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東京マラソンを走る一人の「難民ランナー」の姿。彼が走ることで伝えたい思い

エチオピア出身の難民、ヨナス・キンディさん。東京マラソンを走り、難民五輪選手団として東京オリンピックに出場することを目指しています。

スポーツ選手が各国を代表して出場するオリンピック。もしスポーツ選手が「難民」だったら、オリンピックにはどうやったら出られるんだろうーー。

そんな風に考えたことがある人は、いるでしょうか?

3月1日、一人の「難民ランナー」が、東京オリンピックへの出場を目指し、東京マラソンを走ります。

Sumireko Tomita / BuzzFeed

ヨナス・キンディさん

彼の名前は、ヨナス・キンディ(39)。エチオピア出身のマラソン選手です。

ヨナスさんは2012年、「政治的な理由」で母国・エチオピアを逃れ、それ以来、ルクセンブルクで難民として暮らしています。

昨年記録した自己ベストは2時間17分12秒で、現在は東京オリンピックを目指し、国際オリンピック委員会(IOC)の奨学生として日々、トレーニングを重ねています。

彼が目指すのは「難民五輪選手団」のメンバーに選ばれることです。

Sumireko Tomita / BuzzFeed

東京マラソンへのために来日。早稲田大学所沢キャンパスで練習を行うヨナス選手

「難民五輪選手団」とは、難民となり母国からオリンピックに出場できない選手たちの混合チームです。2016年のリオデジャネイロオリンピックで、歴史上初めて、ひとつのチームとして出場しました。

ヨナスさんもその一人でした。

難民選手団のメンバーとしてオリンピックに出場することを、ヨナスさんは「誇り」であり、難民選手を「希望の象徴」だと話します。

オリンピックに出場し、アスリート、そして難民としての姿を世界中の人に見てもらい、「難民について知ってもらうこと」に意味があるといいます。

時事通信

選手村入村式に臨む難民選手団の選手ら=2016年、ブラジル・リオデジャネイロ

ヨナスさんは、涙ながらにこう話しました。

「私は政治的な理由で母国を離れましたが、誰しもが難民になりうる可能性はあります」

「特に、難民キャンプなど過酷な環境で生きる子どもたちのことを思うと、胸がはりさけそうです。子どもたちが苦しみ、死んでいく姿を目にしてきました。どうか、世界中の人々に難民に寄り添ってほしいのです」

Sumireko Tomita / BuzzFeed

ヨナスさんは、ルクセンブルクに逃れてからは、フランス語を学びながら理学療法士として働き、マラソンを続けてきました。

ルクセンブルク国内だけでなく、ドイツ、フランスなどの多くの大会で結果を残してきました。

目指すは二度目のオリンピック出場で良い結果を残すこと。6月の選考までは選手団のメンバーに選ばれるかはわかりませんが、東京マラソンも選抜の過程での重要な舞台です。

ヨナスさんのように奨学金を得て、オリンピックに向けてトレーニングする難民選手団候補の選手は50人います。そのうち難民選手団に選ばれるのは約10人程度。

キンディさんは「もし私が選ばれなくても、他の素晴らしい選手が選抜され、難民について伝えてくれると思います」と話しました。

「走ること」に救われた

Sumireko Tomita / BuzzFeed

ヨナス選手はBuzzFeed Newsの取材に対し、こう話します。

「難民になってから一人で生きてきた中で『走ること』に救われた。私にとってランニングは『友人』のようなもの」

「私の人生にマラソンがあったから、私は人生の『障壁』と戦うことができたんです」

ヨナスさんは、14歳のころに走り始め、学校まで片道8キロを走って通っていたといいます。

「家族は郊外に住んでいて、良い公共交通機関がなかったんです。バスはあったんですが、先生に走ることを勧められて、走って通学することを決めました」

「18歳のころから、クラブに属して給料を得て走っていました。その頃からオリンピック選手になりたいと思い始めました。リオデジャネイロ・オリンピックで夢が叶ったんです」

日本に住む難民の子どもたちに伝えたいこと

Sumireko Tomita / BuzzFeed

国連UNHCR協会の支援により、東京マラソンに合わせた1週間の訪日が実現しました。その間、早稲田大学所沢キャンパスで競走部と合同キャンプを行いました。

東京マラソンに備えてのトレーニングにより多忙な1週間を過ごしたヨナスさんでしたが、それでも、日本国内に住む難民の子どもたちに思いを馳せます。

「今回はトレーニングなどで、日本に住む難民の子どもたちに会いに行く機会はなかったんですが、どんな障壁にも立ち向かい、希望をもって強く生きてほしいと伝えたいです」

自身の難民として、異国の地で過ごしてきた経験を振り返り「強く生き、情熱があれば、なんでも達成することができます」と子どもたちにエールを送りました。