「ネガティブな自分を肯定する」力、西川貴教さんが芸能界で気づいたこと

    表現と経営を両立させるということ

    “悔しさ”こそが次に向かう自分の原動力、燃料になる

    西川貴教さん。T.M.Revolutionとしてヒット曲を連発する彼にはもう一つの顔がある。「経営者」だ。自らが社長を務める事務所で、イベントなどを手がけ、マネジメントを取り仕切る。

    表現もビジネスも原動力になっているのは「根っからのネガティブな性格」だという。なぜ一見、マイナス要素しかないネガティブな性格がプラスに転じるのか?

    スーツを着る理由

    東京都内、指定された会議室に西川さんが入ってきた。

    濃いグレーのチェック地できめた三つ揃いのスーツ、グレーの線がはいったストライプシャツ、ネクタイもグレーを基調に統一している。

    挨拶をしながら「スーツなんですね」と話しかけると、西川さんは軽く笑いながら「最近、スーツが増えましたね。アーティストの顔だけなら楽なんですけど、仕事柄、いろんな方と会いますからね」と答えてくれた。

    表情は、テレビで見せている「親しみ深い明るいキャラクターのアーティスト」ではなく、ビジネスを手がける「経営者」のそれだ。

    西川さんの新刊『おしゃべりな筋肉』(新潮社)には、明るいイメージとは異なるこんな言葉がある。

    僕は根っからネガティブな性格。

    “悔しさ”こそが次に向かう自分の原動力、燃料になる(中略)他人に嫉妬心を抱く自分のことを「ネガティブな性格がダメ」だと悲観することはありません。

    前向きに生きよう、という声はたくさん聞くが、その真逆にある後ろ向きな感情を肯定する。

    一体、どういうことなのだろうか?

    早速、質問を投げかけると、西川さんは冷静な表情になり、間髪入れずにこんな話をしてくれた。

    「いい曲を聴くと、いつも悔しい。嫉妬ばかりですよ」


    今でも、他のアーティストのいい曲を聴いたり、いいライブを観たりすると、いつも悔しいなぁと思いますよ。嫉妬ばかりですよ。

    僕も含めて、誰もが天才に憧れるじゃないですか。でも、僕は天才じゃないから、願っても、願っても天才の力は手に入らないんです。自分にはできない。

    経営者も同じで、ワンマンで個性が強くて奔放で……。でも、みんなから憧れられる人もいる。

    これも自分にはできない。そういう人を見ると、僕はこんなマジメにやっているのになぁって思って羨ましくなる。

    そこで、こう問いかけるんです。

    じゃあ、自分はどんなことをやりたいのか?

    天才と同じことがやりたいのか?

    いや、違うと。自分のやりたいことをやるために、何をするのかを考える。

    天才とは比較しない

    そしたら、自ずと天才とは違う部分を伸ばそうと思えるんですよ。天才とは比較しない。自分ができることを考える。そのほうが生産的ですよね。

    「羨ましいな、悔しいな。あんな力がほしいな」と思っても、その後に待っているのは諦めだけです。

    「あのアーティスト良かったから、次もライブに行こう、アルバムを買おう。あの経営者すごいな」で終わりなんですよね。

    こんな考えになったら、経営者もアーティストもやめたほうがいい。

    僕みたいに、すぐに他人を羨ましいと思ってしまうネガティブな人間は、徹底して、自分がやりたいことを考えて、それを実現させるために何かを積み上げていくしかないんです。

    自分の魅力や良い部分ってどこなのかを考えて、伸ばしていく。できないことや、足りないところがあってもいい。だって天才じゃないんだから。


    「ネガティブ」を突き詰める

    西川さんは、ネガティブであることを突き詰めることから、反転攻勢を始めるという。

    発言の背景にあるのは、自身の経験だ。著書にはこうある。

    西川さんは1991年、バンドマンとして上京した。バンドはメジャーデビューを果たすものの「成功」は叶わず、西川さんはバンドを脱退する。そのバンドは、1993年に解散することになる。

