糸井重里さんが考えるこれからの「ほぼ日」、これからの「成長」

    東証ジャスダック市場に「ほぼ日」が上場してから1ヶ月。変化はあったのか?4月7日、社長を務めるコピーライターの糸井重里さんがBuzzFeed Newsのインタビューに応じた。

    ほぼ日は上場でなにか変わった?

    1998年6月6日。無料で読めるウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」がスタートしたこの日が「ほぼ日」の誕生日である。

    1980年代、時代の最先端にいたコピーライターは流行らなくなった「糸井重里」を見つめ直し、新たな表現の場をインターネットに求めた。

    「もうインターネットビジネスは出尽くしている」「いまさらやるの?」。

    周囲の懐疑的な声を押し切ってはじめたウェブサイトは、続けているうちに「ほぼ日手帳」などヒット商品を生みだす「場」に育ち、ついに企業名になった。

    2017年3月16日の上場で「ほぼ日」は変わったのか。

    糸井さんが口を開く。


    本当は変わってないんですけど、いちばん大きいのは、ぼくがほんとうの意味で社長になったということです(笑)。

    上場したあと、ぼくのなかに「おじさん」と「お父さん」両方の成分があるということにあらためて気づいたんです。

    ぼくは、どちらかというと、いままで映画にでてくるような居候のおじさんをイメージして、会社をやっている感覚だったんです。

    それをほぼ日では「船長」と「乗組員」という関係で語ってきました。

    つまり、こっちに進路をとるぞと決めて「じゃあ、あとは任せた」といって会社を忘れる時間があってもよかったんです。

    どこか力が抜けたような感じで、全責任を負わないようにしてるように見えるんだけど、ほんとうは真面目に大勢の自由を維持するために頑張るみたいなポジションですよね。

    いままではこれでよかった。

    上場したあとは「お父さん」成分が強くなってくるんですね。お父さんは「じゃあ、あとは任せた」じゃなくて、もっと確信を求める。

    おじさんだったら「いいよ。やりなよ」って言ったんだけど、お父さんだと「いや、ちょっと待てよ。もっといいプランがあるんじゃないか。自分たちのビジネスモデルに照らし合わせてもっと考えられる」と聞いてくるんですね。

