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ノーベル賞受賞の免疫療法はどんな治療か? その効果・副作用のメカニズム

効果の定かでない"免疫療法"に騙されないために知るべきこと

この度、本庶佑先生と、アメリカのジェームズ・アリソン先生がノーベル医学・生理学賞を受賞されました。

今回の受賞は、新しい免疫制御機構の発見と、そのメカニズムをターゲットにした新しいがん治療の発見に対してでした。今回の受賞をきっかけに、がんに対する免疫療法が大きく報道されており、大変な注目をあびています。

ただ、今回の受賞理由となった免疫チェックポイント阻害剤をはじめとした免疫療法というのがどのような治療なのか、多くの方が正確には理解されていないと感じています。「オプジーボ」が何のがんにでも効く魔法の薬のように紹介されて、その有効性の限界や、注意すべき副作用などが正確に理解されていないと感じます。

今回の受賞を機に、“免疫”という言葉自体も強い魅力を持ち、「免疫力を高めてがんを治す」などといった言葉とともに、効果の定かでない食品などの販売がさらに広がっていると危惧しています。

また、今回受賞した免疫療法ではない、有効性のはっきりしない免疫療法も一緒くたにして、「ノーベル賞受賞の“免疫療法”」と宣伝されて、高額の自由診療として販売されている事実も看過できません。

そこでこの記事では、がんと免疫の関係とはどのようなものなのか、ノーベル賞を受賞した免疫チェックポイント阻害剤とはどのような薬剤で、どのような効果と副作用があるのか、自由診療で行われる免疫療法とはどう違うのかなどについて、一般の方向けに解説したいと思います。

免疫とは何か?

最初に、免疫とはどういうもので、がんとはどのような関係があるのかについて解説します。

体の中には「免疫細胞」というものがあって、体の中を常に監視しています。免疫細胞は体の中に入ってきた細菌などの異物を見つけて撃退するとともに、体の中に出現してしまったおかしな自分自身の細胞も発見・退治しています。免疫細胞は体の中を監視して、秩序を保つ警察官のようなものです。

この免疫細胞はがんに対しても重要な働きをしています。

がん細胞というのは、体の中にある正常な細胞がおかしくなってできます。細胞は遺伝子という設計図みたいなものを持っていて、これに基づいて正常に機能しています。

この遺伝子に傷(遺伝子変異)が入ると、細胞がおかしくなってしまい、がんの元となる細胞となります。この遺伝子異常を起こす原因はタバコやウイルスなどの外的な要因や、細胞分裂時に偶然入るなどの内的な要因があります。

体はそのようなトラブルも想定しているので、おかしくなった細胞は自然に排除されるように、様々なプログラムが細胞自体に組み込まれています。また、壊れずに残ってしまったものは免疫細胞が捕まえて殺すようにできています。

体の中には膨大な数の細胞が存在しますので、かなりの数のおかしな細胞が日々生まれていると考えられていますが、人はこの免疫細胞をはじめとした監視システムのおかげで、がんが発生する可能性を低く抑えています。

がん細胞が免疫細胞から逃れる作用

ではなぜ、そのような正常を保つメカニズムがあるのにがんは起こるのでしょうか? かつてから言われてきたのは、高齢になってくるとおかしな細胞が発生する割合が増加して、また免疫機能も弱まってしまい、おかしな細胞を殺しきれなくなって、がんが発生するというメカニズムです。

たしかに、このパターンはあると推定できますが、近年に見つかってきているのは、がん細胞がもっと狡猾なメカニズムを使っているという事実です。

がんの一部は体の中の免疫細胞の攻撃をさける新たな術を獲得して、それを使うことで、体の中に十分な数の免疫細胞があっても、それがしっかりと機能できなくしてしまいます。

がん細胞は表面にPD-L1に代表される「免疫チェックポイント分子」と呼ばれる特殊な構造物を出して、免疫細胞ががん細胞を見つけても攻撃しないようにしています。例えると、泥棒が警官に賄賂を渡して、捕まえられるのを見逃してもらっているようなものです。

