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ヒントは電車の路線図にあった! 難しい医療情報をわかりやすく解説するコツとは?

難解な専門的情報をわかりやすく伝えるのって大変です。積極的にSNS・ブログなどで医療情報を発信しており、ツイッターで2万人を超えるフォロワーがいるがん研究者の大須賀覚さんが、そのコツを披露してくれました。何とそのヒントは電車の路線図!

医療の急速な発展に伴って、その内容はどんどん複雑で高度なものとなってきています。治療を正しく理解するためには多くの専門的知識を要し、一般の方が短期間で理解するのはとても難しくなっています。

医療者は治療を行う前に患者さんと家族に、治療の効果や副作用などを説明しますが、短い時間で分かりやすく説明することはとても大変です。また、病気の予防・治療についてネットや書籍上で情報発信する際も、限られた文字数で分かりやすく解説することはとても難しい現状があります。

医療情報を伝える難易度は以前に比べて飛躍的に上がってきています。

医療情報の伝達が難しくなるにつれて、これに伴うトラブルも増加しています。病院では医療者と患者・家族とのコミュニケーションがうまくいかずに、医療不信を来たし、関係が悪化して、訴訟などのトラブルに陥ってしまう、不幸な事態も度々起こっています。

また、ネットや書籍での情報発信においては、その解説の難しさから、分かりやすい医療情報が不足する事態を招き、現代医療がよくわからず信用できないと思う人を増やしてしまっています。

逆に、極端で単純明解な嘘の医療情報が魅力的に感じてしまい、反科学的アプローチに惹きつけられる人を増やす要因ともなっています。

そんな現代社会では、高度な医療情報をいかにして、わかりやすく正確に伝えるかということはとても大事なことです。

しかし、それに関した教育というのは十分には行われておらず、医療者が体系的に学ぶ機会はほとんどなく、先輩に教わったり、独学で学んだりしているのが現状です。

私自身も体系的に学習した経験はなく、かつて病院で医師として働いていた際の経験や、ツイッター・フェイスブックなどでの自身の情報発信を通して、皆さんの反応や意見を見つつ、苦労しながら独学で勉強してきたというのが現状です。

今回、今までの情報発信で気づいた自分なりのコツの一端をご紹介したいと思います。特に「どのように情報の簡略化」をするのかという大事な点にフォーカスして解説したいと思います。

多くは簡略化の過程で間違える 

専門的知識というのはもちろん膨大で、それを専門的知識がない方に、短時間で説明しようと思えば、壮絶な簡略化をしないといけません。

例えば、がんとはどういう病気で、どのように治療するのかを解説しようと思ったら、毎週2時間の授業を1年間やっても足りないくらいの知見があるわけですが、それをわずか15分ほどで伝えるようにまとめることになります。10000ある知識のうちの、5〜10程度のことのみを伝えることになります。この情報の簡略化が重要課題です。

よく起こしてしまう間違いは、10000を10にするなら、自分がそのなかで大事と思うものをピックアップして、それを伝えれば良いと考えてしまうことです。ただ、「重要」という指針が自分の考えに基づいてしまうことが問題です。

路線図から見えてくるシンプル化のコツ

ここでちょっと話を変えて、鉄道路線図の話をしたいと思います。電車に乗ると路線図を見ることがあるかと思います。いつも何気なく見るものですが、あれにはたくさんの賢い手法が隠されています。私は医療情報の伝え方を解説するときに、良く路線図を使って説明します。

患者さんは電車に乗っている人で、医療者は電車を運行する会社で、説明する作業は路線図を示すことだと考えてみてください。

路線図は地図ですが、よく見ると、もはや地図ではありません。電車が走る方向は実際にはこうではないです。西に向かうと書いていますが、実際には北西や南西にうねりながら走っています。

また、駅と駅の間も同じ距離に書いてありますが、実際の駅間の間隔は均等ではなく、長かったり短かったりします。そのあたりは事実とは異なって記載されています。

要は不正確です。

ただ、路線図は電車を利用する上では大変に便利です。もし、今言ったように全部が正確に書かれていたら、ぐちゃぐちゃした路線図になってしまい、何駅目で降りたらいいのかがわからなくなってしまいます。また、行きたい駅に行くのにどう乗り換えたら良いのか迷ってしまいます。

これこそが、受け取り側に合わせた情報の簡略化の好例です。

電車に乗っている人が必要とするのは何駅目で降りるべきか、どこで乗り換えるかという情報で、電車が進む方向とか距離とかは、乗っている人にはほぼ不要な情報です。この駅間は何キロで走るとか、どこでブレーキをかけるかは運転している人には重要ですが、乗っている人には不要です。

路線図は無駄な情報をできるだけ無くして、電車に乗る人にとって必要十分な情報がすぐにわかるようになっています。

これはイギリスの製図技師のハリー・ベックという人が考え付いたデザインです。

それまでの鉄道路線図はもっと複雑なもので、それには駅の位置・駅間距離が正確に書かれていて、周辺の川や公園まで載っていて、電車に乗っている人にはどこで降りるのかが、とてもわかりにくいものだったそうです。

それがこのようにシンプル化したことで、とても便利なものとなり、その後も世界中で何十年も使い続けられることとなりました。

簡略化のコツは受け手にあった

情報を簡略化することは自分自身なのですが、実はその簡略化は受け手側の目的に合わせないといけないです。医療者が何となく知識のなかでこれは大事なことだとか、これは説明しないといけないとか、医療者目線で情報を選んでいるうちは良い説明にはなりません。

