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医療用麻薬で日本を壊さないために

モルヒネは痛み止めの王様ではない

医療用麻薬の威力

私は、複数の病院でがんの痛みに苦しむ患者を診察しています。医師としては偏っていると思うのですが、風邪の患者を診察するよりも、がんの痛みに苦しむ患者を日常的に診察しています。

そして、毎日のように医療用麻薬を処方しています。医療用麻薬はオピオイドとも言われ、モルヒネに代表される強力な痛み止めです。正しく使うことで、がんの痛みは相当抑えることができます。

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医療用麻薬は強力な鎮痛薬として処方される

医療用麻薬は、どのように患者を苦しみから救うか、まず知っていただこうと思います。

医療用麻薬との出会い 痛み治療が普及していなかった頃

今では当たり前のように使っている医療用麻薬ですが、最初に私が治療をした患者の事は今でも鮮明に思い出すことができます。

その患者は肺がんが骨に転移し、相当な痛みで苦しんでいました。毎日「痛い、こんなに痛いのならいっそ殺してくれ!」と叫んでいたその声を今でも思い出します。

その頃は、痛みの治療に関する知識はまだあまり普及しておらず、治療を受け持っていた私は、痛いと言ったときに、それなりに効く痛み止めを注射するという、今では考えられないような幼稚な治療を繰り返していました。

そして「痛みが我慢できなくなったときだけ、1日に3回だけ注射をします。あとは我慢して下さい」と患者に説明していたのです。今思い出すと、とても申し訳ないことをしました。

しかし、何か方法があるはずと緩和ケアに関する一冊のテキストを購入し、その中に書いてある治療を見よう見まねで、その患者のために実践しました。

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医療用麻薬はがん患者の痛みのコントロールに威力を発揮する

初めて、モルヒネの注射を少しずつ投与し、数時間もしないうちに痛みがほとんどなくなるという経験をしました。患者と私は大いに喜びました。わずかな時間とちょっとした治療で、これほどの威力があるのかと、その時から緩和ケアの力、そしてその面白さに引き込まれていきました。

痛みが強くなってからではなく、あらかじめ痛み止めを使うことで、痛みを患者に感じさせないようにすること、痛みは我慢せず痛み止めを使ってもまだ痛いときには痛み止めを追加してよい、が緩和ケアの基本でした。

緩和ケアの専門家として働く

緩和ケアに魅せられた私ですが、がんの痛みを医療用麻薬で確実に緩和することに確かな手応えを感じていました。おおよそ9割の患者の痛みは、「ゼロではないが、ほとんど痛みのない状態、付き合える程度の痛みのある状態」にできるようになりました。

もちろん、がん患者に必ず痛みが出るわけではありませんし、その苦しみは痛みだけではありません。しかし痛みがあるうちは、患者も何も考える事もできませんし、普通に生活することすらできません。

痛みをできる限り抑えることで、次に患者は「これからどう生きていったら良いのか」「仕事はどうしようか」「真面目に生きてきたのにどうしてがんになったのだろうか」とそれぞれの悩みに直面します。そして、「便が出ない」「食欲がない」「吐き気がする」といった別の苦痛に出会うこととなります。

時間を経るごとに次々と悩み、苦しみは変わっていきます。私は、患者とその家族とともに、あらゆる治療とケアで生きづらさを軽減できないかと考えながら、緩和ケアの専門家として働くようになったのです。

医療用麻薬をもっと多くの患者のために

2000年以降、私は、がんの痛みにもっと医療用麻薬が使われるように、様々な研修や教育を積極的に繰り返してきました。

「海外では日本よりもはるかに多い医療用麻薬が処方されている。日本は遅れている」とよく話されています。日本では最近まで、この強力な痛み止めである医療用麻薬が、がん患者に限ってしか使えませんでした。そのことも医療用麻薬の使用量が海外と比べて少ない理由でもありました。

がんの痛みだけではなく、様々な痛みに多くの患者が苦しんでいます。あちこちの整形外科には、腰、膝、肩や首の痛みの患者が連日受診しており、飲み薬の痛み止めや、湿布、時には痛みのある場所に麻酔薬を注射をする処置を受けています。

しかし、痛みの治療には限界があり、わずかな効き目しか患者は体験していないことがほとんどです。「少しは効いているのかもしれない」「注射をしてもらっても楽になるのはせいぜい1日」「あっちの病院では痛みが楽にならないので、こんどはこっちに行ってみる」と満足できる結果ではないことが分かります。

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がんでなくても、腰痛など体の痛みに苦しんでいる人は多い

変形性関節症・脊椎症や、椎間板ヘルニアによる、背中、腰、膝や股関節の相当な痛みのため、手術を受ける患者もいます。痛みのある悪い場所を治療するので、手術の後は驚くほど痛みがなくなることもありますが、それでも痛みが残る患者もまだ多いのです。

そこで、がんの痛みと同じように医療用麻薬を使えばもっと多くの患者の痛みを相当治療することができるのではないかと、私も考えました。以前から海外では実際にがん患者以外にも医療用麻薬を処方することはできます。

そして、2010年からは日本でもウェブで研修を受けてテストに合格すれば、「慢性疼痛(長く続く痛み)」の患者に対して医療用麻薬を処方出来るようになったのです。

医療用麻薬の実力と怖さ

私も、何人もの手術もできない、普通の痛み止めも効かない患者に、医療用麻薬を使いましたが、がん患者のような劇的な効き目はないことがほとんどでした。痛みで歩けなかった人が歩き出すようなことはありませんし、「麻薬を使ってもせいぜい2割くらいしか痛みは軽くなっていない」というのが現実でした。

