので。

    もちろん個性が必要な時はアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」で虚淵玄さんを脚本に呼んできたようにケースバイケースですけど。

    脚本の既存のやり方と違うことができないという模索していく感じです。

    ——最後に伊藤さんの2017年はどうなりますか。

    伊藤:まずは映画を無事に完成させることですね(笑)。疲弊してるので、励ましの言葉をください(泣)。

    映画制作が終わったら海外の映画公開イベントを回る予定です。現在進めている企画もありますので、楽しみにしていてください。

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