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【密着60時間】患者を断らない救命救急(2) ERの正念場で命運を分けるもの

高度専門化する医療のさまざまな課題。ある救命救急ERを密着取材し、現場の様子を紹介する連載の第二回です。

「救急搬送は断らない」という方針を掲げ、年間約1万台の救急車を受け入れる、愛知県豊明市の藤田医科大学病院ER(救命救急センター)。一般的には重症患者にのみ対応する大学病院のERとしては異例で、「藤田市民病院」と揶揄されることも――そんな同院ERに密着取材を実施。記者の目に映った現場の様子を紹介します。


「野球と一緒です」

「記者さんはこっち(豊明)で夕飯、何を食べてるんですか?」「チェーン店しかわかるところがないので、ファミレスかコンビニですね」

多忙を極めた前日から一転、その日の藤田医科大学病院ER(救命救急センター)は比較的、落ち着いた雰囲気だった。昼前、スタッフ用の休憩スペースで後期研修医の山田さん(仮名)と、こんな会話ができるほどに。

初期研修を終え、救急医になることを決めたばかりの山田さんは、ERでの仕事を「野球の打線と一緒」と表現する。

「忙しい日に当たるも当たらないも運。〇〇(贔屓の野球チーム)打線みたいなものですよ。水モノです」

落ち着いた雰囲気のERでは、上級医が研修医にCT画像の読影方法をレクチャーしたり、書類業務をこなしたり、スタッフ同士で雑談したりと、それぞれが思い思いに過ごしているようだった。

岩田充永さん提供(加工は編集部)

想像よりものんびりしている――それが記者の正直な感想だった。日勤のERリーダー医師・田中さんに「今日は落ち着いてますね」と声をかける。

「今は落ち着いていても、この後どうなるかはわからんね。山田先生、今のうちに飯、行っておいでよ」

「そうすね、これ(カルテ)終わったら」――10分後、田中さんの予感は突然の館内放送によって、現実となった。

「コード・ブルー、コード・ブルー。レストピア(院内施設)で男性が転倒。周辺のスタッフは至急……」

放送を聞き終わるより前、弾かれたように動き出したスタッフがいた。

山田さんだ。

先程まで、椅子の背もたれの可動域いっぱいに、だらしなくもたれかかっていたとは思えない素早さだった。「行ける? 行こう」研修医を連れ、駆けていく。

同院におけるコード・ブルーとは、病院を含めた敷地内で発生した緊急要請。スタッフが走るか、距離があればドクターカーで向かう。基本的に、ERの医師が対応する約束だといい、館内放送がかかると誰かがすぐに動かなければいけない。

戻った山田さんに「速かったですね」と伝えると「場所、わかるんで」と事もなげに言う。

「ボール」が来たときの反射神経は、まさにアスリートのそれだった。

「野球選手みたいでしたよ」「そんないいもんじゃないっすよ、仕事なだけです」

すべての時間、医療者たちが気を張っているわけではない。しかし、その体にはプロとしての意識が染みついている。オン・オフの切り替えの瞬間を見た、貴重な機会だった。

ERに運ばれたコード・ブルーの患者は、インフルエンザA型陽性。めまいによりふらつき、転倒したとのことだった。「わー、ノーガード(感染防御をしていない状態)で接触しちゃった」とぼやく山田さんを、田中さんが「まあ仕方ないね。よく走ってくれた」とねぎらう。

山田さんが昼食を取ったのは、結局その2時間後だった。

プロたちの日常

夕方のER。救急車用の入口が開いた直後から、強烈な異臭が鼻についた。すぐにそれとわかる、排せつ物の臭いだ。

80代前半の女性患者、Cさんは「倒れていた」と消防から連絡があった。前日の朝に家を出て以来、行方不明になり、警察にも相談されていた。この日の午後になって、自宅付近で倒れているのを発見。診断はされていなかったが、認知症もあるだろう、ということだった。

