「いまなら選挙に勝てそうだから解散」は許される? さすがにダメ、と憲法学者が語る理由

    急転直下の解散総選挙となりそうな、2017年の政局。首相は好き勝手に解散を決めていいのか。憲法学の見解は?

    正直、なんでまた選挙になるのかよくわからないーーという人もかなりいるだろう。安倍晋三首相が主導した解散劇だ。

    首相はいつでも、好きに解散できるものなのか。

    かつて、首相も務めた麻生太郎・財務相は「解散は首相の専権事項」と公然と語り、あたかも政界の常識のようになっている。

    しかし、憲法学者は「そもそも首相に、無制限の解散権が認められているわけではない」と語る。

    首相の解散権はどこまで認められるのか?

    また選挙である。衆院の任期は4年。この前の解散総選挙は安倍首相が2014年12月にあった。そこから3年もたたないうちに、急転直下の解散劇となった。

    東海大の永山茂樹教授(憲法学)は「解散権は首相の専権事項というのは、憲法学からみると特殊な考え方ですね」と話す。

    どういうことか、噛み砕いて説明してくれた。

    解散権の根拠はこれだ

    憲法に解散について書いてある条文は2つある。ひとつは69条だ。

    衆議院で内閣不信任案が賛成される、もしくは内閣信任案が否決された場合、内閣は全員が辞めるか、衆議院の解散を選ばないといけない。

    要するに内閣が信任できません、という議員が衆議院で多数派になったとき、内閣は自分たちの非を認めて辞めるか、議会のほうがおかしいといって解散させて、国民に信を問うてください、というルールだ。

    もう一つは、7条3号。「天皇は、内閣の助言と承認により」衆議院を解散するという規定だ。

    天皇の国事行為にたいする助言と承認は内閣が行うから、この条文が「首相に解散権がある」という議論の根拠になっている。

    安倍内閣が衆議院で信任されない、と決議されたわけではないので、今回はこの7条の規定に基づいて解散することになる。

    大事なポイント「解散権の主語は内閣」

    永山教授の話ーー

    《大事なポイントは、2つあります。

    ひとつ目は憲法の主語はいずれも「内閣」であることです。

    解散は首相の専権事項、と主張する人たちは、内閣のリーダーは内閣総理大臣だから、首相が決めることができるという論理をとるのだと思います。

    しかし、内閣は首相が好き勝手やるための制度ではなく、合議体の組織です。解散も、内閣でどのような議論が交わされているかが重要なんです。

    主語は内閣なので、首相に全権があるかのような前者の考え方は特殊な考え方だと言えます。

    そして、もっと重要なのは、多くの憲法学者は内閣に解散権が一定程度あることは認めていますが、いつでも、好きなときに解散していいという考え方はとっていないということです。

    解散権には「限界」があるという考え方が主流です。》

    政界の反応や一部の報道をみると、解散は首相が好き勝手やっていいような印象を持ってしまうが、限界があるという。

    どんな解散は認められるのか?

    その限界はどこにあるのか。

    まず、解散が認められる場合を考えてみましょうと永山さんは言った。

    【解散が認められる場合】

    ① 内閣が提案した重要な法案を、衆議院が否決した場合。

    《重要な法案をめぐって、内閣と衆議院の判断がわかれたら、解散をして国民に判断を求めることは認められると考えられています。

    例えば安保法を事例に考えてみましょう。

    安倍内閣にとって重要な法案で、これが仮に衆議院で否決された場合、安全保障をめぐって内閣と衆議院の見解が違ってしまうわけです。

    ここで国民に、安保法を通そうとする内閣がいいのか、否決した衆議院がいいのか、信を問うというケースは認められるだろうというわけです。》

    ② 前の選挙では問われていない重要な問題が浮上した場合。

    《「重要」とは何か、議論に幅はありますが、こうしたケースで内閣が国民に意見を問うことも、認められるのではないかと考えられています。》

    ここまでが認められる場合。次は認められないケースだ。

    「選挙に勝てそうだから」はさすがにダメ……

    【認められない、と考えられていること】

    ① 同じ理由で2回続けて解散はいけない。

    《一度、信を問うたのに、同じ理由でまた解散して、立て続けに選挙をすることはさすがに「乱用」です。》

    ② 多数派維持ための解散判断はいけない。

    《党利党略的な解散のことです。いまなら勝てるだろう、いまなら多数派を維持できるだろうという理由での解散ですね。

    これも、さすがにおかしいのではないか、という説があります。》

    ちなみに、イギリスでは首相の解散権を制限する方向に舵を切っている。

    議会任期固定法は、議会の任期を5年に固定し、これに伴って解散が制限されることになる。

    ただし、内閣不信任決議案が可決された場合と、下院が3分の2以上の多数によって自ら解散を決議した場合には解散が行われるものとされた。

    (京大法科大学院・曽我部真裕教授「イギリス首相になくなった?「解散権」を憲法の視点で考える」)

    首相にフリーハンドの解散権はない、で一致

    いずれにしても、と永山さんは続ける。

    《たしかに、特定の解散が憲法上認められるか否かを、具体的に白黒判断するのは難しい、というところはあります。

    しかし、憲法学者の多くは首相にフリーハンドで解散権を与えているわけではないとう点で一致しています。

    少なくとも内閣と国会、特に衆議院で対立があるのか。重大な政治課題があるのかどうか。

    ここは極めて重要です。》

    本末転倒な議論

    さて、安倍首相の解散劇である。一斉に解散が報道されてから、争点が何かが議論されはじめた。

    消費税増税分の使い道を変更する、安保法の理解を得るため、そして改憲——。解散の大義名分がなにか。あれこれメディアを賑わせている。

    国民に信を問うほど、国会で議論しているのか?

    《本末転倒な議論ですよね。

    消費税も安保法も重大な政治課題ではあるでしょう。でも、国民に信を問うほど国会で議論が進んでいるのでしょうか。

    安保法を問うなら、この間の安保法の運用実態をもっと政府が国民に情報開示しなければいけません。

    防衛省の南スーダン日報隠しもそうですが、情報を十分に開示した上で、信を問うべきでしょう。

    改憲はすでに憲法96条に手続きが決まっています。

    国会で憲法改正について、十分に議論した上で、発議をして、国民に判断を求める。

    こういう決まった改憲手続きを全部飛ばして、選挙だけで信を問うというのはあまりに雑なやり方です。

    憲法改正をしたいなら、現行のルールに従って国会で発議すればいい。最後は国民投票で決めるものです。

    決められた憲法改正手続きを尊重せず、そして国会で議論もせず、国民投票の前に改憲を争点化して、信を問うというのは、憲法96条に違反するのではないかと私は考えています。》

    永山さんは最後にこう言った。

    《乱暴な解散。この一言に尽きます。》