back to top

「トンデモ」健康情報で家庭が崩壊した男性が語る、元妻の「変化」

「トンデモ」を世の中に広めているのは、どんな人なのか。

「トンデモな健康情報を世の中に広めているのって、本を売りたい出版社とか、悪徳クリニックだと、きっとみんな思っていますよね」

男性は窓の外を見やって言う。かなりやせていて、顔色もよくない。

「でも、それだけじゃありません。被害者でもあり、加害者にもなるのは、身近にいる“普通の人”なんです」

男性(Aさん)は現在40歳。いわゆる「トンデモ」、つまり科学的根拠に乏しい健康情報が原因で、家庭が崩壊したという。

Aさんから情報提供があったのは、6月上旬。何度かのやり取りを経て、Aさんは身の上話をしてくれるようになった。

元会社員で現在は無職。3年前に元妻(Bさん)と離婚した。小学校3年生になる娘とは、後述する理由で1年半以上、面会ができていないという。

科学的根拠に乏しい健康情報の被害というと、命に関わるものが取り沙汰されることがほとんどだ。しかし、Aさんの場合はそうではない。

誰でも何気なく、疑う気もせずに信じているささいなこと。それが取り返しのつかない事態につながると、想像できるだろうか。

筆者は7月中旬、Aさんと接触。都内の喫茶店で取材した。

きっかけは「コーヒー浣腸」。肛門からコーヒーを流し込み「体がキレイになる」と謳う行為で、過去に「海外セレブも実践」として流行した。

Bさんが「トンデモ」な健康情報に手を出したのは、12年前。当時、結婚前だったAさんは、Bさんに「コーヒー浣腸」を勧められた。

コーヒー浣腸は、薄めたコーヒーを器具を使って直腸内に流し込む行為。過去に流行したが、科学的根拠は疑われている。

2010年には「代替医学総合学院」なる施設で女子中学生らにコーヒー浣腸が行われ、医師法違反により逮捕者も出た。

「そのときは、ちょっと変なのに手を出してしまったのかな、という感覚でした。彼女も、私が断ると、それ以上は勧めてこなかったので」

その後、AさんとBさんは結婚し、妊娠。ここでBさんは「自然なお産」という考え方を知り、強い興味を持つ。

ちょうどインターネットが普及し始めていた頃で、Bさんは自らネットで情報を集めるようになった。「水中出産をしたい」と言い出すが、それにはAさんが反対。

同時に「ケーキはお乳が締まって出なくなるからダメ」というように、食べ物の身体に良い・悪いについて、書籍やネットの情報を鵜呑みにするようになる。

「彼女は子どものためにと、白砂糖や牛乳、化学調味料などを料理に使わなくなりました」

「“薬は毒”とする医師の主張を信じ込み、家族の服薬にも反対するようになったのもこの頃です」

次にBさんが傾倒したのが「冷えとり」。ある雑誌が推奨するシルク製の靴下の重ねばきを実践し、「真夏でも5枚も6枚も重ねばきをしていた」(Aさん)

「靴下に穴が開くのは“足の裏から毒素が出ているから”とどこかから聞いてきて、穴が開けば開くほど“毒素が出ている”と喜んでいました」

Aさんは、子どもが生まれたときに、Bさんの口から発せられた言葉が衝撃的で、今でも忘れられないという。

「彼女は“胎盤を食べたい”と言いました。これもやはり、どこかで体に良いと聞いたのでしょう。出産直後で感動していただけに、驚きました」

Aさんもこの頃から、Bさんが「少しおかしいのではないか」と感じるようになった。だが、「ここまでの問題になるという意識を持っていなかった」という。

「違和感はあったのですが、健康に対して意識が高いのはいいことだ、と納得するようにしていました」

「お恥ずかしい話ですが、当時は私もリテラシーが高いわけではありませんでした。それに、そもそも“身内を疑う”という発想がなかったのです」

やがて忍び寄るマルチ商法の闇。「トンデモ」な健康情報をきっかけに使った金額は、2年半で約200万円に上るという。

離婚の数年前から、Bさんはマルチ商法にのめり込むようになった。きっかけは地域の民生委員で「実はその人が地域のマルチの元締めだった」(Aさん)