がん細胞が免疫から逃れる術はこれ以外にもたくさん見つかっていますが、本庶先生らが発見した免疫チェックポイント分子はとても重要なものの一つと考えられています。

がん免疫について更に詳しい情報をお知りになりたい方は、インペリアル・カレッジ・ロンドンの小野昌弘先生が書かれている「がん免疫とはどのようなものか~がんの免疫療法を正しく理解するために」をご参考になさってください。

免疫チェックポイント阻害剤の効果

がん細胞は賄賂を渡すことで、免疫細胞に捕まることを防いでいます。

では、この賄賂手段を使えなくすると、がん細胞は免疫細胞に捕まってしまうのでしょうか?

答えはまさにYesです。

本庶先生は、PD-1という免疫細胞の表面にある分子(これががん細胞表面にあるPD-L1と接続する部位)を発見後に、これを抑える薬剤を開発して、がんに有効であるかを検証しました。

免疫チェックポイント阻害剤の働き

その結果、劇的な効果が見られました。

また、今回同時受賞しましたアリソン教授らは、別のタイプの免疫チェックポイント分子であるCTLA-4を発見して、こちらに対しての阻害剤も劇的な効果を示しました。

最も強い効果を示した皮膚のがんであるメラノーマでは、最も進行した患者ではかつては2年以上生存できるのが20%ほどだったのが、最近の報告ではPD-1とCTLA-4阻害剤の2剤を併用することで、なんと70%以上の人が生存できたと報告しています。

本庶先生らの発見によって難治がんが、まさに治せるがんに変わりました。これは本当に劇的な発見で、がん研究者や医者は本当に衝撃を受けました。多数の患者がこの発見によって救われ、その事実がノーベル賞の受賞につながったといえます。

免疫チェックポイント阻害剤はどのようながんに効くのか?

この夢のようなお薬ですが、いくつか解決しないといけない課題があります。

一つ目の課題は、この薬剤は全てのがんには効かないことです。有効性が確認されているのは一部のがんに限られます。現時点で効果が確認されて日本において保険承認がされている薬剤と適応を表にまとめておきます。この情報は2018年10月現在の情報です。

適応症は各薬剤の添付文書に表記されている情報に基づいています。

チェックポイント阻害剤は一部のがんでしか有効ではない?

上記の情報から分かるかと思いますが、現時点で適応となっているがんは、悪性黒色腫・腎細胞がん・非小細胞肺がん・ホジキンリンパ腫・頭頸部がん・胃がん・悪性胸膜中皮腫・尿路上皮がん・メルケル細胞がんということになります。

それ以外のがんは含まれておりません。それ以外のがんでは効果を確認中の場合もありますし、すでに試したが効果を確認できなかったなどの理由で、適応疾患には入っていません。

適応以外のがんに関しても、現在進行形で活発な臨床研究が行われておりますので、この適応疾患は変化を続けています。正確な現状に関しては専門医にご確認ください。

では、なぜこの一部のがんにだけ効果があるのでしょうか? これには理由があります。

さきほど説明した賄賂機構は全てのがんが使っているわけではありません。効果が確認されたタイプのがんは賄賂機構をフル活用しているタイプで、そのため良く効きます。

それに対して、有効性が確認されていないがんはこの賄賂機構を使っていないため、それを抑えても有効になりません。これには様々な理由が複雑に絡んでいると考えられていて、現在も積極的に研究が続けられています。

同じがんを持つ患者でも効果が異なる

もう一つの問題点は、オプジーボなどを同一がんに罹患している患者に投与した場合に、得られる効果が患者さんによって異なることです。

有効性が確認されているがん種でも、オプジーボ単剤では一般的に10~30%ほどの患者にしか効果が認められません。また、効果がある患者には劇的に効くのですが、効かない患者には全く効果を示さない、白黒はっきりした効果であることも、この薬剤の特徴です。

この理由は、適応となっているがん種では賄賂機構を使っているものが多いのですが、その種類であっても100%が使っているわけではなく、一部の患者さんの腫瘍でしか使われていないからです。

もう一つの問題は、どの患者さんが効果を示して、どの患者さんは示さないのかの予想が難しく、現在でも確固たる評価方法は確立していません。現在でも積極的な研究が続いています。

なぜ、再発に使うのか?