総務省消防庁のデータ(2017年)によれば、高齢者の救急搬送は約337万人で、全体の58.8%を占める。高齢者の割合は年々、増加しているという。

時節は冬、体は硬直し、思うように動かせなくなっていた。その間、丸一日以上。排せつ物はすべて、衣服の中に溜まっていった。

「倒れてたことは覚えてるんかね」「どこ行こうとしてたん?」スタッフたちは動じない。テキパキと治療を始める。

「あらーパンツ、うんこまみれだから、もう捨てていいですかね?」「おしものところ洗いますねー」

下腹部に精製水をかけながら、慣れた手つきでシートを使い、清拭していく。汚れたシートが傍らに山を築いた。

ERに排せつ物の臭いが充満する。隣室の付き添いの家族が困惑した様子で、チラチラと視線を送っている。それでも、顔をしかめるようなスタッフは一人もいない。

岩田充永さん提供(加工は編集部)

Cさんの処置をしていた研修医が「MRIかな?」とつぶやいた。近くでペットボトルのフタを開けようとしていた田中さんがそれを聞きつけ、慌てて飛び込み「ちょっと待って! ペースメーカー入ってる(*)」と制する。

*MRI非対応のペースメーカーでは誤作動や発熱の危険性があるため、装着者のMRI検査は禁止されている。

田中さんはCさんの様子を確認しながら、汚れたシートの山の前で、そのまま水をごくごく飲み干した。

「臭いは気にならないものですか?」

近くの研修医に聞いてみた。「あー」と一瞬、考えて「慣れちゃいましたね」とサラリと答える。ERを見渡すと、淡々とカルテを記入する医師、勤務当番について話し合う看護師。

介護などが身近でないと動揺してしまう臭いも、プロたちにとってはいたって普通の日常であるようだった。

その後、救急搬送は続かず、夕方になった。同院ERでの医師の勤務は本来、8時すぎから17時頃までだ。

同院救急総合内科の医師は約30人。2012年の資料ではあるが、厚生労働省によれば救急の専従医師数は、平均で9.5人、中央値が8人。同院の救急では比較的、多い医師の数を確保できている。

数の力がシフト制を実現させ、このように落ち着いた日が来ることもある。

山田さんは18時前に「今日は自分で夕飯を作ります」と言って、帰っていった。

ER医師のジンクス

しかし、別の日の取材中、どうやら「落ち着いていますね」は禁句だったことがわかる。記者と後期研修医の近藤さん(仮名)の間で、こんなやりとりがあった。

「今日は落ち着いてますか?」「今はすごく落ち着いて……、あっ、でも、落ち着いてるって言うとバンバン救急車が来だすっていうジンクスがあって」

「えっ、ごめんなさい」「いえいえ、だから研修医が“落ち着いてる”って言ったらチェック入れます(笑)。代わりに“今日はいい日だね”って言ったりします」

振り返ると、この日は「いい日」ではなかった。心肺停止(CPA)患者の搬送が続出したのだ。

夕方、CPAで救急搬送され、そのまま亡くなられた患者を載せたストレッチャーが、記者の目の前を横切っていった。

行き先は「洗体室」。御遺体をきれいにする部屋で、ERと同じ建物内にある。亡くなられた方は、頭までタオルケットをかけられ、ERから出る。青白い足の裏だけが、その隙間から見えた。

Getty Images(加工は編集部)

それから30分も経たないうちに、もう一人、CPAの搬送が決まる。声には出ない「またか……」という雰囲気を打ち消すように、ムードメーカーの看護師・佐藤さん(仮名)が「やるよ! CPA来るよ!」と大きな声を出した。

「ほら、先生たちも準備して!」パンパンと手を叩いて座っていた医師たちを追い立てていく。

前述のCPA患者の死亡診断書を記入して、帰る支度をしていた田中さんが、バッと白衣を脱いで、スクラブ(半袖Vネックの医療用作業着)姿になる。退勤時間は過ぎているが、準備に加わるようだ。

