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10人に1人がなると言われる「父親の産後うつ」 男性育休が始まるときに考えておきたいこと

今年度から男性育休が制度として本格的に導入され始めますが、その陰で実は男性も産後にうつになることはあまり知られていません。実際に産後のうつに苦しんだ男性に、お話を聞きました。

4月1日から改正育児・介護休業法が施行される。10月からは「産後パパ育休」の取得、育休の分割取得が可能になるなど、「男性育休」がいよいよ本格的に導入され始める。

しかし、その裏で、「育児と仕事の両立」に苦しみ、うつ状態に陥る父親がいることはあまり知られていない。

実際に産後にうつになった父親と、専門家の声を通じて、「父親の産後のうつ」をひもといていきたい。第1回の今回は、体験者の声を取り上げる。

※この連載は、メディカルジャーナリズム勉強会の「ヘルスケア発信塾2021『伝え手』育成集中プログラム」で最優秀賞を受賞した作品に編集を加えたものです。

2人目が生まれて1年、ある日突然、眠れなくなる

「突然ですね。真ん中の子が1歳になる手前くらいに、いきなりなったんです」

現在3人の子どもを育てている阪脇脩太さん(35)は、2人目が1歳の誕生日を迎える直前、「うつ」になった。

「過去のことだから、全然話しますよ!」

そう語る阪脇さんは、非常に社交的な人だ。そんな彼が、なぜうつになったのか。

1人目の出産時、新生児にトラブルがあり新生児集中治療室(NICU)に入った。そのことから阪脇さんの妻は思いつめていたという。自宅に帰ってからも収まらない夜泣きに、産後数ヶ月で妻が倒れた。

その時の阪脇さんは、朝早く出て、夜遅く帰るサラリーマン。幸い義両親・実両親の家が近かったこともあり、協力を得て仕事は続けながら、家事や子育ても担った。土日のどちらかは、実家に子どもを連れていき、妻を休ませた。

実家の協力もあって妻の体調は回復し、その後2人目を妊娠した。

妊娠中に、今後の生活に備えて家を買った。さらにこの直後、阪脇さんの部署で編成替えがあり、働き方が大きく変化する。週1回の出張が必要になり、移動時間・労働時間共に激増した。

そんな中でも、子育てにはできる限り関与したいと思い、同じ生活を続けた。

そんな彼に異変が生じたのは、2人目が無事に産まれ、1歳の誕生日を迎える直前のことだ。

眠れなくなり、頭痛が引かなくなった。出張先で熱を出し、内科にかかったが、「風邪ではないですね、原因不明です」と言われ、薬も効かない。それでも市販薬を飲みながら、前と同じペースで仕事を続けた。

思えば2ヶ月前から、眠りは浅くなっていた。夜中に途中で起きることも増えていた。買った家に転居した直後、まさに「大黒柱」としての責任も感じていた。

心療内科を受診 「抑うつ状態」と診断

阪脇さんは心理学部出身であり、思い当たる病名があった。意を決して、妻に内緒で心療内科を受診。「抑うつ状態」と診断され、抗うつ薬を処方された。不眠などに悩まされ始めてから3ヶ月経っていた。

「メンタルだけじゃない。身体と両方がやられたときに崩壊するんだと思いました」

ずっと体調が悪いのも眠れないのも押して、仕事も家事も無理に頑張り続けていた結果だ。

「マインドを変えました。昇給とかより、健康が大事だって決めて、何て言われたって構わないって」

会社に伝え、担当を半分にしてもらった。休職はできなかったが、同時期に新型コロナウイルスの流行が始まった。出張がなくなり、リモートワーク中心になったことで、通勤や出張の時間が減ったのも幸いした。

妻は自らの経験もあり、理解し支えてくれた。寝室を別にし、眠れる環境を作ってくれた。

周りの協力で乗り越えたが、抗うつ薬を1年間、飲み続けた。今でも睡眠薬は手放せていない。

「勝手な使命感に駆られ…」 父親のうつの情報もない

自らがうつとなった原因を、阪脇さんは今、こう分析する。

「1人目で妻が倒れたときに、『勝手な使命感』に駆られました。以降仕事が増えても、家を買ってやることが増えても、全部自分がやろうとしていました」

育児だけでなく、仕事や転居の負担も重なり、阪脇さんは追い込まれていった。

「抑うつ」と診断されてから、産後うつについて自分でも色々調べてみたが、父親に関する情報は少ない。父親ではないうつの人の情報なども調べたが、「共有できない」辛さがあった。

「妻が家族として理解してくれて、本当に良かったです」

彼には妻という理解者がいたが、いなかったらどうなっていただろうか。

父親も10人に一人が産後うつ? 支援はほぼないのが現状

女性の産後うつは、分娩に伴う急激なホルモンの変化に加え、分娩に伴う身体の変化、環境の大きな変化などが原因となる。

対して男性は、ホルモンの変化や身体の変化は少ない。また女性の発症が産後3ヶ月以内に多いのに対し、男性の場合は3〜6ヶ月に多く、特徴に違いがある。

父親は身体的変化が少ないが、母親と同様、社会的な変化は大きい。育児休業取得が促進されてはいるが、5日程度で終わる例も多く、十分に育児スキルを身に付けられないまま職場復帰しているのではないだろうか。

その結果として、従来と同じ量以上の仕事を行いながら、家庭では慣れない育児に携わらなくてはならない。

阪脇さん以外にも、複数の方に話を聞く中で、「子どものため、と思って両立を頑張り続けた父親」が崩れていくのを感じた。

男性の大きな問題は、その支援の少なさである。筆者は産婦人科医であるが、産前から産後にかけて父親に全く会わずに終わることも少なくない。

母親は産後2週間健診や1ヶ月健診で、「エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)」を受けてもらうことが努力義務となっている。また産後早期の発症が多く、助産師や保健師が介入できるシステムが整えられつつある。

しかし父親に対しては、産後うつの啓発も支援も、現状ではほとんど行われていない。

2018年に成立した成育基本法に基づき定められた「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」でも、「父親の孤立」が課題に挙げられている。それでも新型コロナウイルス感染症が流行している影響もあり、具体的な取り組みは進んでいない。

阪脇さんのように、追い込まれる父親に対して支援する人は未だ少ないのが現状だ。彼は3ヶ月の間、様々な症状が悪化していくのを抱えて働き続けた。途中で支援し、声掛けできる人がいたら変わっていたのではないだろうか。

今回は1人の例を取り上げたが、決してこれは特異な例ではない。2016年の世界各国での調査をまとめた論文によると、男性も10人に1人が産後にうつとなる可能性があると言われている時代、身近にいてもおかしくない話だ。

次回はこの現状について、専門家の話を聞いていく。

(続く)

【参考文献】

1. Emily E.Cameron, IvanD.Sedov, LianneM.Tomfohr-Madsen. Prevalence of paternal depression in pregnancy and the postpartum: An updated meta-analysis. Journal of Affective Disorders. 206(2016), 189–203.

2. Paulson JF, Bazemore SD. Prenatal and postpartum depression in fathers and its association with maternal depression:a meta-analysis. JAMA 2010 i 303 (19):1961-1969.

【平野 翔大(ひらの・しょうだい)】産婦人科医、産業医、医療ライター

1993年生まれ、医学部卒業後、初期研修・産婦人科専門研修を経て、現在はフリーランス医師として産婦人科・睡眠医療・産業保健に従事しつつ、複数のヘルスケアベンチャーにメンバーやアドバイザーとして参画。資格:健康経営アドバイザー・AFP(日本FP協会認定)・医療経営士3級(登録アドバイザー)。