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「臭い」と言われた母親のお弁当。分からなかった親の愛情と苦悩。ある映画が描く人々の思いとは

映画『世界は僕らに気づかない』監督・飯塚花笑さんへのインタビュー前編。監督が脚本を書くにあたって取材した、フィリピンパブで働く在日フィリピン人女性や、日本とフィリピンのダブルの子どもたちが抱く思いや苦悩とは。

日本で生まれ育った外国にルーツのある子どもは、どんな悩みを抱え、親とはどんな関係を保って生きているのだろうか。

幼い頃、外国にルーツを持つ友人たちと交友してきた映画監督・飯塚花笑さんは、在日フィリピン人やその子どもたちに多くの取材を重ね、答えを探し求めた。

取材からは、異国の地で一から生活を築き上げたフィリピン人女性たちの苦労と家族への思い、そして「ダブル」の子どもが経験した苦悩が垣間見えたという。

そのような取材をもとに飯塚さんが脚本を書いた、映画『世界は僕らに気づかない』がまもなく公開される。

1月13日の公開を前に、飯塚監督に話を聞いた。

【あらすじ】フィリピンパブで働く母親・レイナと群馬県太田市で暮らす高校生の純悟は、日本人の父親について何も聞かされていない。高校生という自分自身や将来について悩む時期に、父親について知ろうと様々な人に会いにいく。

交際中である高校の同級生・優助との関係にも悩み……。「自分」について模索する中で、優助との関係性や将来についても少しずつ前向きに捉えられるようになる。純悟役を堀家一希、レイナ役をフィリピン人の母親を持つガウが演じる。

小学校にいたフィリピンルーツの友人。彼が抱えていた「寂しさ」と取材で出会った人たちの「思い」

ーー今回の作品のテーマとして、日本に住む外国人や外国にルーツがある子どもを選んだ理由を教えてください。

まずきっかけとしては、僕が群馬県出身で、幼少期から周りに他国にルーツを持つ方が結構いたということがあります。

群馬県太田市には、車のSUBARUの工場があって、その周りには日系ブラジル人の方がたくさん住んでいます。駅前にはポルトガル語の看板が溢れ、日本語が見当たらないくらいの一角もあります。

僕自身はそこから少し離れた街に住んでたんですが、学校にはブラジルや他の海外のルーツを持つ子どもたちがいました。

でも幼少期は、彼らが日本で暮らす背景などを考えたことはありませんでした。

友人の中には、フィリピンにルーツを持つ男の子もいました。その子の家に遊びに行った時、すごく印象的に覚えている経験があります。

日本の家庭だと、放課後に友だちの家に遊びに行っても、夕方5時くらいになると夕飯の前に帰るのが一般的かと思います。

でも僕がその子の家で遊んでいて、夕方ごろに帰ろうとすると「もう帰るの?」って寂しがるんです。

当時はなぜだか分からなかったんですが、後から知ったのは、その子のお母さんはシングルマザーで、フィリピンパブで夜通し働いていて、友だちは夜をひとりぼっちで過ごさなきゃいけなかったみたいなんです。

そのような幼少期の思い出があり、また近年は、日本にも様々なルーツを持つ方がどんどん増えていっている中で、外国にルーツを持つ人々の話は、どこかで向き合い、取り上げたいと考えていました。

ーー子どもの時のご友人が、映画の主人公とまさに同じ境遇だったんですね。脚本で主人公の純悟について書かれる時に、そのご友人のことをイメージされたんでしょうか?

はい、そうですね。やはりその友人が一晩中、一人で過ごしている心境は、純悟の中にある寂しさであると思いますし、脚本を書くにあたって、フィリピンダブルの方々に取材を行う中で、同じような経験を持つ方はたくさんいらっしゃいました。

取材ではフィリピンと日本のダブルの子どもや、フィリピンパブで働いてるフィリピン人女性など、たくさんの方にお話を伺いました。

ーーそうなんですね。どれくらいの期間、何人くらいに取材をされたんでしょうか。

フィリピンと日本のダブルの子どもには、10人ほど直接会って話を聞きました。

この作品は実は2020年内に撮るはずだったんですが、コロナ禍の影響で1年後ろ倒しになったので、1年ほど取材をしていました。

遠方にいて直接話せない方々に対してはアンケートを作って、合計で20人ほどに答えてもらいました。

アンケートでは、家族の宗教観だったり、この映画にとって大事な部分であるセクシュアルマイノリティに対する考え方であったりとか、細かい部分もヒアリングしました。

やはり純悟を描くにあたって、特にダブルの方々の話はたくさん聞きました。

直接伺った話でも、お母さんがパブで働いてるということに対する偏見や、夜働いているために寂しい思いをしたという方はすごく多くて。

「お前のお母ちゃんは汚い仕事してる」と友達から心ない言葉を投げかけられることもあったと聞きました。

文化が周りの子と少し違うというところで、いじめに遭うということもたくさんあったようです。

「臭い」と言われたお弁当。ダブルの子どもたちの経験

ーー取材で聞いた皆さんの経験は、脚本にも取り入れられているのでしょうか。

はい。映画の中でも描かれているんですけど、お弁当に関するエピソードは、実際にあった経験をもとにしました。

フィリピンパブで働く母親を持つ娘さんから聞いた話ですが、彼女は日本生まれ日本育ちで、日本の学校に通っていて、お母さんが作ったお弁当を学校に持っていったら「なんだよこれ、臭い」みたいなことを言われたそうです。