「彼女とその民生委員は、私からすればトンデモな健康法の話題で、意気投合してしまいました」

Bさんは「紙は経皮毒になるから」と子どもに布オムツを使用し、お尻がかぶれてしまって医者にかかっても、ステロイド薬を拒否。

また、子どもの運動会で「牛乳は牛が飲むもの! 人が飲むものじゃない!」と大きな声で触れ回るなど、日常生活にも悪影響が出始めたそうだ。

Bさんを止めることはできなかったのか。そう聞くと、Aさんは「彼女が信じている情報を否定すると、心を閉ざしてしまう」と、対応の難しさを語った。

「マルチにはトンデモを信じる仲間がたくさんいて、彼女はその人たちに“理解のない人を相手にするな”と言われていたようです」

「私のように彼女に正面から反対すると“真実を知らない人”と下に見て、バカにするような態度を取る。対等な関係ではなくなってしまったんです」

Aさんによれば、Bさんはこの頃、しばしば「価値観」という言葉を使うようになったという。

「価値観が合う人と一緒にいることが大事。合わない人とは一緒にいない方がいい。彼女は仲間にそうやってマインドコントロールされていきました」

そのうち、Bさんは書籍やネット、雑誌などから自分に都合のいい情報ばかりを集めるようになり、「自分で自分を洗脳していった」(Aさん)

「トンデモ」な健康情報を自ら集め、その中に閉じこもっていくBさん。Aさんは耐えられなくなり、離婚を切り出した。

時を同じくして、Aさんはニセ医学批判の書籍に出会う。「彼女のことだ」と感じ「オセロが黒から白に変わるよう」に、ガラガラと認識が変わったと言う。

「目を覚まさせないと」と思い、1年半の調停中に、その本を送ったこともある。しかし、効果はなかった。

子どもの親権はBさんに渡った。2カ月に1回会う約束だったが、AさんとBさんの間でコミュニケーションが成立しなくなり、今は1年半以上会っていないという。

筆者はAさんとBさんの実際のメールのやり取りを確認した。Aさんを気づかう文面もあるが、健康情報に干渉されるとBさんの態度は頑なだった。

離婚調停の前、対面でのコミュニケーションが取りにくくなった一時期、AさんとBさんはメールでやり取りをしていた。

「正面からマルチやトンデモに反対しても返事がないので、彼女に“彼女が信じていることを自分にも教えてほしい”と伝えてみたんです」

すると、BさんはAさんに少しだけ心を開いたようだった。

メールは「自分の価値観を曲げられず」、Aさんに不愉快な思いをさせたことについて「ごめんなさい」と述べるところから始まっていた。

筆者が直接確認したメールの中には「洗濯物がなかったけれど、洗濯はできていますか」「生活はどうしていますか」など、Aさんを気づかう文面もあった。

しかし、健康情報については、やはり頑なだった。例えば「うつ病の人は栄養不足」「脳にたんぱく質がしっかりあると改善される」という説。

科学的根拠は疑わしいが、“「うつ病 たんぱく質」と検索すると出てきます”と、やはりネットから情報収集していることがわかった。

また、「図書館の本や助産院で得た知識」を、マルチの仲間が「みんな知っていた」ことで「質の高い情報がある」と、信頼を深めたこともうかがえた。

浮かび上がるのは「信じたいものを信じたいように信じる」Bさんの姿。他にも、科学的根拠よりも自分の体験を重視する傾向も垣間見えた。

Bさんのメールには、こんな言葉が並んでいた。

“プロテインは本当にすごいと思っています。飲んだらすぐにわかります。”“使ってみてやっぱりよかった。なるほどなと思いました。体感したんです。”

“他社との比較とか、成分を細かく調べたりとか、しないですよ。○○(マルチ)をやっている人が好き!キレイ!パワフル!オッケー!やる!そんな感じです。”

