Posted on 2016年10月5日

    「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由

    「役立つ科学」だけでいいのか。

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    「役に立つ科学」への疑問

    Toru Yamanaka / AFP / Getty Images

    今年、ノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典さん(東工大栄誉教授)の発言が注目されている。基礎研究についての発言だ。

     「『役に立つ』ということが、とても社会をだめにしていると思っています。科学で役に立つって『数年後に起業できる』ことと同義語のように使われることが、とても問題だと思っています」

    大隅さんは、基礎研究の重要さをわざわざ、ノーベル賞受賞の会見で口にした。インターネット上で、科学者や科学ジャーナリストたちから「科学立国だった時代の成果」「30年後の日本はノーベル賞を取れる国なのだろうか」と悲観的な発信が続く。

    2000年代に入り、ノーベル賞受賞が続く、日本の科学界。それにもかかわらず、なぜ現状、そして将来に悲観的な声があがるのか。

    予算は少なく、研究以外の負担は増えるばかり

    Jonathan Nackstrand / AFP / Getty Images

    「悲観的になる理由はわかります。大隅先生の研究にしても、去年の大村智先生の研究も最初の発見から時間が経ったものです。日本人研究者によるノーベル賞候補として注目されている研究も1970年代〜1990年代前半くらいまでに出揃ったものが大半です」

    そう語るのは、ベテラン科学ジャーナリストの松浦晋也さんだ。松浦さんは、長年、宇宙を中心に科学の世界を取材してきた。

    「その時と比べて科学者の世界は大きく変わりました。一つは研究費の問題。もう一つは大量の書類作りに追われ、研究に割ける自由な時間が減った学内環境です」

    研究の「命綱」科研費の現状

    大阪大 / Via osaka-u.ac.jp

    研究費について、ノーベル賞ウィークが始まった今週初め日経新聞に大阪大・西尾章治郎学長の寄稿が掲載された。西尾学長は研究費についてこう言及する。

    大学の経営を支える公的な仕組みは、基盤的経費(国立大学運営費交付金、私立大学等経常費補助金など)と、国が公募・審査を行う競争的資金との両輪(デュアルサポート)から成っている。

    学術研究の振興を担う競争的資金は科学研究費助成事業(科研費)である。基盤的経費に依存する個人研究費が減少する一方、個々の研究者にとっては、もっぱら科研費が自らの力で獲得しえる「命綱」として極めて重い意味を持ってくる。

    研究費を支える「命綱」とまで表現される科研費だが、2014年度予算の2276億円から今年度までほぼ横ばいとなっている。

    文科省・研究振興局学術研究助成課の担当者はBuzzFeed Japanの取材に「大学の運営費交付金の予算は減っているため、応募者が増加している状況にある。競争率が上がり、相対的には採択率が下がる状況にあります」と話す。

    科学で、何が役に立つのか。最初からわかる成果なんてない

    Kim Kyung-hoon / Reuters

    松浦さんは「各大学の予算が減る中で、国や企業から研究費を取ってこないといけない。しかし、企業はビジネスとして成立しそうな分野に投資をするという考えですし、国の考えで未だに根強いのは『選択と集中』。つまり、役に立ちそうなものに、集中的に投資をするということです」

    「問題は、何が役に立つのかなんて、科学の世界ではわからない、ということなんですよ。大隅さんの研究の代表的な成果であるオートファジーも、最初は好奇心から始まっています。誰もやっていないことをやろう、と。大事なのは、大隅さんのような動機で研究をはじめた人は同時代に何人もいただろうということなんです」

    「仮説だけで終わった研究はいくつもあった。科学の世界は、好奇心を原動力に、いろんな人が自由に挑戦し、その中から『結果的』に、役に立つものが生まれてくるから面白いし、大事なんです」

    「最初から役に立つ研究なんてわかりません。『選択と集中』でも悪くないと思いますが、最初の選択は手広くないといけない。狭めてしまっては、成果がでないということになります」

    面白いから研究をする、はダメなのか?

