スター・ウォーズを愛しすぎたハーバード名物教授、渾身の一冊に込めた思い

    キャス・サンスティーン『スター・ウォーズによると世界は』をレビューする。

    この冬、スター・ウォーズが熱いわけですが……

    最新作『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が公開され、関連本もにぎわっている。

    ときに、スター・ウォーズは人を狂わせる。あのキャス・サンスティーンも例外ではない、というのが本書『スター・ウォーズによると世界は』の率直な感想だ。

    キャス・サンスティーン、ハーバード大ロースクール教授。その筋で知らない人はいない、現代をときめく学術界のスーパースターである。

    専門は憲法学ながら、従来の枠組みにとらわれず、領域を横断し、おもしろい成果を次々と世に送り出してきた。

    インターネット上の分断、そして行動経済学

    例えば『インターネットは民主主義の敵か』では、インターネットによって人々が見たい情報ばかりを見てしまうリスクを「サイバーカスケード」や「集団分極化」という概念で鋭く指摘した。

    インターネット上に集った同じ立場の人たちと議論する中で、もともと持っていた考えをより先鋭化させてしまい、反対の意見に耳を傾けなくなる。

    彼は、私たちがTwitter上でよく見かける現象を2001年に分析していた。

    そして、何より知られているのは、法学と行動経済学を組み合わせた仕事だろう。

    今年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーとタッグを組んで出版した『実践 行動経済学』が有名だ。

    この中で打ち出した「ナッジ」という考え方がある。

    ナッジとは本来、ヒジで小突くという意味の言葉だが、サンスティーンらはこんな意味で使っている。

    行動経済学が明らかにしてきたように、人はいろいろなバイアスがある。ただ選択しろと迫るだけでは、人は最善の選択ができないことがある。結果、社会全体で損をしてしまうことだって起こる。

    ならば、選択の自由は確保した上で(つまり、強制はしないで)、最善の選択を導くような仕掛けをしよう。

    ナッジを取り入れた政策を実現するために、彼はオバマ政権に参加し、重要ポストに就くのだがーーこれは後述。

    いずれにしても、研究だけでなく、政治の実務でも力を発揮する現代屈指の学者であることがわかるだろう。

    ユニークとしか言いようがない!

    そして、本書である。

    翻訳した山形浩生さんも困惑気味に記しているように、まさに「かなりユニークな本としか言いようがない代物」だ。

    私も含めて、サンスティーンを愛読してきた読者は、スター・ウォーズのセリフや、物語の分析を通して、ナッジを筆頭に彼がこれまで積み上げてきた仕事を総論的に解説する本を期待していた。

    それもないわけではない。ないわけではないのだが、彼が本書に込めた主張を一言でまとめると「スター・ウォーズは素晴らしい。文句あるか」となる。

    サンスティーン、人間を3種類にわける

    冒頭からすごい。サンスティーンは人間を3種類にわける。

    すなわち、スター・ウォーズが大好きな人、好きな人、大好きでも好きでもない人である。

    なんという恣意的な分類!

    あの冷静な分析と知的情熱で新しい分野を切り開いているサンスティーンと、本当に同じ人物なのだろうかと疑ってしまうような、スター・ウォーズ愛全開の序文である。

    サンスティーン教授が断言「スター・ウォーズはあまりに優れている」

    そして、エピソード(本書の章立ては、スター・ウォーズにならってエピソード〜と表記されている)になだれ込むのだが……。これも愛が溢れている。

    例えばスター・ウォーズがなぜヒットしたのかを分析するエピソード3が熱い。

    多分野に関心をもつサンスティーンらしく、注目されている社会学者らの実験「ミュージックラボ」の結果などが取り上げられる。

    この実験結果でもっとも知られているのは、ある曲がヒットするかどうかを決める際、もっとも重要だったのは、初期にダウンロードする人たちの評価だったというものだ。

    最初に評価する人がたまたま高く評価したら、他の人たちも好意的に評価するようになり、ヒットしていくという。

    実験から導き出せる仮説はスター・ウォーズに当てはまるのか否か。

    彼はこの実験だけでなく、なぜ一部の商品が成功し、一部は失敗に終わるのかという問いを立て、スター・ウォーズのヒットが、これまでの仮説や理論で説明できるかを検証する。

    そこまでは冷静なのだが、この章のオチは衝撃的としか表現しようがないものだ。

    検証を重ねた彼は、こう断言する。

    「確かに、カスケードやネットワーク効果の恩恵はあった。確かに1970年代末の文化と共鳴はした。でもスター・ウォーズはまちがいなく頭角をあらわしたはずだ。あまりに優れているから」

    これまでの議論は一体……という身も蓋もない結論だが、サンスティーンにここまで断言されると、なぜか反論する気もなくなる。

    公開順に見るべきか、エピソード別に見るべきか。教授の結論は……

    あるグループの言動が先鋭化する理由をスター・ウォーズを援用しながら分析しているエピソード7は、彼がこれまで発表してきたインターネット論に通じるものがある。

    しかしながら、この章もオチがすごい。なぜか、サンスティーンお手製の「どの作品が一番すごいのか?エピソード別ランキング」が締めに登場するのだ。

    ランキングに興味がある方は、ぜひ本書で確認してほしい。

    専門中の専門ともいうべき憲法論が展開されるエピソード8も、最後の最後で、なぜかスター・ウォーズのエピソードはどういう順番で見るのが正しいのかという話になっている。

    公開順にみるのか、公開順ではなくエピソード1から順番に見るのが正しいのか。

    正直、ファン以外にとっては好きなように見たらいいんじゃないかとしか言えない論争を、あのサンスティーンが大真面目に検討している。

    結論もまた「公開順にみなさい。これぞ王道」という、まぁそうですよねとしか反応できないものだ。

    この本のサンスティーンは、他とは違って大はしゃぎにはしゃいでいる。

    はしゃぐサンスティーン

    重要概念の「ナッジ」もでてくることはでてくるが、この本を読んでわかることは少ないだろう、という分量しか割かれていない。

    社会的に多くの論点を提供しているのは、間違いなく、邦訳刊行のタイミングが見事に重なった『シンプルな政府』(NTT出版)のほうだ。

    オバマ政権下で3年にわたり、「OIRA(オアイラ)」=アメリカ行政管理予算局情報・規制問題室で室長を務めた経験が綴られている。

    この本のなかで、サンスティーンは、規制についてありがちな大きな政府か小さな政府かという二項対立的な問いではなく、ナッジや費用対効果分析を活用しながらシンプルであることを目指す改革を実践しようとする。

    対比されるのは、官僚主義的な煩雑極まりない手続きである。

    実践の成果は読んでいただくとして、私が重要だと思ったのはサンスティーンが、ナッジやエビデンスに基づく政策を、政治的な対立や人々の分断を乗り越える鍵と位置付けていることだ。

    旧来の対立軸ではない、別の問いを立てることによって、新しい知見を政策に導入していく。共有できる目標があれば、政治的な分断を乗り越えられるのではないか、と。

    結局、スター・ウォーズの意味は……

    きっと彼にとって、スター・ウォーズもまた分断を乗り越える「現代の神話」だったに違いない。だから分析を試みたーーと解釈すれば、すべては丸く収まる気がする。

    大はしゃぎのサンスティーンによって、スター・ウォーズが熱く語られる本書が、フォースと共にあらんことを……。