    ぼくのなかのお父さんは「社長」として必要なことを問いかけてくるんだけど、強くなりすぎて「おじさん」がいなくなると、それはそれで危ういなぁと思っています。

    「じゃあ、あとは任せた」のほうがいいときはありますからね。ここにきて、やっと、おじさんが戻ってきたかなぁ。

    大事なのはバランスだっていうのはわかっているんですけど、意識的に使い分けるっていうのはできないんですよ。


    新しい市場をつくった「ほぼ日」という場

    上場について言及したのは2015年のこと。本当にほぼ日が上場を目指すのか。

    「上場の意味をわかっているのか」や「ほぼ日には資格がない」といった批判的な声もあがっていた。「結局、お金儲け?なんかほぼ日のイメージと違う」。そんな声もあった。

    上場は実現したが、入り口にずらりと並んでいる胡蝶蘭以外、社内の雰囲気はあまり変わっていないようにみえる。

    ほぼ日上場に奔走したCFO(最高財務責任者)篠田真貴子さんは、冷静な口調でこう言うのだ。「お祭りはもう終わりましたから」

    上場の真意はどこにあるのだろう。グラスに注いだ麦茶をひとくち飲み、話は続く。


    社会の側からどう見られているか、を絶えず意識することになるというのが上場することの大きな意味です。

    自分たちの事業が本当に社会に受け入れられているのか、常に試される環境に置かれるわけです。

    ぼくは会社のために、これが必要だと思ったんですね。

    「ほぼ日」はどんな会社なのか、という質問に、ぼくは「場をつくる会社」だと説明しています。

    証券市場の言葉では「場をつくって家賃は取っているんですか?収入がないなら事業とは言えないのでは……」となってしまうんです。

    でも、そういうことではないんです。

    一貫してやってきたのは、おもしろい場をつくって、その中からおもしろいアイデアが生まれてくるということ。

    自分のなかのニーズと社会のニーズがつながるところに、ビッグなアイデアの種もあるんですよ。

    ウェブサイトという場を作って、「ほぼ日手帳」ができた。その後も自分たちがユーザーとして徹底的に研究するんですよね。

    それを続けると、こちらから発信したアイデアにみんなが反応して、新しい市場が生まれる。

    「ほぼ日」のことを何にも知らないけど、「ほぼ日手帳」を使ったらよかったという人が多いというのは、そういうだと思うんです。

    人が喜ぶことをしている会社であれば、喜ばれた結果が支持されるという交換が生まれる。

    この交換の中にお金の動きもついてくると言ってきたし、実際にやってきた。それが「場をつくる」という言葉にある考えかたです。

    多くの人に喜ばれて、社会の価値総体を増やすことが自分たちの利益になるという考えですね。


    糸井さんが考える「成長」、証券業界の考える「成長」

    売り上げの7割を支える「ほぼ日手帳」も場から生まれた成果である。これはほぼ日が好きな人なら体感的に納得できる説明かもしれない。

    上場後は、それを証券業界の「言葉」でも説明しないといけなくなる。ほぼ日の言葉と証券業界の言葉。微妙な齟齬はいろんなところにある。

    例えば「成長」という言葉がそれだ。

    ある新聞は、ほぼ日を評して「高成長を期待するモデルではない」と書いた。株主に対し、社会に対し企業として成長をどう考えているのか。いろんな言葉で説明が求められる。


    「成長」には二重の意味があるって言ってるんです。

    法人という言葉はよくできていて、本当に人の成長と似ているなぁって思うんですよ。

    ぼくたちはもうすぐ創刊から19年を迎えます。つまり、19歳です。赤ちゃんの時間を経て、子供が身長を伸ばして、少しずつ働いて利益を得るようになる。これって会社の成長ですよね。

    正直に言って、いままで売り上げの目標を立てて、会社の規模や数字を大きくするぞって思いながら成長したことはなかった。

    これをやりたいといってプランを立てて、成長してきたんです。そこに数字的な結果もついてきた。

    いまも、ぼくたちはプランを持っている。会社として、こう成長したいというデザインもあるんです。

    でも、証券業界にいる多くの人が成長と考えるのは、例えば「支店網を整備して、販売網を拡大して、取り扱っている商品の売り上げを何倍に増やします」というものです。

    ほぼ日にも同じようなことを要求されているような気がします。

    ぼくたちは、そういう成長は期待しないでくださいって言っているんですよね。「儲けない、成長しない」とは言っていない。

    反成長でも、脱成長でもない。会社なんだから年相応の成長は必要なんです。

    でも、きょう買った株が半年後に何倍になった、みたいな期待をされても仕方ないので、ぼくたちの会社はそういう会社じゃないと正直に言います。がっかりさせたくないからです。

    理想は何年後かに、はたと気づいたらこんなに大きく成長していたねぇと言われるような会社、こんな会社があってよかったなぁと思われる会社です。

    そこの成長では勝負できるし、自信もあるんですけどね。


    「ほぼ日がイトイの背丈を超えた」

    かねてから、糸井さんはコピーライターを「アイデアを出して言葉にする」職業と定義していた。

    その定義に従えば、ほぼ日はコピーライター的な会社として成長しているともいえる。つまり、アイデアを出して形にしていき、収益をあげるというモデルだ。

    上場を前に社名を「ほぼ日」に変えて、「糸井重里」の名前を意図的に外した。ほぼ日は、核となる考えかたを引き継ぎながら、初代のカリスマ頼みから脱却を図る。

    それが新たな成長につながる、と糸井さんは考えているようだ。


    ほぼ日がイトイの背丈を超えたってことですよね。

    筋力もついてきたし、力もついてきた。もちろん、全部を超えているとは言いません。まだまだ19歳ですから。

    ぼくは、ほぼ日という法人が成長したほうが、世の中が楽しくなると思っているんです。

    ほぼ日に集った人たちが作ったチームで、そのエネルギーをどう活かすかを考えることがおもしろい。

    ひとりで野球をやって、ボールを遠くに飛ばせるようになってもおもしろくないでしょ。チームがあって、ペナントレースがあるから野球というゲームがおもしろくなるんですよ。

