トランスジェンダー女性がトラック運転手の仕事を選ぶ理由

    全国を巡るトラック運転手の仕事に、安全や自由を、そして生活していけるキャリアとしての可能性を見出すトランスジェンダー女性が増えている。ディアナ・ヴァッシャーもそのひとりだ。

    ディアナ・ヴァッシャーは、トラック運転手という仕事を愛している。毎週、18輪トラックで3000マイル(約4828キロ)の距離を走っているが、その車内は心地よく過ごせるように改造してあり、キラキラ光るライトとピンク色の革製ハンドルカバーで彩られている。

    「ドライバーはみんな、自分のトラックに名前をつけてる」とヴァッシャーは言う。「トラックはどの子も、女優みたいに気分屋なんだよ」

    ヴァッシャーの愛車は、「グレタ、って感じ」なのだそうだ。

    アメリカで働くトラック運転手の数は350万人に上る。その一人であるヴァッシャーは、冬の嵐の中も、夏の暑さの中も、過酷な11時間シフトのあいだずっと、アメリカ大陸を走り回っている。

    トラックの運転は、多くの人たちが思っているより難しい。だからトラック運転手は、自分たちの仕事をほんとうに誇りに思っている。しかし、48歳のヴァッシャーにとって、トラックの運転には単なる仕事以上の意味がある。これは、トランスジェンダーでバイセクシュアルであることをオープンにしている彼女が、自分らしくいられる自由を与えてくれる仕事であり、ブルーカラーで高待遇という、数少ない職業のひとつなのだ。

    「トランスジェンダーにとっては、理想的な仕事だと思う」と、ヴァッシャーは言う。「もし(トランスジェンダー女性が)自宅で女性として暮らすのが難しいのであれば、彼女たちをトラックに乗せればいい。そしたら自分の空間も持てるし、好きな服は着られるし、誰にも非難されたりしない。しかも、そうしている間にお金も稼げるんだから」

    米国のNPO団体「トランスジェンダーの平等を目指すナショナル・センター」(National Center for Transgender Equality)の調査によれば、職場環境の安全は、トランスジェンダーの人たちがもっとも懸念する点に挙げられることが多い。職場であからさまなハラスメントを受けたとか、差別されないように自分のジェンダーアイデンティティを隠している、といった回答は90%にのぼるという。

    「家にいてウォルマートで働くより、トラックに乗っているほうが安全なんだ」と、ヴァッシャーは言う。そして、自分が男性シスジェンダーの同僚たちから一目置かれているのは、「トラックは誰でも運転できるもんじゃないから」だと言い添えた。

    要は、ヴァッシャーの言葉を借りれば、トラックの中では「自分らしくいられる」ということだ。

    運送業界におけるLGBTの数についての確かなデータはないのだが、自身も元女性トラックドライバーで、現在はペンシルバニア州にあるハバフォード大学でジェンダー研究を専門としているアン・バレイ教授は、トラック運転手をしているトランスジェンダーは近年増加していると主張する。

    最近出版されたバレイ教授の著書『Semi Queer(セミトレーラー・クイア)』は、トランスジェンダーやクイアといったマイノリティであるトラック運転手たち66人のインタビューをまとめた詳細なエスノグラフィーだ。

    調査を行う中でわかったのは、トランスジェンダーがトラックの運転という仕事に魅力を感じるのは、ある程度の安全があり(トラック運転手は独りで働く)、匿名性があり(トラック運転手は仲間とCB無線で通信する)、採用の際に差別されない(多くのトラック運転手は電話で採用される)からだということだ。

    トランスジェンダーをはじめとするマイノリティのトラック運転手が増加している背景には、この業界で慢性的に運転手が不足していることもある。2016年から2017年にかけて長距離トラック運転手の数は1%減少した。これは、運転手が36000人減ったということだ。

    これは、業界を支えてきた白人男性たちが引退する年齢になってきているからだと、全米トラック輸送協会(American Trucking Associations)の広報担当副会長、ショーン・マクナリーは言う。近年では運送会社も、資格持ちの運転手を探す場所を、「従来とは異なる」所にまで拡大しているという。

    ヴァッシャーによれば、「会社は、こちらがパープルやピンク(訳註:トランスジェンダーや女性の意味)だって気にしない」という。大事なのは、商業用自動車運転免許(CDL)を持っていることと、DACレポートという、商業用トラック運転手の運転に関する詳細な記録のスコアが高いことだけだ。「CDLを持っていて、DACレポートのスコアが良ければ、仕事はもらえる」

    トラック運転手減少の理由は、この仕事に従事している白人男性の高齢化だけではない。賃金はインフレ率に追いついておらず、一般的にはそれほど尊敬される職業でもない。一方で、運送業界に対する規制は厳しさを増しており、現在では多くの車両が、運転手の速度を制限したり、走行時間を記録したりする機器や、状況監視のためのドライブレコーダーを搭載している。

    こうしたさまざまな制限があるために、ベテランのトラック運転手たちは業界を去っていきやすい。それで運送会社は、社会から取り残されていた(ゆえに、より搾取しやすい)労働者たちを、先を争って雇う状態になっている、とバレイ教授は著書の中で説明している。