こんなやりとりも、Aさんが「トンデモ」の科学的根拠を求めたことで、やがて立ち消えになってしまった。

Aさんは今、何を思うのか。口をついたのは「娘には申し訳ない」という言葉だった。Bさんには「娘のためにも目を覚ましてほしい」とした。

Aさんにとって気がかりなのは、やはりBさんとの子どものことだ。「彼女は熱が出ても子どもを病院に連れて行かないし、ワクチン接種もしません」(Aさん)

「それだけでなく、幼稚園のお母さんたちにも洗剤なんかを売っていたようです。そのことは子どもにも伝わっていました」

母親が他の母親から距離を置かれてしまったことで、子どもの「友だちも減ってしまっただろう」とAさんは心配する。

Aさんは離婚直後から睡眠導入剤を服用しているそうだ。今でこそ落ち着いたものの、以前は「気が狂いそうだった」と振り返る。

「自分の稼いだお金を100万も200万もトンデモに使われて、働くのがバカバカしくなって、しばらくして会社も辞めてしまいました」

失業保険で食いつないでいたが、今はそれもなくなり、最近バイトを始めた。現在はSNSで「トンデモ」な健康情報やマルチの問題を発信している。

Bさんについてはどうか。Aさんは「もともとは彼女は人が良く、誰にでも好かれるタイプ。トンデモな健康情報にハマって、人が変わってしまった」という。

「一度、彼女が自分の友だちに“変だよ”と言われたと、怒っていたことがあります。そのときはわからなかったけれど、おそらく健康法の話をしたのでしょう」

「周囲の理解を得られないからか、彼女はすぐにイライラするようになり、性格が豹変してしまいました」

なぜ、Bさんは「トンデモ」な健康情報にハマってしまったのか。Aさんは「彼女は肯定してほしかったんだと思います」と話す。

「注意してあげる人がいればよかったのか……。いや、注意はしていたんです。今思えば、彼女はきっと、“そうだね”って肯定してほしかったんだと思います」

Aさんによれば、Bさんは「肉親と死別」したり、「その後の家庭環境が複雑」になったりと、長らく人間関係の困難を抱えていた。

愛情不足により、承認欲求が高まり、自己肯定感が下がる。Bさんの寂しさを埋めるように「トンデモやマルチが入り込んでしまった」とAさんは考えている。

しかし、寂しさであれば、夫であるAさんにも埋められたはずでは。そう筆者が言うと、Aさんはしばらくためらった様子を見せ、次のように答えた。

「トンデモを信じることで、仲間からは“真実に気づいた”と絶対的に肯定してもらえるんです。彼女はそれを求めていたのかもしれません」

「トンデモを信じる人たちは団結力がある。止めさせようとする力より、抜けさせまいとする力の方が強い。私はその前で無力でした」

そのような人たちは、やはり、お金儲けのために人を食い物にしているのだろうか。「それもあるでしょうが、それだけではないと思う」とAさん。

「実際にトンデモを信じ、周囲に勧めている人たちは、それが生きがいになっているんです」

「トンデモの実践、伝道により、承認欲求が満たされ、自己肯定感が得られてしまうのだと思います」

きっかけは「コーヒー浣腸」のように、メディアで取り上げられる奇抜な健康法の1つだった。しかし、Aさんの家庭では、それがエスカレートした。

「がんの治療法がトンデモなら、みんな指摘するでしょう。でも、白砂糖や牛乳、冷えとりくらいであれば、身の回りにも信じている人はいるはずです」

「夫婦そろってトンデモにハマっている人もいます。自分がたまたまそっちに行かなかっただけ、と考えると、本当に怖いです」

些細なきっかけであっても、その先には深い闇が広がっている。

取材後、お腹周りを気にしてトクホの飲料を購入するとき。「目が疲れたから」とブルーベリーのヨーグルトを選ぶとき。

筆者はAさんの「誰も無関係ではありません」という言葉を思い出す。


Seiichiro Kuchikiに連絡する メールアドレス:seiichiro.kuchiki@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here.