田中さんからリーダーを引き継ぐ、夜勤リーダー医師の瀬川さんも「よーし」と言いながらゴム手袋をはめる。

と、それぞれに研修医から上申(サポート要請)が。田中さんは研修医と一緒に別の患者のCTを読影し、瀬川さんは幼児の熱性けいれんの診察をする。

「このCTのこの部分が……」「どれどれ」「イヤァアアアアアアアアア」「どうしたの〜?」

すべてが同時に、粛々と進行していく。ここではマルチタスクが当たり前なのだ。

10分後、80代前半の男性患者、Dさんが到着した。救急車の中で意識を回復したDさんは、看護師の呼びかけにも答えられる。

医師2人が心電図を読み、看護師と研修医が服を脱がし、また別の研修医が太ももの付け根の動脈から採血、別の看護師が点滴の経路を確保する。人数は10人ほどいるが、全員がとてもスムーズな手際だ。

応援として到着した循環器科の医師が、心臓のエコーを撮り始めた。すぐにカテーテル検査をすることになり、カテーテル室へ。

この間、15分もかかっていない。Dさんを送り出し、ERに束の間の休息が訪れたかに思われた、その直後のことだ。

「ここが正念場や」

日頃、ERを明るく盛り上げる佐藤さんも、さすがに間が悪いと思ったようだ。

「……CPA来るって」この知らせを聞き、他の看護師たちもザワザワと口を開く。「またぁ?」「今日5人目。お祓い行ってくるわ」「おかしいな、あと30分(で勤務終了)なのに……」「これ帰れないパターンじゃない?」「お茶、飲んでおこう」「水分補給しとかんとね」

「ここで取らんかったら意味がない、正念場や」瀬川さんが声を張る。

50歳代男性患者のEさんが到着したのは、その20分後。救急隊員から「個人情報は何も得られませんでした」と伝えられ、瀬川さんが「えっ、困ったなぁ」とぼやく。

救急隊は現場に到着すると、家族に聞き取りをしたり、身元がわかるものをあらためたりして、患者の情報を得る。ERはその情報をもとに、最初のカルテを作成する。

人間の見た目から得られる情報というのは、身体的な性別などで、意外と多くない。身元不明では、年齢や病歴など、治療に必要不可欠な情報が得られないのだ。

Eさんの場合は、本人が119番通報をした後、そのまま意識を消失したようだった。CPA状態で発見されたとき、免許証などは見当たらなかった。

後からわかったことだが、兄弟はおらず、両親はそれぞれ他界、施設に入所していて、自身は独身。親戚と連絡がついたものの、遠方に住んでいて、Eさんの年齢すらあやふやだった。

Getty Images(加工は編集部)

胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしながらERに運ばれたEさん。佐藤さんが「ベッドに移したら(状態の)評価よー!」と呼びかける。心肺蘇生の手順においては、決められた時間毎に、その状態を評価しなければならない。今回もまた、10人がかりでテキパキと処置をしていく。

「心マ続けて!」「ボスミン(アドレナリン)用意」「テープ取って。……違うそれじゃない!」「3・2・1、評価!」「エーシス(心静止)、いやPEA(無脈性電気活動)」「挿管します!」「心マ代わって」「針ちょうだい」「どれ?」「太いやつ」「持ってくる」「……はい、評価ァ!」

来院時に脱がされた服の下で、Eさんの下腹部が、心臓マッサージにあわせて左右に揺れる。メトロノームのようなその運動が、緊迫した光景から現実味を失わせていた。

定期的な看護師の「評価ァ!」の声で、記者は我に返る。応援の循環器科医師が、胸腔内に針を刺し、貯留した血液を吸い出す。

「循環器の先生がいいって言ったら、お前が心マ再開な?」瀬川さんが研修医に指示を出す。看護師が「アドレナリン4投目です!」と知らせる声に、瀬川さんが「今、何分?」と反応する。