    それでもまだ、トラック運転手は圧倒的に白人(59%)の男性(94%)が多い。しかし、ますます高まる資格持ち運転手の需要を満たすために業界も多様化しており、現在は黒人とアジア系アメリカ人のトラック運転手が増えてきている。

    加えて、「採用担当者は特に女性のトラック運転手を求めています。(なぜなら)女性のほうが、運転が安全で、信頼性も高いという認識があるうえに、そこには未開拓の労働市場があると考えられているからです」とバレイ教授は言う。

    そして、多様性が高まる中で増えているのが、まともな賃金と、比較的人と関わらずに働ける環境に魅力を感じて参入してきたクイアやトランスジェンダーなど、マイノリティのトラック運転手たちだ。バレイ教授が話を聞いた、あるトランスジェンダー女性はこう語ったという。「もっと思い切ったことをしてもいい、人目についてもいいんだと思えるくらい、仲間の数が増えた」

    しかし、非営利団体「REAL Women in Trucking(トラック業界のリアルな女性たち)」のデジレ・ウッド理事長は、多様性が増すとともに、女性トラック運転手の搾取も広がっていると訴える。公共データを分析したデロイトのレポートによると、男性トラック運転手の平均給与額が約42000ドルであるのに対して、女性トラック運転手の給与額は29000ドルを切っていた。

    「こうした障害がある中を(トラック業界で)働き続けるのは困難です」とウッド教授は言う。

    また、いまだに男性優位主義が重んじられているトラック業界では、セクシュアルハラスメントも横行している、とウッズ教授は指摘する。

    ウッズ教授は、米国の著名ジャーナリスト、ダン・ラザーが2009年に制作したTV番組『Queen of the Road』で、業界に広がるハラスメントを暴露した人物でもある。そんな彼女が「REAL Women in Trucking」を設立したのは、女性や、他のマイノリティであるドライバーたちが、上司に話を聞いてもらえない時に苦情を訴えられる場所を作るためだった。

    ヴァッシャーもこれまで苦労を重ねたが、ようやくArtur Expressという「最高の」運送会社で働くチャンスを得ることができたという。この会社で彼女が得ている年収は90000ドル近くだ。しかし、多くのトラック運転手──特にマイノリティのトラック運転手たち──が不当な扱いをうけており、安い給料で長時間働いていることは、ヴァッシャーも認識している。

    バレイ教授の調査では、クィアやトランスジェンダーのトラック運転手たちの多くが、給油や食事のために停車する時でも、他者との接触を避けていることがわかっている。また彼らは、売春や薬物使用の拠点となっているとの噂があるトラック用サービスエリアは、回り道をして避けることもあるという。

    「いつも不安に怯えている」と、ヴァッシャーは言う。彼女はトラック用サービスエリアでは、自分がトランスジェンダー女性であることを明かしたことはないという。「でも、私の友人には、どうも女性として通用しにくい人もいて、彼女は公の場では苦労している」

    トラック用サービスエリアのシャワーやトイレが個室になっていることが多いのには助かっている、とヴァッシャーは言う。「中に入ればドアの鍵は閉まる。服を脱いでいるところも誰にも見られない。ほとんど人目につかない」

    サービスエリアでの売春には、未成年女児の人身売買が関わっていることが多い。近年では「Truckers Against Trafficking(人身売買と戦うトラック運転手たち)」といった団体が結成され、トラック用サービスエリアでの売春をどのように見分け、通報すればいいのか、トラック運転手たちを訓練するという対策が取られている。そうした訓練を50万人以上のトラック運転手が受けており、専門家らは、これがトラック用サービスエリアの安全性向上に大きな役割を果たしているとしている。

    それでも、シスジェンダー女性やトランスジェンダー女性は、サービスエリアにはびこるハラスメントや、さらには性的暴行の被害に遭っている。2018年9月には、ルイジアナ州のトラック用サービスエリアで、黒人女性のトラック運転手が遺体となって発見されるという事件があった。このニュースにトラック業界全体が衝撃を受けた。

    「あの事件は、女性は被害に遭いやすいという警告になりました」バレイ教授はそう語る。

    しかしヴァッシャーは、サービスエリアに駐車している間に直面する危険よりも、路上で直面する危険のほうが、はるかに大きいと主張する。つまり、サービスエリアにいる時よりも、事故で死ぬ可能性のほうがずっと高いというのだ。

    「私たちが一番怖いことのひとつは、トラックを横転させる事故だね」と、彼女は言う。高速道路での走行スピードで事故を起こせば、ほぼ確実に死が待っている。しかも彼女のトラックは、言ってみれば重さ40トンの武器だ。それに比べると吹けば飛びそうな大きさである四輪自動車のドライバーたちを殺してしまう可能性がある。

    これは、トラック運転手なら誰もが恐れている事態だ。そして、矛盾しているようだが、そうしたストレスの多い、難しい仕事であることが、業界を担う人員の中にトランスジェンダーが目立つようになってきていることから生じる社会的緊張を和らげてくれていると、ヴァッシャーは言う。

    「もしかすると他のトラック運転手たちは、男性(だと彼らが思っている)なのに女性の服を着ている人たちに、何か思うところがあるのかもしれない」と、彼女は言う。「それでも彼らは、私たちを尊重してくれている。それは私たちがトラックを運転しているからなんだ」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan