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HPVワクチンをめぐる12個の作り話をファクトチェック 「HANSは?」「男子は必要ないの?」(後編)

HPVワクチンをめぐる作り話をファクトチェックするシリーズ後編は、「HANS」と呼ばれる薬害仮説や、「女性だけ接種したらよい」などのうわさ話を検証していきます。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。

前回の記事からは、巷で出回っているHPVワクチンについての作り話について検証しています。

後編でも6つの作り話について見ていきます。

作り話7:HPVワクチンには特別な副反応がある

特に日本において、一部の医師などが主張し始めたものがあります。それが「HANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)」と一部の医師などが名付けたものや、自己免疫性脳炎が生じている、などというものです。

これらは、ワクチンの成分が脳内に異常をもたらし、神経や免疫系に悪影響を与えているとする仮説です。

あくまでも仮説であるのですが、提案した医師たちは症例を報告するだけで、他の患者やワクチン非接種者などと適切に比較検討した丁寧な原著論文などは発表されていません。

そういった医師や研究者は、実際にはそれらの仮説を検討するモデルとして動物(マウス)をつかった実験を行ったりはしています。

自己免疫性脳炎についても直接の証拠を示し、適切に検討をした論文は発表されておらず、科学的な議論の俎上にのっておらず、特別な副反応があるという明らかな証拠はありません。

そして、これまでの記事にも示したように、様々な大規模な研究においてもそういった可能性はほぼないことが示されています。

また、最近の比較的大規模な研究においても(これは9価ワクチンについてですが)これまでに知られていないような新たな副反応はみられなかったことが複数報告されています。

▶︎Pediatrics, Dec 2019, 144 (6) e20191791

▶︎Pediatrics, Dec 2019, 144 (6) e20191808

現時点ではHPVワクチンに特別な副反応があるという確証はなく、存在を断言するならこれも作り話といってよいでしょう。

作り話8:HPVワクチンをうてば検診は必要ない / 検診さえ受けていればHPVワクチンは必要ない/検診で早期発見すれば問題ない

これらはいずれも誤りです。

HPVワクチンでは、対応するタイプのHPVの感染を防ぐことで、がんの根本的な予防が図れることは上記のとおりですが、カバーしていないタイプのHPVによる子宮頸がんなどがあることも説明した通りです。

HPVワクチンでカバーできていないHPVががんを引き起こすことや、ワクチンが効かなかった場合、また、ワクチン接種時にすでに感染している場合もあります。よって、検診が必須になります。

一方、検診は早期に前がん病変やがんを発見することを目的にしているもので、発症そのものを防ぐ効果はありません

一度(前がん病変やがんに)なってしまうと、経過を観察したり治療を受けたりしなければならなくなるわけです。

その身体的、精神的、経済的なコストは決して小さくありません。根本的に防げるものについてはワクチンで防いでおくことがよいのです。

また、検診には限界があり、すべての病変を発見できるわけではありません(細胞診による検診では陽性と正しく判定する確率である感度が50〜80%、陰性であると正しく判定する確率である特異度が70〜90%程度とされています。

▶︎有効性評価に基づく子宮頸がん検診ガイドライン など。

さらに、日本の検診の受診率は低迷しており、平均で4割程度、20代では3割未満しか受診していないのが現状です。

検診で早期発見しても患者の負担は大きい

また、検診で早期発見すれば治療が可能で、問題にはならないという言説もよくみられます。

しかし、繰り返しになりますが検診は原因を防ぐものではなく、あくまでも発症を見つけるものでしかありません。早期に発見できないケースももちろんありえます。

そして、早期発見であっても、その後の身体的・精神的・経済的負担はあります。

さらに、子宮頸部を円錐状にくり抜く「円錐切除術」や子宮を全摘する手術を行うことになれば、その後の妊娠時のリスクが増したり(早産は8-15%となり一般妊娠の1.5-3倍、産婦人科診療ガイドライン)、妊娠できる可能性を失ったりすることにもつながりかねません。

早期発見だけですべて対処することができるわけでは当然ないのです。繰り返しになりますが、ワクチンと検診の併用こそが重要であるということになります。

国立がん研究センターがん情報サービス「子宮頸がん検診について」

よって、HPVワクチンと子宮頸がん検診は、車の両輪のように両者併せて受けることが重要になります。

作り話9:HPVワクチンは十分な種類のHPV感染を防げていない

これについてはある意味では完全に間違いとは言えません。

世界で標準となっている9価ワクチンでも、基本的には9種類のHPV感染を防ぐ効果があるのみで、すべての発がん性をもつHPV(少なくとも15種類)を防げるわけではないからです。