もう一つ、上の表を見てもらうと気がつくことがあります。

どうも適応にいろいろと但し書きが付いています。「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」と書いてあって、「非小細胞肺癌」の全てではないことが明記してあります。これはなぜでしょうか?

これはこのがんであっても全ての患者さんが適応になるのではないことを示しています。それ以外の状態の患者では有効性が十分に確認できていないことを意味しています。

「切除不能な進行・再発の」などと明記される意味は、切除可能であれば切除することがもっと有効であることや、初発時(がんが発見された時)の最初の治療として、オプジーボを単独で使った場合には、十分な有効性が示されていないということを表しています。

有効な薬剤なのになぜどの状態でも効くわけではないのでしょうか?

これはがんは局所にとどまっているか、他に転移しているか、どの治療を行った後かなどによって、がん細胞の状態もダイナミックに変わっているためです。

例えば、放射線治療や化学療法などの治療後には、がん細胞自体の遺伝子変異などの状態も変わり、一部のがん細胞では免疫細胞へ捕まりやすさが変化したりします。

がんという病気は一般の人が考えるほどシンプルなものではありません。治療の開始時と再発時でもダイナミックに変化し続けています。

そのため、薬剤を使うタイミングというのも大変に緻密な検証が行われて、適応が決まっています。適応されているがんだから早く使おうではなく、どのような状態がオプジーボを投与する最善のタイミングかは専門的な知識が必要です。この細かな但し書きには意味があることも忘れないでもらいたいです。

もちろん、この適応についても様々な条件を変えるとどうなのか、複数の薬剤を組み合わせると違うのかなどが検討され続けていますので、刻々と変化しています。ご自身の病気が適応になるかどうかについては専門の医師に必ず相談してください。

免疫チェックポイント阻害剤にはどんな副作用があるのか?

オプジーボはたしかに夢のようなお薬でした。しかし、気をつけないといけないのはその副作用です。

免疫チェックポイント分子という機構を使っているのは、実はがん細胞だけではありません。このシグナルは正常細胞も使っています。

本庶先生らの研究でも正常な体の中でこれがどのように使われているかを詳細に検討されています。マウスの中でこの免疫チェックポイント分子を抑えてしまうと、自己免疫疾患という、自分の正常細胞を攻撃してしまう病気を起こしてしまうことが確認されています。このことは実際の人への投与でも起こっています。

実は、免疫チェックポイントは正常な体では免疫機能の暴走を防ぐための、大事なシステムとなっています。免疫細胞は自分の正常細胞は攻撃しないように、精密なシステムで制御されているのですが、そのシステムの一つとして免疫チェックポイント分子は使われています。

そのため、この免疫チェックポイントというのは正常の体の機能を守るためには大事なもので、普段からある程度使われているものです。がん細胞はこの正常細胞が使っているシステムを悪用しているということになります。

オプジーボを投与すると、このお薬は体全体に影響します。それはがん細胞だけでなく、正常細胞にも影響を与えます。そのため、自分の免疫システムのブレーキが外れて、暴走を始めてしまい、自分の正常細胞を攻撃することが起きてしまうことがあります。

もちろん、薬剤の開発段階でこのようなことはわかっていたことです。できるだけこの副作用を出さない、最適な投与量・回数などが選ばれているので、副作用発生頻度はそれほど高くはありません。しかし、一定の割合で起こってしまうリスクがあります。

免疫チェックポイント阻害剤による副作用発生率をまとめた論文を基に、どのぐらいの頻度で何が起こるのかを記載しておきます。PD-1シグナルを標的にする薬剤を投与された3803例を検討した論文では、甲状腺機能低下(発生割合:5.6%)、肺炎(2.2%)、大腸炎(0.7%)、肝炎(0.2%)、下垂体炎(0.3%)などが起こっています。