もっと効果があると思っていたのに残念な結果でした。そして医療用麻薬の本当の怖さを、ある患者の治療を通じて知ることになったのです。

その患者は、乳がんの患者でしたが、がんとは関係のない首や肩の痛みで悩んでいました。医療用麻薬が大病院ですでに処方されており、私は地元のかかりつけ医として在宅療養での治療を引き継ぎました。その患者は、「痛み止めがもしもなくなったら困るからもっと処方してくれ」といつも話していました。

私は、「痛みの苦しみからこの患者を守らないと」といつものように「痛みは我慢しなくて良いです。痛いときには薬を飲んで下さい」と話してしまったのです。

すると、診療中おおよそ痛みがなさそうなときも、まるでたばこを一服するかのように、医療用麻薬を飲むのです。「これを飲むと不安がなくなる」「よく夜眠れるようになる」と言うようになりました。

本来の痛み止めの使い方ではないことに気がついた私は、「痛いとき以外には薬を使わないように」「少し減らしたらどうか」と話すと、その患者は烈火のごとく怒り出したのです。

「痛みを我慢しろというのか」「医者は患者の気持ちが分からない」と医療用麻薬の減量に強い抵抗を示しました。私が、「1週間に使う薬の量しか処方しない」と患者に伝えると、他の病院から処方を受けるようになってしまいました。

これらは全て、薬物依存の患者が示す兆候でした。がんの痛みに正しく医療用麻薬を処方して10年近く、経験のなかった事態です。本の知識でしか知らなかった、薬物依存の患者をついに現実に自分が診療することになったことを悟りました。

がん以外の痛みでは、がんの痛みと同じような医療用麻薬の使い方をすると、患者の一部は薬物依存になり、さらに生きづらさが強まってしまうことを知りました。

アメリカのオピオイドクライシス

多くの緩和ケアに関わる医療者の努力で、以前よりも多くの医師が、がんの痛みに医療用麻薬を日常処方するようになりました。しかし、がん患者であっても、がんとは関係のない痛みに医療用麻薬が使われていたり、がん以外の痛みに不適切な使われ方をしたりすることが日本でも目につくようになってきました。

一方で、医療用麻薬については先進国だったアメリカでは、「オピオイドクライシス」と呼ばれる深刻な現状が最近繰り返し報告されるようになってきました。

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アメリカでは、医療用麻薬の過剰摂取で亡くなる人が増え、社会問題となっている

2018年の報告では、この15年(2001年から2016年)の間に、実際に処方された医療用麻薬が関連して死亡した患者は、4万人を超えています。

ちなみに、日本では交通事故死は3700人(2017年)、自殺者は2万2千人(2016年)です。

さらに、15才から24才の死亡のうち12%が医療用麻薬に関連していました。その多くは使用量が多いこと(オーバードーズ)が死亡の原因となっています。

自由に医療用麻薬を処方できることで、多くの若者の命を奪っている現状に今アメリカは苦しんでいます。同時に、医療用麻薬の依存症に対する治療も日本よりずっと進んでいます。

アメリカではいまや「麻薬は売人ではなく、薬局のカウンターから手に入れる」とまで言われています。

今後日本はどうする?医療用麻薬は規制されるように

私の現場の経験、感覚でも、医療用麻薬はがんの痛みには相当な効果があり、ほとんどの痛みを治療できます。これからもがんの痛みには十分な医療用麻薬が使われるよう、アピールしたいと思います。そして、正しく使用すれば、薬物依存(麻薬依存)のおかしな精神状態にはなりません。

しかし、がん以外の痛みには、医療用麻薬は、痛み止めの王様(the king of painkiller)とは言えません。それほど痛みも軽くなりませんし、私が経験した患者のように害が大きいのです。

日本でこれ以上、医療用麻薬が、がん以外の痛みに使われないように、私は強く主張したいと思います。アメリカのオピオイドクライシスを日本に輸入してはなりません。

さいごに、薬物依存の治療が十分に受けられない日本では、これからも医療用麻薬は規制の範囲内で、相当慎重に使用されるべきと専門家として警告したいと思います。


注)医療用麻薬の規制外の、トラマドールを含む薬品(商品名 トラマール、トラムセット)は弱オピオイドと言われ、どの医師でも自由に処方出来ます。この薬も乱用で依存症となるため厳格な使用方法の注意が必要です。

医療用麻薬のフェンタニル貼付剤(商品名:デュロテップパッチ、フェントステープ)は麻薬施用者免許をもつさらに研修を受けた医師のみが処方出来ます。しかし、処方量は最小限とするべきです。

また、アメリカで特に問題となり、日本でもニュースになったオキシコドンの錠剤(商品名:オキシコンチン)は、乱用防止のため、かみ砕けない固いものが発売になりました。またオキシコドンの錠剤が日本でもがん以外の痛みで使えるようになる見込みです。私は反対したいと思います。

【新城拓也(しんじょう・たくや)】 しんじょう医院院長

1971年、広島市生まれ。名古屋市育ち。1996年、名古屋市大医学部卒。社会保険神戸中央病院(現・JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟(ホスピス)で10年間勤務した後、2012年8月、緩和ケア専門の在宅診療クリニック「しんじょう医院」を開業。著書 『「がんと命の道しるべ」 余命宣告の向こう側 』(日本評論社)『超・開業力』(金原出版)など多数。