”反日”と呼ばれる韓国新大統領・文在寅さんはどんな人?

    大統領選で、左派系野党への政権交代した韓国。北朝鮮問題でリスクが高まるのではないか、と懸念する声がある。実際はどうなのか?

    韓国の次期大統領の最有力候補と目される文在寅(ムン・ジェイン)氏=中道左派系野党「共に民主党」。彼の当選とともに、北朝鮮に融和的で、「反日」政権が誕生するーーという危惧がささやかれている。

    しかし、韓国政治の専門家は「ことはそんな単純な話ではない」と語る。キーワードはリアリズムだ。

    朴スキャンダル、その後で。

    3月27日、韓国検察が朴槿恵(パク・クネ)前大統領へ逮捕状を請求したことが一斉にメディアで報じられた。

    韓国政治の専門家、新潟県立大の浅羽祐樹教授は、BuzzFeed Newsの取材に冷静な口調で語る。

    「文在寅政権になることは確実です。ここで冷静にみるべきは、文氏の過去の政治姿勢や『親北』『反日』的な発言そのものよりも、リアリズムに徹して韓国を考えることです」

    「国内外の条件下で、韓国が取れる選択肢はおのずと限られています。現状を一方的に変更する余地はほとんどありません。巷で言われているほど、北朝鮮問題を中心にリスクは高まらないと考えます」

    最有力、文氏はどんな人?

    浅羽さんの考えを詳しくみる前に、現状を整理しよう。

    世論調査でトップを独走するのは文氏で、他の候補が追いつく可能性は高くないとみられている。

    もともと、故・盧武鉉元大統領の側近中の側近として、長く韓国政界で活躍してきた人物だ。大統領府での経験も、野党内での支持基盤もある。

    しかし、その一方で大統領府時代に、国連総会の北朝鮮人権決議案をめぐって北朝鮮側と「内通」し、その意向を汲んでいたのではないかという疑惑も浮上した。

    さらに北朝鮮との核実験などを受けて閉鎖している開城(ケソン)工業団地の再開も明言している。つまり、文氏は北朝鮮への経済援助を再開したいと考えているということだ。

    2016年7月には日韓が領有権を主張する竹島に上陸、慰安婦問題をはじめとする歴史問題にも取り組んでいる。

    事実だけ並べれば「親北朝鮮・反日、反米」ではないか、という声も強まっているが……。

    文氏に貢献した与党の失策

    「文氏は、言ってしまえば棚ぼた大統領候補です。相対的に政治家経験も長く、政策パッケージもスタッフもそろっている。他に選びようがない、として選ばれると言っていい」

    文氏浮上になにより貢献したのは、皮肉なことに朴政権を支えた保守系与党の失策だ。

    朴前大統領をかばったため、支持率は急落。与党内の非朴派が飛び出して、別の保守系政党を作ったものの、それも支持を集めているとは言い難い。

    保守派が大統領選に勝利するためには非・文氏の旗のもと、誰かに結集しなければいけないが、その動きは弱いままだ。

    キーワードはリアリズム

    浅羽教授は、文氏が「政治家」である点をもっと重くみるべきだと考えている。

    「想起すべきは、彼が支えた盧武鉉元大統領のケースです」

    「選挙期間中は『反米でなにが悪い』とまで豪語したにもかかわらず、いざ政権に就くと、コアな支持層の反発を覚悟で、イラク戦争に協力し、米韓FTA(自由貿易協定)も結んだ。選挙中と就任後でスタンスが変わることは当然のこと」

    「いまの韓国に『離米』という選択肢はないと考えた方がいい」

    盧元大統領でも、軍事、経済面でアメリカとの結びつきを意識せざるをえなかった。

    ここでもキーワードはリアリズムだ。

    文氏が勝利しても「共に民主党」の議席数は少ない。少数与党としての政権運営を余儀なくされる。

    韓国では法案を通すには、国会の「5分の3」以上の賛成が必要になる。保守系との妥協は避けられない。

    その妥協は外交政策にも大きな影響をもたらす。

    例えば、アメリカが韓国に配備し、北朝鮮のミサイルから在韓米軍を防衛する高高度ミサイル防衛システムTHAAD(サード)をどう考えるか。

    文氏の政治的スタンスは、再検討だ。

    しかし、これは「次期政権が(=つまり文氏自身が)が国会での同意を得て決める問題であるとして、事実上、フリーハンドを残しているということ」(浅羽さん)。

    再検討した結果、配備をそのまま進める余地があるのだ。

    最大のリスク「北朝鮮」 選択肢は限られる

    無視できないのは、トランプ政権の影響だ。

    「トランプ政権のスタンスは『力による平和』です。オバマ政権の『戦略的曖昧』政策に対するレビューはすでに終え、失敗だったと断言。米朝のトップ同士の会談や、日韓の頭越しのディール(取引)はすでにオプションから消えています」

    「北朝鮮が6回目の核実験をいつ強行するかわからず、リスクが高い状況が続くなか、サード配備を拒むという選択肢は、事実上、韓国にはないのです。そこを文氏も理解していると考えることができます」

    日米韓で歩調をあわせられるか?

    では、経済制裁を緩めようという姿勢はどう考えればいいのか。

    「現実的に、国際的に協調して北朝鮮への経済制裁を強めるなか、韓国だけが別の道をとれるのか?という問題がついて回る。サード配備はリアリズム、工業団地再開は例外扱いにしてくれ、というわけにはいかないでしょう」

    文氏がこれまでの大統領候補と違うのは、勝利が確実視されているからこそ、選挙戦の最中から、事実上、次期大統領としての立ち居振る舞いが問われているという点だ。

    日本のインターネットでは、歴史問題や慰安婦像の問題に注目が集まっているが、そこに本質はない。

    最大のリスクは北朝鮮にあり、日本も韓国との協調が求められるからだ。

    「文氏はときに過激な言葉を使うが、そこだけに捉われてはいけない。北朝鮮というリスクと向き合うために必要なのはリアリズム。これは(文氏も)わかっているはず」

    「リアリズムは日本の社会にも必要です。日米韓の歩調をどうやってあわせ、対処するのか。2017年はそれが問われる年になります」