余裕をみせた安倍首相
余裕をもって討論を終えた安倍晋三首相。野党は良くて存在感を発揮、悪くて埋没ーーいずれにしても追い詰められなかった。
10月7日、東京・六本木であったネット党首討論のことだ。
テーマが首相得意の外交問題、そして長年の悲願である憲法改正論議だったことも大きいだろう。
安倍首相が待っていた意外な人物
印象的なシーンがある。
党首討論が終わり、各党首が舞台袖にはける時のことだ。
直前の写真撮影で、充実した笑顔を見せた安倍首相は、一瞬立ち止まり、その人物を待っていた。
彼がやってくると、腰に右手を回しながら、二言、三言、何か言葉を交わす。
この人物——それは安倍政権を強烈に批判してきた、日本共産党・志位和夫委員長だ。政治的スタンスが真逆に位置する政敵である。
うまく討論を乗り切れたという、余裕がうかがえる瞬間だった。
最初のテーマが、安倍首相にとって最も話しやすい外交だったことが幸いした。
枝野さんの質問にまさかの「仰るとおり」
立憲民主党を立ち上げた枝野幸男代表の質問——
《アメリカのトランプ大統領との間で密接な関係ができていることは歓迎したいと思う。
しかし、北朝鮮に対して効果的な圧力をかけるなら、中国やロシア、ヨーロッパ主要国の足並みをそろえないと実効性がない。
こうした努力が見受けられない。努力をご説明いただきたい。》
安倍首相は気色ばんで反論するのではなく、こういなして見せた。
《その点は、枝野さんの仰るとおりです。
中国の習近平主席とも北朝鮮に対して、しっかりと圧力をかけていく方針のもと、国連の場で協力していこうという話をしました。
フランスのマクロン大統領とも、イギリスのメイ首相とも、かつロシアのプーチン大統領とも話をした。
その結果、厳しい制裁を含む決議が(国連安全保障理事会で)全会一致で採択されたと思っています。》
枝野さんの質問に同意することからはじまり、自身のアピールにつなげていく。その余裕は、野党にはない。
注目の小池さんは……
例えば、与党・公明党の山口那津男代表による、希望の党・小池百合子代表への質問——。
《希望の党には、かつてプラカードまでだして、憲法違反だから安保法制に反対だと主張した方もいる。
そういう方を数多く公認していることをどう説明するんでしょうか?》
関連質問も含めて、小池さんはこう返すのが精一杯だった。
《立候補を希望する方とは政策の一致は必要です。安保保障政策で確認とった。北朝鮮情勢で、国際政治は複雑化している。対応している。
(立場を変えた議員は)リアルな国際情勢をリアルに考えられたということだと思います。
リアルな政策が語られることで、日本の安全保障が確実なものになる。私は心から期待している。》
結局、小池さんにとって最大の"見せ場"は、党首討論終了後のフォトセッションだった。
枝野さんが「これから戦うんだから」と握手を拒否。
それを「まぁいいじゃないですか」となだめ、フォトグラファーのリクエストに応えて、各党首に握手を促したのだった。
しかし、あまりに感情的な憲法論議
もっとも、安倍首相もすべてが余裕だったわけではない。
議論のテーマが、憲法改正に移り、他党のトップが話している時だ。
安倍首相はなにやら小さく口を動かしながら、首をこれも小さな動作で左右に振っていた。それは、予行演習だったのだろう。
自分の番がきたときに語ったのは、「自民党で合意が取れていない」ことを認めながら、自ら提起した、自衛隊を明記する憲法9条改正論だ。
国民の多くがその存在意義を認め、歴代政府も現行憲法下でも合憲と説明してきた自衛隊を、なぜ改めて憲法に記す必要があるのか。
安倍首相が繰り返したのは、論理とは懸け離れた感情論だった。
「自衛隊員の気持ち、子供達の気持ちを考えてほしい」
大筋で、こんな話だ。
《24時間365日、国民の命を守っている自衛隊。しかし、憲法学者は違憲の疑いがあるといい、教科書にもその記述が載っている。
自衛隊員の子供たちは、その下で学んでいる現実がある。私たちの世代の責任で、不毛な論争をなくしたい。》
自衛隊員の子供が、自衛隊違憲論議の書かれている教科書で学んでいること。
それがいかにかわいそうかと嘆き、自衛隊の気持ちをわかってあげようと訴える。「気持ち」を理解する人はいるだろう。
しかし、北朝鮮情勢が緊迫化していると口にする一方で、わざわざ改憲論議に時間を費やし、コストをかけて国民投票までやろうという。
その理由が「気持ち」への理解でいいのだろうか。
雄弁に成果を語った外交論とは打って変わって、感情優先の議論を展開していた。
追及しきれなかった野党
野党はそこをうまく追及することができなかった。この日、余裕をもって討論を終えたのは、やはり安倍首相だ。
民進党の合流発表で希望の党に注目が集まった際は、自民党に緊張が走った。
結局、合流は民進党が分裂し、新しい野党ができたというだけだった。
安倍首相が余裕を保てる理由のひとつだろう。政策論争の前に、政局で自民党が相対的に優位に立っている。
きょうのテーマから外れていた、内政課題や経済政策で、各党が安倍首相以上の何かを打ち出せるのか。
各党の公約はようやく出揃った。10月10日の公示を前に、論争が始まっていく。