新井英樹が語る「宮本から君へ」

    90年代に多くの若者を魅力した伝説的漫画がドラマ化された。

    漫画家・新井英樹さんの名作「宮本から君へ」が、テレビ東京でドラマ化放送されている。

    90年代に多くの若者を魅力した同作。作者の新井さんにあらためて作品への思いなどを聞いた。

    新井英樹が語る「宮本から君へ」

    「宮本から君へ」は、1990年から1994年まで「モーニング」(講談社)にて連載。第38回小学館漫画賞青年一般部門を受賞した。

    主人公の宮本浩は、文具メーカー「マルキタ」の新人社員。恋にも仕事にも不器用な男が営業マンとして、そして人間として、成長していく青春ストーリーだ。

    新井さんの作品では、今回が初めての映像化になる。

    ー初めての映像化です。最初に聞いたときの感想はどうでしたか。

    「宮本から君へ」に限らず、これまで映像化の話は何度かあったのですが、その度に流れて…。今回もどうなるかと思いましたが、純粋に嬉しいですね。

    ー深作欣二さんが「『ザ・ワールド・イズ・マイン』を撮る」という噂もありました。

    舞台になった秋田県大館市に、深作親子がロケハンに行ったのですが、そこで親子喧嘩をしたみたいで。それで、息子さん(深作健太)に映画の撮り方を教えるとなり、「バトル・ロワイアルII」が決まったと聞きましたね。

    あとは園子温さんが「ワールド・イズ・マイン」を撮る話もあったのですが、それも流れちゃって。

    久しぶりに園さんに会ったとき、「ワールド・イズ・マインは映画化になるかならないかで、結局流れるのが色気あっていいよね」と言われましたね(笑)

    ー今秋には安田顕さん主演で「愛しのアイリーン」の映画化も決定しています。

    嬉しいですよね。漫画を読んでもらうのも当然嬉しいんだけど、映像という形で後世に繋げられると思いました。「アイリーン」の𠮷田恵輔監督も、「宮本から君へ」の真利子哲也監督も繋いでくれたんだと。

    「打倒ハリウッド」を掲げていたモーニング編集部

    ー連載時は、どのような思いで描いていましたか。

    当時、モーニングには名物編集長の栗原良幸さんという人がいて。栗原さんが口癖のように言っていたのが「打倒ハリウッド」。かつて誰も読んだことがないものを書こうと。宮本はサラリーマン物と言いながらも、その気で描いていました。

    自分自身が誰かの作品の影響を受けて描いている以上、自分も誰かに影響を残したい。作品を下の世代に伝える”繋ぎ役‘という意識は四十越してから、かなり強くなりましたね。

    ー「宮本から君へ」は新井さんのサラリーマン時代の体験がもとになっています。

    そうですね、ヒロインの甲田美沙子にもモデルがいて。自分がサラリーマンのとき、通勤で毎朝会う子がいたんですよ。明らかにオーラが違う。こんなこと言っちゃダメだけど、いろんな女優さんにも会ってきたけれど、生涯の中でオーラが一番すごかったですね。

    同僚も見にきて「新井、あの子は無理だ」と。けれど、どこで働いているか探せるかもしれないとなって、追ってみたらトヨタの受付だとわかったんです。

    その後、漫画を書くにあたってトヨタに取材に行ったんですけれど、「結婚して退職しました」と。

    ーほかにもモデルになった人はいますか。

    小田課長は太田課長というモデルがいますね。

    そもそも俺が就職した時代は、売り手市場でどこにでも入れる状況で本当に仕事はやらなかったんですよ。デスクの引き出しには、お絵かき道具が入っていて。

    それで半年もしたらキツくなってしまって。そのとき太田課長が、「10年後のお前の姿は俺や。20年後は部長や。サラリーマンというのはそんなもん。俺はこの中に喜びを見つけているけれど、お前がダメだって言うんだったら、それは考えた方がいい」と。

    一回辞めることを表明したときに、会社から「デザインの部署に来ないか」と引き止めがあって。けれど、太田課長は「それは行ったらダメや。漫画描きたいんだったら突き通せ」と言ってくれて。人生の中で会った“大人の人”のひとりでした。

    「読んで吐き気がするものを…」

    ー「宮本から君へ」や「ワールド・イズ・マイン」など新井さんの作品は、残酷描写がリアルです

    例えば戦争だと、ある種、殺してもいいもの同士というか、武器を持っている同士なら死んでもあまり意味がない。それよりもある暴力が起きたときに最初に犠牲になるのは、女・子どもや老人など弱い者。それを描かなかったら嘘になる。現実では順序立てて暴力が起きているのだと。