「到着から19分ですね」と看護師。瀬川さんは「あと10分やって、ダメだったら、な」と、死亡認定が近いことをチームに告げる。

スマホから、Eさんの名前と、親戚の連絡先が判明した。早速、電話をかける看護師。

「藤田医科大学病院ERですが、Eさんのご親戚の方でいらっしゃいますか? 今、Eさんは緊急性の高い状況でいらっしゃいまして……」

胸の穿刺箇所から漏れる出血が左脇へ伝い、血の跡を何筋も残している。瀬川さんが電話を代わった。

「はい……はい……はい……そうですね、蘇生処置を開始してもうすぐ30分になります。蘇生処置の限界の時間が迫っているということです」

やがて、蘇生処置は打ち切られた。スタッフが三々五々、別の仕事に戻っていく。ため息とともに、ディスポ(ーザル;使い捨て)のゴム手袋を手から引き抜き、ゴミ箱に放り込む。

その日、消防からの電話は、夜が更けても鳴り続けていた。

ERの「リズム」

ERにおいて、何が患者の命運を分けるのか。重要なのは「リズム」であると、同院ERを束ねる救急総合内科教授の岩田充永さんは話す。

事故による外傷で臓器から出血している患者の搬送に同行していたときのことだ。搬送先は血管造影ができる、院内の特殊な手術室。ERがある1Fのエレベーターホールは少し、混雑していた。

岩田さんがやや厳しいトーンで「先に2Fに行ってエレベータを止めておいて!」と看護師に指示を出した。走る看護師の背中を見ながら、岩田さんは「院内の移動は実は大きなリスク」と説明する。

「手術室のスタッフは患者が来てからが自分の仕事だと思っています。一方、ERのスタッフにとって院内の移動は、自分の仕事がひと段落するため、気が抜ける瞬間でもあります」

そのため万が一、移動中に急変してしまうと、取り返しのつかないことが起きかねない。だから「スムーズな移動を徹底する必要があります」。

岩田さんが指示を出した理由は「(ERのある)1Fからエレベーターに乗るときに、もたついてリズムが悪かった」から。そこで、手術室への乗り継ぎ先(2F)のエレベーターでは「時間のロスがないように、スタッフに待機してもらいました」。

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このリズムこそ、岩田さんによれば「ERで一番、大事」。

「“この人は絶対に助かる”っていうときは、リズムがいいんですよ。“あれやってる?”“はい!”“よっしゃ!”というリズム」

しかし、「想定外のことが起きるのがER」(岩田さん)。「そもそも心肺停止から時間が経って運ばれてくる」「救急車内で急変する」など、ERのスタッフが最善を尽くしても、不可避のトラブルもある。

「だからこそ、コントロールできることは、できるだけスムーズに、リズムを創り出すことが大切」と岩田さん。

「そのためにはスタッフの数の確保も必要だし、例えばERと手術室の距離を近くする、といった病院の設計も必要です。その実現のためには、院内他科との関係、病院の経営層との関係を構築していかないといけません。ようやく、そういった努力が実を結びつつある、というのが現状です」

患者を救うために求められるプロ意識は、医療技術の範疇にとどまらないようだ。



多くの勤務医が過労死ラインの前後で働く現状を背景に、医師の働き方改革の議論が盛り上がっています。一方で、医療の現場で実際に何が起きているのかは、世間にはあまり知られていません。

医療者たちはただ過重労働にあえいでいるのではなく、日々、プロフェッショナルとして患者の命を救いながら、生命倫理と社会的要請との間で葛藤し、自身も一人の人間として、理想の働き方を追い求めていました。

どんな議論も、その実際の様子を知ることから始まります。そこで、BuzzFeed Japan Medicalでは、記者の朽木誠一郎( @amanojerk )が藤田医科大学病院ERに一週間の密着取材を実施。医療現場の様子を紹介します。

Contact Seiichiro Kuchiki at seiichiro.kuchiki@buzzfeed.com.

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