    そして、細々と一人で曲を作る日々が続く。後に「T.M.Revolution」としてミリオンセラーを連発して、時代の寵児になる西川さんからは想像もできない日々だ。

    この挫折経験が大きかった。

    「この世界では、言いたいことがあるなら、まず売れないといけないんです」


    いつも考えているのは、リスクが低くて、ハイリターンなものはないということです。ネガティブであっても、どこかで賭けないといけない。

    僕は一度、バンドで失敗していますから、全力で売れたいと思った。

    売れなくて悔しい思いを散々してきたから、売れたいという気持ちだけは、誰にも負けたくないと思ってきました。

    どれだけいい作品でも、どれだけうまい歌でも、どれだけ良い曲でも、聴いてもらえなかったら、気づいてもらえなかったら、届かなかったら普通の駄作と同じ扱いになるんです。

    なかったことと同じです。

    この世界では、言いたいことがあるなら、まず売れないといけないんです。

    でも、売れるための法則なんてあるわけないから、結局、できることを、目の前のことを一生懸命やるしかない。

    そして一度、売れることができたからといって、それで良いわけではない。

    ある程度売れたら、今度は維持しないといけない。

    ライブ、生放送はいまでも緊張

    浮上する力と、維持する力。これはまったく別の筋肉を使うんですね。

    浮上していく仕事は楽しかったけど、この世界には維持するための仕事っていうのもあって、僕はなんかやらされているような感覚があって苦手でした。

    でも、日本以外にも僕の曲を聴いてくれる方もいて、海外から思いもよらない評価をいただいたことがあったんです。

    そこで思うんですよね。

    自分で良い悪いとか、苦手とか不得意とかを判断するんじゃない。あとは聴いてくれた方が評価してくれる。大事なのは、全力でやりきることだって。

    僕はいまだにライブは緊張します。

    新しい演出を試すツアーの初日なんて特に緊張します。良いも悪いも、こればかりは蓋を開けてみないとわからないから。

    テレビの生放送もいつも緊張してばっかりですよ。できれば、僕だけ収録にしてほしいなぁと思うくらい苦しい。

    でも、聴いてくれるファンがいる以上、この緊張は避けては通れない。

    いつになっても苦手なんだから、全力でやるしかない。もう開き直りです。


    経営と表現の両立とは?

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    苦手なものを無理に得意にしようと思わずに「どんなことをやりたいのか」。自分への問いを考えながら、自身の音楽活動、芸能活動以外にも活躍の場を広げてきた。

    代表的なものは、出身地の滋賀県で主催している夏の野外フェス「イナズマロック フェス」だろう。

    チケット代は1万円を切っていて、曰く「採算度外視」だが、それは別の事業で補填するからできることだと強調する。

    ここでも、質問に答えるときの顔は社長のそれである。西川さんは経営者と表現者の両立をどう考えているのか。

    「やりたいことを言ったら、見積もりの束がドサッとくるわけですよね」


    経営と表現は地続きの部分もありますよ。会社の代表として振舞うというのは、ある意味で表現ですからね。

    でも、決定的に違うこともある。

    アーティストならこれがやりたい、あれがやりたいって、多少のわがままを言ってもクリエイティブな解釈となって許される。

    周囲が採算のことを考えればいいし、言いたい放題のほうがかっこいいかもしれない。

    でも、僕は自分で全部の責任を負うという道を選んだ。スタッフも背負っているわけです。

    損益分岐点を常に頭に……

    最後は自分で決めるから、何かの企画を動かすためには、バジェット(予算)も必要だし、費用もかかることも知っている。

    損益分岐点を常に頭にいれておかないといけない。

    やりたいことを言ったら、見積もりの束がドサッとくるわけですよね。

    アーティストとして、ステージに照明をもう少し欲しいなぁと思ったとします。でも、経営者としてはですね……。

    「あぁなるほど、(業者の)おっしゃることは良くわかります。ここに増やすと、また費用がかかるんですね。うーん、じゃあそこはやめときましょうか」というやりとりをしないといけないんです(笑)。

    普通のアーティストだったら考えなくていいけど、僕はやらないといけない。

    なんでもそうですけど、失敗するにしても後悔だけはしたくないですね。

    全力で考えて、取り組んだ失敗からは成功以上に多くを学べるけど、中途半端は後悔しか残らない。そう思うんです。


    高い周囲の評価、低い自己評価

    先日、終えたばかりのライブ「T.M.R. LIVE REVOLUTION’17 -20th Anniversary FINAL-」は「全然ダメ」だったと振り返っていた。

    周囲は高く評価していたが、自分のなかで点数をつけると「22点」。

    どうしてだろうか?