    ー漫画では宮本の恋人、中野靖子がレイプされるシーンもあります。

    宮本が中野靖子と男女の関係になったら、「10週間幸せを書け」と言われて。それが苦しくて、苦しくて。楽しいことを描くのがこれほど苦痛なのかと。

    そうしたら編集長の栗原さんが「最近、読者の共感を得ているようだね。共感なんて甘えたこと狙うな」と。編集部に呼び出されて「これは禁じ手なのだがレイプさせないか」と言われたんです。

    悪魔の囁きでした。キャラクターを大事にすると言っておきながらやっていいんだったっら、やってみたい。誰も立ち入っていないところに行ってみたいという大義名分に勝てませんでした。

    ー「描かなければ嘘になる」ということですか

    レイプがなにかというと現実的にも起きている。言い訳になるかもしれないけれど、現実に起こり得ることだったら描いて、徹底しよう。読者が読んで吐き気がする現実を描こうと。

    描いたら抗議の電話が殺到して、ヤクザを真似たいたずら電話で「組のもんが黙っていないからな」とかあったみたいです。なんかの雑誌のワースト・マン・オブザイヤーの1位にも宮本浩が選ばれましたね。

    最近、人を殺す夢ばかり見る

    ー宮本も「ワールド・イズ・マイン」のモンちゃんも理想主義者。あれは新井さんの理想なのでしょうか。

    理想というよりも自分が14、15のときに性的に思っていたことなのかと。50過ぎた今でも変わっていないので。

    最近知り合った女性が「大人の男なんて1人も見たことないよ」って言っていて。そりゃそうだと。

    大人になればなるほど、きちんとした理想ができあがるかといえばそれは嘘。14、15歳が考えていることの方が結構世の中の芯を突いている。それを自分が通っている道に合わせて、言い訳とか説明してごまかしているだけで。

    ただ、漫画でキャラクターたちが言っていることや行動が本当にできれば、それは気持ちいいだろうなって。そういう意味では理想かもしれない。

    ーなるほど。

    根っこがマゾ体質だからひどい目に合うことに快感があって。追い詰められているとき、一番生きている感じがするんです。

    20歳くらいまでは被害者意識が強くて、殺される夢ばかり見ていて。それがだんだん知っている顔に殺される夢に変わり、最後は父親に殺されるときに夢が切れて。

    その次は俺が加害者になる夢に変わったんです。殺す側に回っている。

    で、最近はもう殺したあとの夢。犯行後で、遠くからパトカーのサイレンが聴こえるような。

    世の中に出すものには責任を持たないといけないし、表現する以上は必ず誰か傷つけるから、加害者の夢なのかなと。

    映画でも漫画でも世の中自体も、本気じゃなく、インスタントでお気楽な被害者主体で進んでいるのが嫌でしょうがない。

    新卒社員に向けて

    ーこのインタビューの後、テレ東の新卒社員向けに試写会がありますが、なにか伝えたいことはありますか。

    笑っちゃうでしょ? 会社を1年で辞めた人間が新卒の社員に言うことなんて。テレ東さんは懐が深いなって。

    かっこいいこと言いそうで怖いんだけど、50歳過ぎているし、老いるという感覚では俺の方がわかるから、それで言わせてもらうと…。

    とりあえず何をやってもなるようになるし、なるようにしかならない。人生の中でやっていることなんて“ごっこ”だし、遊び。暇つぶしになにを選ぶかってことが問題かと。

    それで、無駄だと思うことを一生懸命やっていることを楽しめたら、2倍おいしいよ、と。自分がいまなにも意味のないことを喜びに感じられたら、夢中になっている自分すらも楽しめる。

    「いまが楽しければそれでいい」とは違う。高尚なことやっていることの方が意味があるとか、無駄なことだから意味がないとかはあり得ない。これって思ったら何重にも楽しんだ方がいいし、そのためには若いうちにできるだけひどい目に遭った方がいい。

    「新井英樹から君へ」

    ー最後に「新井英樹から君へ」、お願いします。

    ドラマでも漫画でも、見てくれた人でも見ていない人でも、もしなにか感じることがあったら下の世代に繋げてほしいです。いまの時代にそぐうのか、そぐわないのかは決めてください。感じることがあれば特に若い人たちに伝えてほしい。

    BuzzFeed JapanNews