    それとおなじで、ほぼ日というチームがあって市場があるから、おもしろいんですよね。

    ぼくもいつまでも「ほぼ日」の経営者でいることはない。この後の人たちは、考えかたをさらに加えて経営することになるだろう、と思っているんです。

    企業理念「やさしく、つよく、おもしろく。」に込めた思い

    ほぼ日の企業理念は「やさしく、つよく、おもしろく。」

    苦しんで苦しんで、なんとか搾り出すことができた言葉です。

    社会から照らし合わせて、どんな人でもわかる企業理念を言葉にしたいと思ったのですが、難しかった。

    言葉ってだいたいそうなんだけど、正解だとわかるには試用期間がいるんですよ。しばらく使ってみて違和感がないとなったら正解なんです。

    「やさしく、つよく、おもしろく。」は企業理念として生き残っているから、これが正解なんでしょう。

    ハードボイルドの名台詞と同じで、やさしくないと、この社会で生きている資格がない。自分にも他人にも、やさしくあることが第一です。

    つよくとは、タフであるということですよね。つよくないと生きていけないし、なにより人の役にも立てない。この2つは会社の基本です。

    問題はおもしろく、です。おもしろくないとほぼ日である意味がない。ぼくがおもしろくの部分を考えていた時期が長かったけど、イトイ以後は「おもしろく」の中身が変わっていくと思うんです。

    イトイと同じことをやっていても仕方ないですしね。


    上場後まもなく、六本木ヒルズで開催したイベント「生活のたのしみ展」。出店したクリエイター、企業の商品に売り切れるものが多かった。集客力、販売力、そしてイベントを開催して成功させる力があることを証した。

    これを繰り返していけば「おもしろい」会社として、糸井さん抜きでも成り立つようになるのでは?


    それは、小会社の大会社病になるんですよ。

    あのときと同じように、これをやろう。1がうまくいけば2をやればいいって発想になるんです。でも、それっておもしろい?って問わないといけないんです。

    生活のたのしみ展の成功は、想像できていました。だって、みなさんに喜んでもらえるに決まっているものを集めたんですから。

    ここで大事だったのは、いまのほぼ日で運営できるかどうかだったんです。成功することで、次のプレッシャーをもう社員は感じていますよ。それが大事なんです。あなたたちの仕事はいっぱいあるよって思ってほしいんです。

    例えばアウトドア製品で有名なmont-bell(モンベル)さんのお店の商品は、全部を傘にしました。ぼくがこのアイデアを出したわけじゃない。

    モンベルさんは他にもいい商品があるけど、担当者はあえて、全部を傘にしようと考えたんです。

    これ自体はいい。でも、来年も傘だけにしたらどうでしょうかね。

    結果的にそうなっても、なんでやろうとしたの?と問われる。なにが盛り込める?なにが引き算できる?それってほんとうにおもしろい?

    考えることはいっぱいありますよ。

    「ほんとうにおもしろいか」って、もっともっと考えたほうがおもしろいでしょ。


    糸井さんいわく、ほぼ日は企業として成長期にある。

    インタビューをした4月7日は「これまで何度もあった次のアイデアが出てくるまでの産みの苦しみを味わっている日」と重なっていた。

    苦しみは社員も味わっているようだ。

    次の成長に向けて上場、生活のたのしみ展とイベント続きで疲れている社員全員にメールが届いている。いまがいちばん忙しい時期だから新しいアイデアを出してほしい、と。

    結局のところ企業の成長とは、社員の成長である。

    「おもしろい」会社であるために、社員がおもしろいアイデアをどこまでも考えてほしい、とこの社長は考えている。

    ほぼ日社員は意外と大変?


