「橙書店は必ず営業を再開します」
村上春樹さんが朗読会を開いた、小さな書店が熊本市にある。名前を橙書店という。地震で書店はどうなったのか。4月21日、オーナーの田尻久子さんがBuzzFeed Newsの取材に応じた。田尻さんは言う。「お店の片付けが忙しくて、まともに連絡を返せていませんが、みなさんにお伝えください。橙書店は必ず、営業を再開します」
店の扉をあけると、左手に緑色の椅子がある。奥には掃除機、床には本が整理して並べてあった。田尻さんが片付けをしている。紺地のカットソーに、ワイドパンツ。表情にはやや疲れが見えるが、声は快活そうだ。
「隣の喫茶店は、地震の影響で扉も開かなくて、どうなるかわからないのですが、書店の方はなんとかやっていけそうです」
橙書店は熊本を旅した村上春樹さんが、詩の朗読会を開いた書店だ。紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』に、こう綴っている。
自分の気に入った本しか置かないいわゆる「セレクト・ショップ」で、自己啓発本なんかは一冊も置いてない。(中略)商売としてはなかなか簡単ではなかろうと推察するわけだが、しらたまくんの手助けや(文字どおりの猫の手)、熱心な顧客の応援もあって、熊本カルチャーの一翼をしっかりと元気に担っている。
村上さんはこの時、自作の『ヤクルト・スワローズ詩集』を朗読したという。この縁があり、村上さんは地震をうけて、「CREA<するめ基金>熊本」を立ち上げた。
村上さんは、ここの猫「しらたま」が気に入ったらしく、「愛くるしい猫で、僕も思わずめろめろになってしまった。たしかにこんなよくできた猫はなかなかいないだろう」と書く。
名物猫のしらたまは……
しらたまはどうなったのか。田尻さんがスマートフォンを取り出して、被災直後のお店の様子を見せてくれた。床に散乱した本が写っている。
「実は、1回目の地震(14日の地震)のとき、しらたまは店の中にいたんです。本が落ちてきたのが怖かったんでしょう。姿を隠しちゃった。店の中にいるはずなのに、どこに隠れたのかわからなくて。私、余震の中、探しに行ったんです。あれが一番怖かったかな」
「これが、しらたまです。すごく怖がちゃって」。丸まって寝ているしらたまの姿が、画面に映る。知人宅に避難していて、なんとか無事らしいが、地震を怖がっているという。
「このお店がなくなったら、困るから」
片付けは思ったより早く、進んでいる。お客さんが手伝いにくるからだ。
「この店がなくなったら困るから、自分のためにやっているんです」。ある男性はそう言いながら、黙々と片付けを手伝った。
「このお店に行ったことがあります。家の片付けが終わりました。いまから手伝えます」
「熊本に住む息子と同じくらい橙書店が心配です」。そんな声も届く。
お客さんとのエピソードをひとしきり語ったあと、田尻さんはぽつりとこう話す。「こんなこと言って、いいのかわからないけど、悪いことばかりじゃないって思うんです」
「本当に大変な人のところに支援が届いてほしい」
村上さんはじめ、支援の声は広がっている。この動きを田尻さんはどう見ているのだろう。
「本当にありがたいです。私たちのところは、幸いどうにかなりそう。でも、阿蘇や益城では家が倒壊したり、大勢の人が亡くなっています。本当に大変な人たちのところへ、支援が届いてほしい。そう思っています」