    Pascal Le Segretain / Getty Images

    大隅さんが警鐘を鳴らす「成果」への考え方を松浦さんは支持する。

    「ビジネスの発想でいえば、基礎研究は投資の対象になりません。すぐには成果がでないし、大半はダメかもしれない。でも、その中からいろいろな成果が生まれ、中にはノーベル賞につながる研究もあります」

    「昔も研究予算は少なかったといいます。しかし、大学には時間と自由があったという話も聞きます。お金も絶対に大事ですが、考える時間と自由、やってみろと言える環境。これが大事ですよ」

    松浦さん自身も、国立大や私大で講師を務めることがある。

    「大学の環境は変わりましたね。先生方の研究時間ははたから見ても減っているし、何かにつけて書類づくり。研究費を取るにも書類が重要で、しかも何に役に立つかを説明しろと言われている。役に立つかどうかなんて、科学者が決めるのではなく、社会が決めることではないですかね」

    面白いから研究をする。その結果として、社会にとって有用な研究が生まれてくる。役に立ちそうなものから研究をやりなさい、という姿勢で、果たして本当に有用な研究は生まれるのか。

    「いろんな立場があっていいと思いますが、面白いからやる、という文化は残してほしい。研究費はもっと手広く分配して、最低でも数十年単位で構えるほうがいいでしょう。そうしないと、ノーベル賞につながる基礎研究はでません」

    「この先、悲観的になるのは、基礎研究への理解がノーベル賞をこれだけとっても、変わらないからでしょう。とても理解できます」

    いまの環境は、将来生まれるかも知れなかった成果を阻んでいるかもしれない。

    オンリーワンは生まれるか

    Jonathan Nackstrand / AFP / Getty Images

    ノーベル賞候補と名が挙がった人たちの周辺を取材をしていると、しょっちゅう出会う言葉がある。それは「オンリーワン」だ。誰もやっていないことを最初にやる。こうした姿勢がとても強い。いまの大学で、オンリーワンは生まれるのか。

    「出ない、とはいいません。しかし、オンリーワンが生まれにくい環境にはなっているのでしょう」

    松浦さんは最後に、こんな話をしてくれた。

    「天文学を考えてほしいんですよね。何百年も前に望遠鏡を作って覗いた人たちがいた。彼らは興味からやったけど、そこから緯度経度が生まれ、地図が作られ、現代物理学の重要な成果も生まれ、私たちは地図アプリを使って生活している。科学の歴史は、好奇心が動かしてきたんです。その中には、何にも役に立たなかった好奇心もある」

    「それでも、なんの役にも立たなかった彼らがいなかったら、いまの成果なんてない。最初から、これは物理学の重要な発見につながるなんて、誰も思わない。でも、つながっていく。面白いですよね。こうした考えが理解されなかったら、成果もでませんよ」

    文科省「歯がゆさ、もどかしい思いを抱えています」

    Jonathan Nackstrand / AFP / Getty Images

    科学者から続々と批判の声があがる、この状況。文科省はどう受け止めているのか。

    「歯がゆさ、もどかしい思いを抱えていますね。予算も毎年、増額要求を出していますが、なかなか通りません」(前述の担当者)

    予算自体の少なさも指摘されている。文科省によると、自然科学分野でノーベル賞がトップのアメリカは、科研費の10倍以上の予算を投じて研究環境の整備を続ける。

    「諸外国と比べても日本は、科学関連の予算がかなり低いのは確かです。日本の論文数は世界の順位でも年々低下傾向にある。研究費が厳しい状況にあるためでしょう。大隅先生の寄稿文も読んでいますし、研究者の方のお話や、批判の声も把握しています。そのご指摘通りだと感じています」

    現場から聞く将来への悲観

    科学者を取材していると、こんな声を頻繁に聞く。

    「日本人科学者がノーベル賞受賞。そんな見出しも、この先は減っていくよ」。このままでは、研究は成り立たなくなる。そんな思いが込められた声だ。

    バズフィード・ジャパン ニュース記者

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