受け手側の患者が治療をスムーズに進めるためには、何の情報を知る必要があるのかを真剣に考えないといけません。

例えば、がん治療の説明では、このがんにはどのような病理学的種類があって、どのような遺伝子変異があって、それぞれにどの薬剤が効果的で、それをどのように組み合わせるとどうなるのかが医師にとっては重要です。

もちろんそれも大切な情報です。

しかし、患者さんにとっては、自分にはがんに伴ってどのような症状が今後でるのか、治療の副作用は大変なのか、入院する必要はあるのか、お金はどのぐらいかかるのか、働けるのか、どんな食事を食べれば良いのかなど、自分に直接影響することや、自分の行動判断に関わるものがとても大事です。全く違うことが重要であったりします。

電車のメカニズムや、運行する仕組みを詳しく聞きたいのではなくて、何駅目で降りて、どう乗り換えれば良いのか、費用や時間はどのぐらいかかるのかが大事だったりします。

ブラックボックスのままで良いものと悪いものがある

電車に乗っている人は通常、電車の構造とか、運行の仕組みを詳しく知りたいとは思いません。それは知らなくても乗っていられますし、目的地に到着できます。つまり、それはブラックボックスのままでも構わない情報です。しかし、ブラックボックスのままでは困る情報もあります。

例えば電車に乗っていて、急に電車が止まってしまったとします。車内の照明が消えて真っ暗になってしまったとします。当然、不安になります。何が起こっているのか知りたくなります。何かトラブルが起こった時には、電車が止まっている理由を知れることが安心に繋がります。

治療の副作用や合併症を説明することはこのことに似ています。病気の詳しいメカニズムまではいらなくても、患者自身に起こる可能性があるトラブル(合併症)を事前に知らせてくれていれば、これが言われていたものかと慌てずに受け止められます。

今日は強風が吹いていて、電車の運行が危険なので、あの駅で止まるかもしれませんと、事前に一言知らせておいてもらえれば、たとえ止まっても心配しなくて済みます。

患者自身に起こるトラブルをうまく予見して、事前になぜそのようなことが起こるのか、その予防や対処として何をしているのかなどを知らせておくことで、患者さんは安心して治療を続けられます。このことがスムーズにできる医療者は患者さんとの良好な信頼関係を築くことができます。

わかりやすさと正確性のはざま

医療情報の解説は正確であることが大事といわれます。たしかにその通りです。しかし、正確さをおかしなところに求めてはいけません。

路線図に駅がもらすことなくのっていて、乗り換える駅がどこなのかは正確であることが必要です。しかし、電車の運行システムとか、ブレーキはどうなっているとか、目的地にいくために不要な情報を盛り込むことをしては、目的地にスムーズに着けなくなってしまいます。

正確な簡略化を行って、絶妙なバランスを保ち、正確な地図ではないけど、結果として無駄なく迷いなく、安心して正しい目的地につくように導いてあげる必要があります。

私が情報発信をしていると、専門家の方から「これは極解だ」とか、「不正確だ」といわれてしまうこともあります。

たしかに路線図は正確な地図ではありません。その通りなのですが、治療という旅を続ける患者にとって望まれる路線図を示しているのであって、専門家向けの路線図でないことを理解してもらわないといけません。専門家向けであれば全く違う路線図を提供することになります。

患者の気持ちにどれだけ寄り添えるか

今回は、難しい医療情報をわかりやすく解説する際に大事なコツの一端を解説させてもらいました。

いろいろと書きましたが、結局言いたいことは「いかに患者さんの気持ちになれるのか」ということに尽きます。

これは言葉でいうのは簡単ですが、実際に行うのはとても難しく、多くの経験を要します。これを叶えるためのコツとしては、「患者さんの声を率直に聞く」ことが大事です。医療者側は完全に患者さんの知りたいことを予想するのは難しいです。聞くしかありません。反応を見るしかありません。

また、患者さん個人の生活様式・背景や、治療の経過によっても、知りたいことはどんどん変化していきます。いつも同じ説明ではなくて、患者さんのその時に知りたいことに常に注視する必要があります。

さらに、医師には言いづらいこともありますので、他職種の人の力や、時には家族の力もかりて、患者さんがなかなか言えない不安な気持ちを聞き出し、それに対する適切な情報提供をすることが大事だと思います。医療は一人で作るものではありません。みんなで支えていくべきものです。

ネットでの情報発信の場合には、「いかに患者さんのニーズにあった情報を提供できるのか」が大事で、そのためには反応を真摯に受け止める必要があります。「難しくてわからない」「これではなくて、あちらのことをもっと知りたい」などの意見を真面目に見ることが大事だと思います。

相手を思いやる気持ちのこもった情報伝達を行えると、お互いの気持ちが繋がり、信頼関係ができて、お互いが安心して治療を進められるようになると思います。

もちろん情報伝達の仕方にも色々な方法があり、完璧な答えがあるわけではありません。あくまで今回紹介したのは私なりの一つの方法です。自分なりのやり方を追求されても一向に構いません。

今回ご紹介させてもらった簡略化のコツが何かの役に立ったという方が少しでもでてくだされば本当に嬉しいです。信頼し合える医療が広がることを心から祈っております。

【大須賀覚(おおすか・さとる)】 米国エモリー大学ウィンシップがん研究所 がん研究者、医師、医学博士

2003 年、筑波大学医学専門学群卒。かつては日本で脳腫瘍患者の手術・治療に従事。その後,基礎研究の面白さに魅了されてがん研究者(専門は脳腫瘍)に。14 年より、米国で難治性脳腫瘍に対する薬剤開発を行っている。臨床と基礎研究の両面を知る背景を生かし,一般向けに癌治療を解説する活動も行っている。公式ブログ「がん治療で悩むあなたに贈る言葉 アメリカ在住がん研究者のブログ