東京オリンピックに向けて、群馬県前橋市で長期の事前合宿をしていたアフリカのアスリートを覚えていますか。
南スーダン代表の陸上選手たちです。新型コロナでオリンピックが1年延期されたことで、合宿期間も大幅に延びることになりました。
南スーダンとは、どんな国なのでしょうか。彼らは何を目指して日本にやってきたのでしょうか。なぜ延期でも帰国せず、前橋でトレーニングを続けたのでしょうか。
選手団の受け入れに協力した国際協力機構(JICA)が、選手たちの思いをマンガにまとめて公開し、話題を呼んでいます。
なぜ前橋で長期の合宿を?
順調に見えた合宿。そこに襲ったコロナ禍
南スーダンは、2011年にスーダンから南部が独立してつくられた、新しい国です。
ナイルの水の恵みと豊富な石油資源がある南スーダンの前途は、独立当時、明るく見えました。
しかし、それまで長く続いた独立を巡る紛争の爪痕が残り、道路網や教育施設などといった国家としての社会基盤はほとんど整っていませんでした。
そのうえ、政治の対立や民族問題などから、間もなく内戦状態に陥ってしまいました。
このマンガは、南スーダンの現状や、選手たちの五輪への熱い思いを、主人公のグエム・アブラハム選手の視点を通じて描いています。
計4回のマンガは、漫画家の大澄剛さんが作画。アブラハム選手へのインタビューなどを元に、丁寧に描かれました。JICAのウェブサイト上で読むことができます。
マンガ化のきっかけには、JICAが長く南スーダンを支援してきた背景や、JICAの紹介がきっかけで前橋市が選手団の受け入れをし、JICAも滞在をサポートをしてきたことなどがありました。
JICAの担当者は、マンガ化についてこう説明します。
「アブラハム選手は南スーダンの選手団のなかでも、ひときわ国の平和への思いが熱く、自分が走ることで国に希望をもたらしたいと強く願っています」
「彼の生い立ちをマンガという親しみやすい手法を使って描くことで、より多くの人々に、スポーツが持つ力そのものを表現できると考えました」
マンガの前半では、家畜の世話をしていた幼少期から、高校で陸上に出会い、陸上選手を目指すようになった思いなど、アブラハム選手の半生が描かれています。
自分が懸命に走ることで、みんなが誇りを感じてくれる。アブラハム選手は「南スーダンのために」「平和のために」走りたいと、繰り返し語っています。
背景には、南スーダンの人々が置かれる厳しい状況があります。
JICAによると、南スーダンでは、長年の部族間の紛争などにより、現在も国民のほぼ3分の1にあたる約370万人が難民・国内避難民となっています。
分断が、人々から故郷や家、家族との平穏な暮らしを奪ってしまった中で、対立する人たちを繋ぐ役割の一つを果たしたのが「スポーツ」だったのです。
南スーダンでは2016年から年に1回、「平和と結束」をテーマに国全体をあげたスポーツ大会「国民結束の日(National Unity Day)」を開催しています。
この大会は、南スーダンでスポーツを通じた平和促進活動をしてきたJICAの協力によって実現されました。
アブラハム選手はこの大会に出場し、これまで対立してきた民族の選手たちともスポーツを通じて交流。一つの大会を成し遂げたことを自ら経験しました。
だからこそ、かつては争いあった民族とも「スポーツを通して結束していける」と感じています。
JICAの担当者は、こう話します。
「いまだ内戦状態が続くなか、スポーツを通じ、国が一つになり、人々の結束が生まれ、それが平和につながるーー。日本人からすると、なかなか理解できない現実を、アブラハム選手の生き方を通じて伝えられればと思っています」