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「取り返しがつかなくなる前に、助けを求めてほしい」鬱症状に苦しんだミュージシャンが若者に伝えたいこと

「傷つきやすい自分」を認めるのは、難しかった

8月20日、千葉県幕張で開催されたサマーソニック2017東京会場。Island Stageでは、多くのアジアのアーティストが会場を湧かせた。

そんなステージに立つアーティストの一人、ベンジャミン・ケン(27歳)は、シンガポールの人気バンド・The Sam Willows(ザ・サムウィロウズ)のメンバーとしてボーカル・ギターを務める。

これまでにも世界中のフェスに参加し、北米・韓国でのライブツアーを行ってきたThe Sam Willows。今年8月には日本デビューを果たした。

ステージの上で演奏するベンジャミンの笑顔からは、長く不安障害と鬱症状に苦しんだ過去を想像するのは難しい。


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「傷つきやすい自分」を認めるのがこわい

テレビやYouTube動画では明るいトークで人気のベンジャミンだが、10代の頃から、ある悩みを抱えてきた。

「僕は幼い時に母を亡くして以来、ずっと鬱症状と戦ってきました。信じられないくらいだるくて、ベッドから出るのさえ嫌なこともありました」

ベンジャミンの母親は、彼が12歳の時に癌で他界した。TEDxYouth Singaporeで、彼は母親と自身の関係性を振り返る。

Instagram: @benjaminkheng

幼いベンジャミンと、母親。

「僕と母はとても親しくて、共通点も多かったんです。でも、ふたりともネガティブな人間で、他人が自分たちに言うことをとても気にしていました」

母の遺書には、自身のネガティブな面を受け継がせてしまった事を詫びる言葉さえあったという。

そんな彼が15歳の時、人生の危機が訪れた。当時競泳選手として体育学校に通っていた彼を、自殺願望が襲ったのだ。

「体育学校の2年生でした。競泳を始めて10年位たった頃だと思います。学校の寮の部屋の窓際で、プラスチックのナイフを手首に近づけました。頭の中は空っぽで、ただ、これまで人々に言われた言葉が聞こえていました」

ベンジャミンは当時、身長の低さをからかわれていた。彼の身長は172cmで、シンガポール人男性の平均身長(約170cm)よりも高い。それでも体育学校では最も小柄だったのだ。

「僕はとても自意識の高い子供で、不安障害を抱えていましたが、ちゃんと診断されたことはありませんでした。『自分は傷つきやすい』というシンプルな事実を認めるのが、ずっと恐ろしかったんです」


「誰かに嫌われたりがっかりされたりするのが耐えられない、そんな自分が嫌でした」

自殺を踏みとどまらせてくれたのは、母のことばだった

窓際のベンジャミンを踏みとどまらせたのは、亡き母が手紙に遺した、ある教えだったという。

「僕たちはみな、自分を主人公とした物語を綴っていて、僕たちは主役を演じると同時に、筋書きを書いているわけです。


表現技巧を凝らしたり登場人物を加えたり、物語を面白くしようとします。みんなにとって面白く、そしてウケが良くなるうに。


だけど、主人公を決めるのは僕ら自身なんです。(中略)僕は誰か他の人が書いた筋書き通りに生きるわけじゃない。他人は好きなことを言ってくるけど、それじゃあダメなんだ。だって、ペンを持っているのはこの僕なんだから」

彼は全国レベルのアスリートで、ポテンシャルもあった。周囲の期待も膨らんでいく。そんな時に彼が下した決断は、全てを投げ出し、やめることだった。

かわりに彼が選んだのは、ミュージシャン・俳優としてのキャリアだ。もちろん、簡単な決断ではない。本当にやりたいこととはいえ、「趣味」のためにこれまでに費やしたお金や時間を無駄にするのは、自分勝手なのかもしれない。そう思うと、不安がまたこみ上げてきた。

そんな時、彼の選択を後押ししてくれたのが彼の父親だった。音楽を愛する父は、幼い頃から彼にピアノやバイオリンを習わせていた。「週末には家族で歌ったり演奏したりして過ごす家庭に育ちましたから、結局プロとして活動し始めたのは自然なことに思えます」と、今では振り返る。