頻度は低いのですが重い副作用が実際に起こっています。また、引き起こされる副作用も多彩です。これが原因で命を落とした患者も実際にいますので、使用する上ではこれらの副作用に迅速に対応可能な、多数の診療科が綿密に連携できる医療機関での治療が求められます。

免疫チェックポイント阻害剤を使う上での注意点

免疫チェックポイント阻害剤はたしかに有効です。今まで治療手段のなかったがん患者を救うことができています。

しかし、効果が望めるがんと望めないがんがはっきりと存在して、また適応となる疾患でも一部の患者しか効果を得られないことを知っておく必要があります。また、重い副作用が起こる可能性があることも重要です。

そのため、使用に関しては、効果・副作用リスクを正確に判断できる専門医による投与判断が必要です。

特に危惧しているのが、オプジーボが話題になったことで、この薬剤を有効性が確認されていないがんに対して、高額な費用を請求して自由診療として行うクリニックが存在することです。

それらのクリニックは正確な有効性・リスク判断をしているとは到底いえず、また投与量を科学的根拠に基づかずに変更したり、投与後の副作用管理が不十分なケースも見受けられたりします。大変に注意が必要です。

「免疫力」などの言葉に注意

今回、ノーベル賞を受賞したことで「免疫」「免疫療法」という言葉が大きく取り上げられています。これらの言葉を使った怪しい治療の宣伝や勧誘なども多々見られます。本当に気をつけてもらいたいです。

まず、気をつけてもらいたいのは「免疫力」という言葉です。ネットや書籍には、免疫力をあげる食品・食事方法などの紹介が山ほど見られます。これらの科学的根拠は薄弱です。

免疫は確かに重要ですが、これらの手法で、がん細胞を殺せるようになるほどの、大きな免疫機能の変化をさせることは困難です。実際に、特定の食品・食事方法が、十分ながん治療効果を得られて、標準的治療となっている例はありません。

そのため、免疫力をあげるというような表現がされている商品には十分に注意を払う必要があります。

他の免疫療法にも注意

免疫療法には長い歴史があって、免疫細胞を利用した多数の治療方法が開発されてきました。「サイトカイン療法」「ペプチドワクチン療法」「樹状細胞療法」など数多くの治療が試されてきました。

しかし、この歴史は失敗の歴史でもありました。膨大な数の臨床試験が行われましたが十分な効果を出すことはできませんでした。膀胱がんへのBCG療法や、腎がんへのサイトカイン療法のように、ごく一部は有効性を確認されて、標準治療となったものもあります。

しかし、その他の多くは効果を証明されるには至りませんでした。自由診療のクリニックで行われている免疫治療には、これらの効果が証明されなかった治療が多く含まれています。それは免疫チェックポイント阻害剤とは全く違うものですので、本当にお気をつけください。

効果が証明されているかを知る最も大事な点は「保険が適応される治療かどうか」です。保険診療で行える治療は確実な効果が証明されているものですが、自由診療で高額であるというものは効果が十分に証明されていないということになります。その点に留意してもらいたいと思います。

更に詳しい免疫療法に関する情報は、

国立がんセンターの免疫療法に関する情報サイト

日本臨床腫瘍学会「がん免疫療法ガイドライン改訂版(案)」

などをご参考になさってください。

【大須賀覚(おおすか・さとる)】 米国エモリー大学ウィンシップがん研究所 がん研究者、医師、医学博士

2003 年、筑波大学医学専門学群卒。かつては日本で脳腫瘍患者の手術・治療に従事。その後,基礎研究の面白さに魅了されてがん研究者(専門は脳腫瘍)に。14 年より、米国で難治性脳腫瘍に対する薬剤開発を行っている。臨床と基礎研究の両面を知る背景を生かし,一般向けに癌治療を解説する活動も行っている。ブログ:http://satoru-blog.com/