フィリピンの醤油は、日本の醤油とは違う匂いがして、それを臭いって言われたんです。このエピソードと全く同じ経験をした方は他にもいました。

そういう「文化の違い」が原因で、周りの心ない言葉に傷つくような経験は、ダブルの子どもたちは本当に多く経験していました。

このようなエピソードは今回、映画の中にもかなり取り入れています。

何か起きると外国ルーツがある人のせいに。日本で起きている差別や偏見

ーー作中では、外国人に対する差別やマイクロアグレッションも描かれていました。そのようなシーンも、実際の事例を参考にして脚本を書かれたのでしょうか。

はい。取材に基づいて書いた部分が多いです。脚本を書くための取材では、フィリピン人だけでなく日系ブラジル人の方々にもお話を聞きました。

その時に日系ブラジル人の方が言っていた「何か犯罪が起きると全部僕たちのせいにするんだ」という言葉が印象的でした。

親たちの職場の工場でも、子どもたちの学校でも、何か起きると全部ブラジル人や外国人のせいにされるということが起こっていました。

その経験を話してくれた方は、「長く日本にいる僕たちは、日本の常識をわきまえて暮らしている。理由もなくいつも外国人のせいと決めつけないでほしい」と話していました。

言葉も分からぬ国で築いた家族と生活。「昔は分からなかった」母の苦労

ーーフィリピンパブで取材された中で、印象に残っている人や経験談はありますか?

取材ではたくさんのフィリピンパブに行ったんですけど、中でも取材に加えて、映画の撮影でも使わせてもらった高崎市にあるパブがあります。

フィリピン人のお母さんと、その娘さんが一緒に働いているお店なんですが、最初は言葉もわからない異国で、20年間もお店を切り盛りされたのは本当に大変だったのではないかと思います。しかし、娘さんはやはりその苦労を「昔は分からなかった」と。

学校では文化の違いを周りの友達に理解してもらえないこともあって、幼少期は自分のルーツやお母さんの仕事を誇りに思えなかったそうです。

でも、だんだん大人になって、彼女の場合は、お母さんと一緒に「お店を守る」という意識になったのだと思います。

「漢字一つ読むにしても大変な中でお店を経営するのは大変なことなんだって、自分がお母さんが来日した年齢になって初めてわかった」と、この映画のパンフレットに寄せて書いてくださったのが印象的でした。

彼女はフィリピンパブ嬢役で映画にも出演してくれています。

ーーなるほど……。そうやってたくさんのフィリピン人女性や子どもたちから聞かれたお話の結晶が、作中の「純悟」であり、「レイナさん」なんですね。

そうですね、やっぱりなんとなく聞きかじった話とか、なんとなくこうなのかなと脚本を描くことは、とても失礼なことだし、実態がないことは描いてはいけないと思ったので、たくさんお話を聞きました。

その中での皆さんの経験を1つずつ集めていって、(映画の)形を作っていきました。

この映画を作る時に、海外の映画も含め、国外で働くフィリピン人を描いた作品を調べたんですが、パブで働く女性を取り上げた映画は少なかったんです。

シンガポールの映画には『イロイロ ぬくもりの記憶』という、シンガポールの裕福な家庭でフィリピン人女性が家事手伝いとして働くという作品があります。

他にもフィリピン人女性が海外で家事手伝いや介護の仕事をする作品は多くあるのですが、パブで働く女性の映画はなかなかありませんでした。

最初は、パブで働く本人たちも触れてほしくないのかもしれないと「怖さ」もあったのですが、取材をしていくと、皆さん本当にたくさん自分の話をしてくださいました。

フィリピンパブで働く女性やその子どもたちの経験は、あまり世間から注目されてこなかったからこそ、「知ってほしい」という思いだったようです。

ーー作中では、純悟の日本人の父親からの「認知」についても描かれていました。フィリピン人と日本人の間に生まれた「新日系人」の問題では、日本人の父親から認知がされておらず苦労する人も多くいます。認知については、問題意識を持って作中でも取り上げられたのでしょうか。

そうですね。実際に取材をしていく中で、子どもができたけど結婚はしなかったという方にも多く会いました。その中で父親の「認知」の問題は必ず出てきました。

幸い、僕が話を聞いた方々は全員、日本人の父親から認知されていた方々だったんですけど、やはり彼女たちの周りでは認知されていないというケースもあるようです。

その場合、子どもはどうなってしまうんだろうということは取材中にも考えました。

「次は私の番」国外で働くフィリピン人の送金めぐる描写も

ーーフィリピンの映画祭「Qシネマ」でも11月、本作品が上映されたと聞きました。フィリピン現地の人たちからは、映画にどんな反響がありましたか?