    「経営者視点からみると、高い評価は本当にありがたいです。でも、アーティストとしてはもっとできた、という感覚があるんですよね」

    「まだまだできた。もっと新しいことがやりたいという感覚が残っているんです。やりきったとは言えないです」

    「だからですね……」と西川さんは続ける。


    人生の山がどこにくるかなんてわからない

    みんなに伝えたいのは、人生の山がどこにくるかなんて、わからないってことです。

    いろんな人の成功をみてきて、ほんとに羨ましいなって思ってきましたけど、いまは、どこが人生の成功なのかわからないなって思うんですよ。

    僕はバンドで失敗した。その時点でみたら、大失敗だった。

    かけたコスト的にも、ファンの反応をみても失敗したなというツアーもあった。その時点でみたら、これも失敗です。

    でも、僕は今でも人のライブを悔しいと思いながら観ることができている。

    自分のツアーに不満も感じている。まだまだ良くなる、と思えている。

    どっかで満足したり、中途半端な失敗ばかりで何も学ばなかったりしたら……。

    失敗続きで、こんな感情を持っていないでしょう。

    ネガティブも積み上げれば力になる

    ネガティブも悔しさも積み上げると「力」になるってことがわかってもらえると思うんです。

    積み上げといえば、この本では、僕の現在の体の写真を使ってもらっているんですけど、これだって「(アーティストなのにこんなに鍛えて)どこに向かっているんだ」と言われたことは何回もあるんです。

    ただただ、良い歌を歌いたい、良いパフォーマンスを見せたいって思ったから体を鍛えただけなんですけどね。

    こんな苦しいことをなんでやっているんだろう、と自分でも思っていたけど、人の何倍も努力しないと良いものはできないんだと追い込んできた。

    それが何年もかかって、こうやって写真として使われる。積み上げを評価してもらえるようになるんですよねぇ。

    やっぱり天才じゃないから、積み上げが評価に変わるまで時間はかかりますけどね(笑)


    「西川はもう古い、ダメだと言われたくない」

    口調は強く、時折、身を乗り出すように語る。

    私は「今やエンタメ業界の後輩たちから憧れられる存在になっているでしょう。西川さんにとってそれは嬉しいことですか?」と聞いた。

    一瞬ふっと笑ったが、すぐ真顔になり口を開く。

    「うれしいけど、重圧ですよ」

    エンタメ業界では、日々新しいアーティストが生まれ、新しい楽曲もでてくる。新しいアイディアや、経営方針もいろんなところからでてくる。

    憧れを口にする後輩に「もう西川のやり方は古い、あれじゃダメだ」と思われたくない、という重圧だという。

    「板の上では、先輩も後輩も関係ない」

    「今でもプレッシャーを感じるものですか?」と私は重ねて問いかける。

    大きく頷きながら、西川さんは言う。

    「(ステージの)板の上に上がったら、先輩、後輩なんて関係ないですから。憧れられているなら、いつまでも背中を見せていたい。先を走って振り切って、西川のステージには勝てないって思われたいですよ」

    嫉妬も、羨望も、重圧もすべては次の自分になるための、走るための原動力に変えていく。

    もう一つの原動力

    加えて、もう一つ経営にも表現にも通じる原動力がある、と教えてくれた。

    恵まれた才能があっても、いくら努力をしても、ちょっとした運に恵まれず売れないまま終わっていく人がいる業界である。成功の法則もない。

    だから、これが大事になってくるのだ、と。

    「『感謝』、ですね」

    「僕の原点は、良い曲をたくさんの人に聴いてほしいということ。そのために、やりたいことをやらせてもらえる。夢を追える環境がある」

    「そこへの感謝は忘れないようにする。そうすると応援してくれる仲間、僕をみて自分のことのように応援してくれる人が増えてくる。そう思うんです」

    人生の山はこれからやってくる

    ここまで話を聞いて、ふと気になった。西川さんにとって、人生の山はどこだったのだろう?

    「いやいや、僕は20周年ツアーを終えて、これから人生の山が来ると確信しました。やりたいこと、仕掛けたいことがいっぱいですよ」

    それは一体……。少しだけでも教えてほしい、というと、茶目っ気たっぷりな笑顔で煙にまかれた。

    「それは、まだまだ言えませんよ〜。良いものを作り上げて、驚かせたい。それが成功したときに教えますね」