殺人や誘拐、悲劇を減らすために何ができるのか 科警研に聞く、防犯のあり方

    事件への関心は、加害者や被害者の人となりばかりに向くが......

    殺人や誘拐など衝撃的な事件が起きるたび、防犯のあり方が問われる。しかし、報道や人々の関心は容疑者や被害者の人となりに集中し、事件を未然に防ぐための議論は、いつの間にか消えゆく。悲劇を減らすため、私たちに何ができるのか。専門家に聞いた。

    科警研犯罪予防研究室の島田貴仁室長が、BuzzFeed Newsの取材に応じた。科警研といえば、DNAや銃弾の鑑定など事件捜査で有名だが、犯罪予防でも科学的な知見がある。

    完璧な防犯は存在しない

    島田さんがまず強調したのは「犯罪はゼロにできない」ということ。「犯罪はスイスチーズの穴を突くように発生する」と言う。

    防犯の穴は無数に存在し、どこかをふさいでも別の穴から事件が起きる。

    「これさえやれば大丈夫という防犯対策はありません」

    「ムリ・ムラ・極端」を避ける

    地域の防犯対策として報道でも頻繁に取り上げられるのが、住民による防犯パトロールだ。

    2000年代、大阪の池田小事件や広島や奈良での女児殺害事件などが続き、パトロール強化が相次いだ。一見、防犯対策として好ましく見えるが、島田さんにはここにも課題を指摘する。

    「住民が無理をして」「やる場所とやらない場所にムラがある」「防犯活動に取り組む時期とそうでない時期の差が激しい」

    そういった活動は「ムリ・ムラ・極端」と呼ばれ、長続きしないという。しかも、パトロール強化が、かえって「この地域は危ない」という不安を高める要因にもなる。

    何が課題で何が効果的かを見極める

    「ムリ・ムラ・極端」を避けて、息の長い対策を取るためには、何が課題で何が対策として効果的かを見極める必要がある。

    島田さんは「人はめったに起きないものを過大評価する傾向がある」と指摘する。

    殺人のような凶悪犯罪は滅多に起きないが、人の耳目を引くために多発しているように感じる。一方、ひったくりなどは日常的にあるのに、あまり注意を払われない。最新の犯罪白書を開いて、殺人事件とひったくりを比較してみると、ひったくり(6201件)は殺人事件(1054件)の5倍強起きていることがわかる。空き巣(34171件)は約30倍起きている。

    防犯対策もこの傾向に従い、滅多に起きない凶悪犯罪を対象にしたものになりがちだ。その対策が、日常的に発生する犯罪も防ぐとは限らない。

    何が防犯課題かを見極める。その上で島田さんは「何が対策として効果的かをエビデンス(証拠)に基づいて考える」ことが重要だと訴える。

    客観的な証拠がないままに、効果がある気がする対策がとられることは、逆にリスクを高めかねない。例えば、防犯カメラ。犯罪予防に効果的なイメージがあるが「あらゆる犯罪に効果があるわけではない」と話す。

    駐車場や繁華街で防犯効果があるというデータもあるが、別の地区に犯罪が移動しただけだという反論もある。突発的な事件には効果が少ない。

    空き巣には住民同士で声をかける関係が、防犯効果を高めるという研究もある。防犯カメラで「問題は解決した」と安心し、住民の声のかけあいが減ったらどうなるか。

    「リスクは一つ対策したらなくなるものではありません。『カメラをつければ…』『ブザーを持てば…』というように、これさえあれば安全だ、という言い方はできません」

    これからの防犯は「問題解決型」

    「防犯で大事なのは、犯罪者や被害者の『人となり』への関心から一歩ひき、効果的な対策について情報発信すること」だという。

    地域住民で作る防犯団体は高齢化が進んでいる。ウェブを介した情報発信は届かず、近所の口コミが最大の情報源になっている現状が明らかになった。口コミの問題点は、根拠が不確かなまま情報が流れていくことにある。

    こうした情報発信の課題を、どう改善していけばいいのか。鍵になるのは「問題解決型」の防犯だと島田さんは考えている。

    警察、大学などの専門家、住民が共同で課題を洗い出し、その分析・対策に取り組み、結果を評価する。「勘」や「なんとなく」ではなく、課題を明確にして、結果の評価にまで取り組む活動だ。

    千葉市が取り組んでいる「ちばレポ」が良いヒントになる。

    ちばレポは、公園や道路の落書き、ゴミの放置など地域の課題がウェブ上に示され、行政と住民が問題解決を目指すシステムだ。

    「行政だけでなく、住民も問題を洗い出し、解決方法を検討しています。大事なのは住民が自分で解決した事例をあげ、行政が感謝のコメントを書き込むなどの仕組みがあること。地域の問題が解決まで可視化されていることは治安対策としても有用です」

    各地の警察では、行政も交えて、大学や研究機関と連携する動きが進んでいる。島田さんは京都や福岡を例に挙げた。

    「警察が個人情報に配慮した形で専門家にデータを提供し、性犯罪、窃盗、強盗など個別の犯罪ごとに、対策を考えてもらう。あらゆる犯罪に効果がある対策を見つけるのではなく、個別にエビデンスを積み上げるアプローチです」

    島田さんはデータの提供だけでなく、さらに一歩進んだ情報発信が重要だと訴える。

    「データを見せて、対策を取れ、学べといっても反応できる人は少数です。効果的なのは、個別の事例を示し、実証された予防策も提示すること。人がどう反応するかまで考えた情報発信が求められるのです」