フィリピンの観客の方からは、「これはフィリピンで上映するべき映画だ」というふうに言ってもらえました。

やはりフィリピンにも、フィリピン人と日本人の間に生まれた子どもたちがたくさんいるし、またはフィリピンに住んでいる日本人もいる。彼らのためにも絶対に上映した方がいいと話してくれました。

この映画は、日本で生きるダブルの子どもの目線で作ったものでしたけど、フィリピンにいる子からの目線というのもあるなと感想を聞いて実感しました。

ーー「OFW(海外フィリピン人労働者)」が世界中にたくさんいるからこそ、異国で暮らし働くレイナさんを、自分ごととして見られる人も多いのかもしませんね。
映画の中でも「送金地獄」という言葉が出てきたように、レイナさんがフィリピンの家族に送金をする姿から、送金の現実と苦労も描かれていました。作中で送金についても描かれた背景は。

そうですね。脚本を書くまでの取材の中で、フィリピンパブに何回も足を運んでいた中で、そこで働くフィリピン人女性たちは、もちろん嫌なこともたくさんあるとは思うんですけど、本当に楽しそうに働いていた姿が印象的でした。

でも話を聞くと皆、フィリピンの家族に送金していて、国に何人兄弟がいて……という話をしてくれます。

そんな彼女たちの姿を見て、母国にいる家族に彼女たちががんばっている姿を見てもらいたいと思ったんです。

本人たちにとっては働いて送金することが「当たり前」のことかもしれないけど、彼女たちが本当にがんばって働いて苦労もしている姿を、映画を通して見てほしいと思いました。

ーー取材の中では、送金に関してどんな経験談や思いがありましたか?

やっぱり1番多くて、テンプレートのように多くの人が話していたのは、「自分も国にいた時は、海外で働いていた兄弟や親戚に面倒を見てもらっていたから、次は私の番なんだ」という話でした。

ローテーションのように、順番に海外に働きにいっているということで、本当に多くの家族がそのようにして生きているのだと思いました。

自分は今日本にいて働いているから、いとこや姪っ子、甥っ子の面倒を見ていると多くのフィリピン人女性が話していました。

まさにこの映画にも出てきた、「ウータンナロオブ」(借り・恩義)という、自分が受けた恩を返すというフィリピンの考え方が実際にあるのだと実感しました。

ーーそうですよね。フィリピン国内の労働市場の問題もありますが、「ウータンナロオブ」の良い面としては、家族が皆で支え合う姿、悪い面としては海外で働く人に家族が皆、経済的に依存するという面もあると思います。
取材をされている中では、皆さんはどのように捉えていらっしゃいましたか。

そうですね。あまり悪いように受け取っている人はいなかったように思います。

フィリピンパブで働く女性たちに必ず「これからも日本で暮らしたいか」と聞いていたのですが、ほとんどの方が「日本は働ける場所があって、仕事があるからこれからも日本にいたい」と話してくれました。

その言葉を聞いて、本当にフィリピンには仕事がないんだという現実を実感しました。

フィリピンでの映画上映で実際に現地に行って、街中でもたくさんの物乞いをしている子どもを目にし、貧富の差を肌で感じました。

「レイナ」が育った町ってこういう場所なんだと感じ、送金に関しても、誰かが海外で働かなかったら家族全員が倒れてしまう、という現実があるのだと思いました。

映画館を出た時に、周りを見て考えてほしいこと

ーー映画を観られる方には、身近に外国にルーツがある人がいないという方もいらっしゃるかもしれません。そんな方に監督が伝えたいことはありますか。

そうですね。映画を見終わった後に、街をちょっと冷静に歩いてみてもらいたいんです。周りを見渡して歩いたら、 色んな国のルーツの方がいると思います。

おそらく、映画館を出てから電車などで家に帰るまででも、コンビニや道中で何人か出会うのではないかと思います。その時に、彼らのことを、純悟やレイナと照らし合わせてみてもらいたいんです。

彼らの背景にあるものってなんなんだろう。もしかしたら、こういう風に生きづらい思いをしているかもしれないとか、どんな思いを持って日本で暮らしているのかなとか、一度想像してほしいなと思います。

『世界は僕らに気づかない』予告編

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