ただし、最もリスクの高い16・18型への感染を予防することだけでも、かなりの割合の子宮頸がん(と他のHPV関連がん)を防ぐことができると考えられています。

もちろんHPVワクチンは、そういう意味では完全・完璧でカバーが十分なワクチンであるとは言えませんが、まずは防げる部分はしっかり防ぐという考え方に基づいているものです。

カバー範囲であるHPVの感染については非常によく防げる(効果はほぼ90%以上)ことと、検診の併用によって子宮頸がん対策として有効なわけであり、これをもってHPVワクチンは不要とはならないのは言うまでもありません。

作り話10:HPVワクチンは女性だけが接種すべきものである

HPVワクチンは子宮頸がんだけを防ぐわけでないのは連載1回目でも述べた通りです。

子宮頸がん、外陰がん、膣がん、肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんなどもHPVによって引き起こされることから、男性もHPVワクチンをうつことで直接的な利益があります。

そしてまた、女性は男性から感染することがほとんど(男性は女性から感染しますし、同性間での感染もあります)ですので、感染のひろがりを防ぐこと、集団免疫という考え方からも、男性もうつことで効果が得られると考えられます

▶︎ Lancet. 2019 Aug 10;394(10197):497-509.

▶︎ Lancet Public Health. 2016 Nov;1(1):e8-e17.

▶︎ Emerg Infect Dis. 2016;22(1):56-64.

こういったことから、アメリカ・イギリス・オーストラリアなどを含むいくつかの国では、男女関係なくHPVワクチンをうつ公的な予防接種プログラムをスタートしています。

さらに、年長者の女性(45歳までなど)にも接種する補助を行っている国もあります。

しかしながら、2019年末になってWHOは男性への接種を控えるように勧告をだしています(BMJ 2019;367:l6765 )。

これは医学的な内容からの要請ではなく、世界的にはHPVワクチンが不足しており、最も優先される若年女性にワクチンが行き渡っていない現状を問題視してのものです。

まずは子宮頸がんをターゲットにして、ワクチンによる予防を優先的に解決しようということなのです。

作り話11:HPVワクチンはすぐに効果が切れるため意味がない

HPVワクチンは少なくとも10年程度は(ワクチンによる免疫を示す抗体価が十分高いことと感染予防)効果が持続することが近年の研究で分かってきました。

Clin Infect Dis, 66 (3), 339-345

BMJ Open, 7 (8), e015867

Hum Vaccin Immunother, 10 (8), 2147-62 2014

よって、効果がすぐに切れると言い切れば根拠のない誤りです。これだけの期間があれば、基本的には最もHPVに感染しやすい時期はかなり安全に過ごすことができると考えられます。

実はそれだけではなく、HPVワクチンは、これまでのように3回うたなくても、1回だけの接種でも、かなり予防効果があるのではないかという研究報告が複数あります。

これは発展途上国など、経済的に制限のある国でのHPVワクチンプログラムの戦略として、1回接種も考えられるようになるかもしれないことを示すよいデータです。

Clinical Infectious Diseases, ciz239 など

JAMA
Netw Open. 2019;2(12):e1918571.
 など

作り話12:HPVワクチンは必要のないワクチンである

いままで見てきたように、子宮頸がんをはじめとするHPV関連のがんは公衆衛生上、大きな問題であり多くの命や健康を奪っています。

これを予防するにはHPVワクチンと検診(子宮頸がんについては)の併用が最も有効と考えられるのでした。検討してきたようにHPVワクチンは有効・効果的であるといえます。

先にいくつか触れましたが費用対効果の研究もされています。これによるとHPVワクチンを用いることが公衆衛生上も利益が大きいことがわかります(ただし男性まで含めて打つと子宮頸がん対策としては、費用対効果はやや下がることまで検討されています

▶︎ Ann Intern Med. 2019 Dec 10

HPVワクチンは今の世の中に必要とされるワクチンであると言い切ってよいでしょう。

(続く)

【峰 宗太郎(みね・そうたろう)】米国国立研究機関博士研究員

医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。ツイッター@minesoh で情報発信中。