    いま休むのもいいんだけど、ただ休むと積み上げたことがチャラになるから、頭だけ使う仕事をみんなにお願いすることにしたんです。

    ひっきりなしに考えていると、へとへとのほうが面白いアイデアでるんですよ。

    なんにも考えていない人は、いつまでたっても考えないんです。アイデアを出すことから、逃げる人はいるでしょ。そういう人は、できない理由で企画書ができるくらい考えるんですよ(笑)。

    うちの社員は頭を使ってアイデアを考えることができる。ほぼ日では暇だとカッコ悪いんですよね。

    実際、メールもたくさんかえってきて、いま新製品開発委員会が立ち上がって、いろいろ考えています。

    うちでは、やりたいって手を挙げた人が自分で主導してプロジェクトを進めるんです。

    手を挙げるということは、それをやっている自分の姿を想像できているということですよね。イメージできてる人に任せるのが一番うまくいくんです。

    そこで誰と一緒にやりたいか、仲間を指名することもできるんです。そうすると、なにかにつけて呼ばれる人がいるんですよね。

    こういう人の機能ってすぐにこれだって言えないんだけど、組織には欠かせない機能をしているんですよ。あとから、理由はわかるんですよ。加わると成果も出してくれますしね。

    社内顧客をつかめないなら、外でもできない

    仲間から一緒にやろうって注文がこない人は、社内顧客をつかめていないということです。

    ぼくたちの仕事は顧客の創造がすべてですから、社内で顧客を創造できないと、外ではできないですよね。

    うちはみんな親切だから、わざわざ「一緒にやろう」と声をかけることもあります。そうすることで、一度落ち込んでいた社員がまた復調するだってある。

    声をかけられて頼りにされるって嬉しいでしょ。

    社員の絆なんていうのは、どこまでいっても偽りなんです。偽りなんだけど、だからこそ知性で大事にしたいってぼくは考えているんです。

    いいイベントをやると、小さい危機を乗り越える仲間をみることになる。

    生活のたのしみ展で体を動かして、お互いを頼りにしあう機会をつくって成長する。社員が成長すると、新しい血流ができて、新しい顧客を創造するんですね。

    ほんとうのことを言えば、いま、ぼくも社員も苦しいんですよ。暗雲も立ち込めているようにみえる。本気だから不安になるというかな……。

    でも、ここでちょっとのプレッシャーをはねかえせるようなアイデアがでないと、最後は立ち行かないんです。時として、負荷も必要なんですよ。


    ほぼ日は外からみると、楽しそうな会社だ。でも、実際は「楽しそうにやっている」ということだろう。糸井さんの言葉は案外、厳しい。

    ターゲットを細分化して考えない

    新しいアイデアのターゲットをどこに設定するのか。ほぼ日がターゲットにしている顧客像はあるのだろうか。


    どの層をターゲットに、と細分化して考えないようにしてます。

    インターネットってターゲット論から自由だからおもしろいんです。細分化する必要ないんですよ。

    ほぼ日を見てくれる人のなかに老若男女すべて入っているから、あえてここをターゲットに、とする必要はないんです。

    ぼくたちはこう考えているんです。まず出す側がおもしろいものを出す。それを受け取る人たちが、どの時代の人であってもおもしろいことをやっているのかと問うんです。

    歴史を超えておもしろいかどうかを考える。人間は、ずっとおもしろいんだから、時代を超えておもしろいものを出したいんです。


    話題はこれからの不安にうつった。少しだけ間を置いて、言葉がでてくる。

    「新しいアイデアだと思ったことが、外の目を意識しすぎて変に普通のものになってしまうことじゃないかなぁ」

    いまのほぼ日は「つまり、手帳の会社」だという評価もついて回る。社員も糸井さんも社会の評価を受け入れながらも、どこかで違和感はあるのだろう。

    成長するかどうかは、最後はアイデアが決めるのであり、アイデアこそが主導権を握る。ほぼ日はそんな会社である。上場してもその本質は変わらないのだ、と。

    糸井さん自身も自分たちの会社をあらわす新しい言葉を探している。

    「あぁ手帳の会社じゃないんですね」と社会が思うような言葉が広がる日、それは「ほぼ日」が糸井重里を完全に追い越し、次のステージに登った日になる。

    その日を想像するのが、なにより「おもしろい」。インタビューの最後で、糸井さんはそう笑うのだった。