「最初は大変でしたが、自分に対する理解がより深まったし、自分をコントロール出来るようになりました」

今でも闘いはある。そして希望もある

ベンジャミンが辛い過去を振り返る眼差しに、悲哀はない。彼の言葉選びは驚くほどにポジティブだ。

「僕達の辛い経験のほとんどは、本人にとってしか意味を持たないものです。もちろん、その経験が無意味というわけではありませんが。

でも、人生は僕達が思い描いている理想よりもずっと美しいんだと気づけば、危機からも立ち直れるんです。

僕たちは自分のことに精一杯で、他の人のことをないがしろにしがち。だけど、周囲の人を助けることが、意図せず自分自身を救ってくれたりもするんですよね」

すっかり元気を取り戻したように見えるベンジャミンだが、彼の闘いは完全に終わったわけではないという。

「今でも時々、不安や鬱症状との闘いの中で上手くいかないこともあります。でも昔と違うのは、以前よりも闘う方法を多く持っているということ。

今なら、そうした状況に陥った時にどうすれば良いのかわかります。自分自身に時間を与えてあげて、そういう状況から抜け出す術を身につけました」

日本もシンガポールも、若者を取り巻く状況は深刻

近年、日本の自殺率は減少しつつある一方、若者の自殺率が他の先進国に比べて高いことが問題視されている

シンガポールにおいても、状況は深刻だ。今年8月には、12歳の少女が飛び降り自殺を図り、話題となった。少女は母親に、算数のテストで満足のいく点数がとれなかったと話していたという。

Kiasu(キアス:他の人に絶対負けたくないという強い競争心をもつこと。シンガポールの国民性として自嘲的に呼ばれる)という言葉に示されるように、シンガポール人は幼い頃から非常に厳しい競争社会の中で、強いプレッシャーを経験する。

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多くの若者が不安に悩まされている現状を、ベンジャミンはどう見ているのだろう。

彼はこうした問題の背景に、ソーシャルメディアの存在があると考えている。

「ネットの世界から有益なものだけを取り出すこと、そしてインターネットから離れるタイミングを心得ておくことが大事だと思います」

さらに、若者に対する社会のプレッシャーについても言及した。これは特にアジア社会のマインドセットにも関係した、本質的な問題だと話す。

「シンガポールでは学業や経済面での成功をとても重視するので、10代になる前の子供が精神を病むことさえあります」

「この問題をトップダウンで解決するのは難しいでしょう。私たちにできるのは、子供や若者にはけ口を与えてあげること。そうすることで自分自身と向き合って、そして社会の評価に縛られない自分自身の価値に気づくことができると思います。芸術や音楽は、そのための素晴らしいツールです」

取り返しがつかなくなる前に、助けを求めてほしい

8月にリリースされた新曲「Save Myself」は、こんなフレーズから始まる。

ママはいつも言っていた。暗い海を照らす光となって、溺れそうな人を助けてあげなさいと。だから僕はいつも、誰にだって肩をかしてきた。だけど、気付けば自分が深い海に沈んでしまいそうだ。

誰か、助けてくれ。助けてくれよ、僕自身から。

爽やかで明るい楽曲が多いThe Sam Willowsだが、この曲は少しダークで重たい印象だ。その歌詞には、彼自身の経験と想いが反映されているという。

「僕はずっと、誰かに助けを求めるのが苦手でした。自分がうまくいってないことを認めるのはすごく辛いし、恥ずかしいですから。メンタルヘルスの問題となると、一人で立ち向かったり、押し殺してしまいがち。でも、放っておくと、その小さな種が致命的なものへと膨らんでゆく危険をはらんでいます」

「皆がそれぞれ抱える問題についてオープンになって、取り返しがつかなくなる前に助けを求められるように、この曲がその後押しをしてくれたらいいなと思っています」

YouTubeでこの動画を見る

Published By: The Kennel AB administered by Universal Music Publishing / Zendyll Collective admin by Sony ATV / youtube.com

インタビューの最後に、初来日の感想を聞いてみると、ラーメン店・一蘭がとても楽しかったという。

そういえばInstagramのストーリーに、楽しそうにラーメンを食べるバンドメンバーの姿が投稿されていた。たとえ今日がつらくても、無邪気に笑える日がきっと来る。

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