「護憲派ではない」とキッパリ 枝野は何を目指すのか

    立憲民主党を立ち上げた枝野幸男さん。それはリベラルの受け皿か、民主党の後継か?それとも……。いったい何を目指すのか?

    「こんなことになるなんて……。まったく想定してませんでした」

    立憲民主党の枝野幸男代表は、事務所応接室のイスに座るなり、こう語った。

    たった一人で党の立ち上げ会見に臨んでから、まだ1週間も経っていない。しかし、声のトーンに張りがある。表情も明るい。結党会見で浮かんでいた悲壮感は、すっかり消えていた。

    民進党の事実上の解体が決まったあと、Twitterでは枝野さんに奮起を促す投稿が相次いだ。その言葉、「#枝野立て」はブームになった。

    民進党がなくなったことで、投票する先を見失った人がいる。それは、自公政権には反対するが、共産党には投票したくないという層だ。彼らは、自民との連携をちらつかせる希望の党には投票しづらい。

    その受け皿となったのが、枝野さんたちだった。

    立憲民主党の出現で、選挙の構図は大きく変わった。Twitterでは結党から1週間も経たないうちに、立憲民主党・公式アカウントのフォロワー数はどの既存政党よりも多い16万を突破している。

    《立ち上がりの手応えは、これも想定以上によかったです。》

    この勢いを後押ししているのは、いったい何なのか。リベラル層の支持も得ていることは自覚しつつも、枝野さんは慎重に言葉を選んで、こんなふうに話す。

    《私としてはリベラルという、手垢の付いてしまった言葉は使いたくないんです。むしろ、いまの政治状況のなかで、ぽっかり空いてしまった「中道」をすくい上げて、しっかり次につなげていきたい。》

    「私は護憲派ではありません」

    枝野さんが考えている「中道」とは何なのか。それが分かりやすく表れているのは、憲法に対する考え方だ。

    《私は護憲派ではありません。憲法の中身をより良い方向に変えるなら、改憲には賛成です。

    つまり、いまの日本国憲法が持っている価値観を発展させるなら、改憲は大いにありということです。》

    しかし……それと、いま憲法9条を変えるべきかどうかは、切り離して考えるべきだという。

    《北朝鮮のミサイルと、核開発への対策はいままでの憲法でもできる。憲法を変えたら核開発が止まるかといえば、止まらないでしょう。

    ミサイル防衛システムはもっとお金をかけるべきです。尖閣諸島の防衛だって充実させることは必要です。

    でも、これは防衛予算の配分を変えることで対応していくことが必要なんです。

    憲法9条を守れば平和だとか、北朝鮮問題と関連させて自衛隊を明記すると語るのは、違うのではないか。

    北朝鮮との外交や、安全保障政策は、専守防衛の範囲です。僕は、その範疇なら安倍さんとそこまで変わらないんです。》

    自衛隊についても、こう断言する。

    《例えば、日本の領土、領海を守るためにやるべきことはやる。いま自衛隊を小さくしようとか、いずれ解散するという考え方はリアリズムではない。》

    強調するのはリアリズム、である。

    経済政策はどうか。

    これまで枝野さんは、政府の支出削減をモットーとする「緊縮財政派」と目されていた。だから民進党代表選のとき、枝野さんが「緊縮政策を取らない」と話したことは、少しばかり話題になった。

    新党でも「いまなされている、金融緩和・財政出動は変えません」と話す。

    では、何を変えるのか?

    枝野さんは、「貧困層を中間層に引き上げ、中間層がより充実した生活を送れる」のが、経済政策の基本的な考え方だと言った。つまり、重要なのは「中間層を分厚くすること」だ。

    《安倍さんは、アベノミクスでいろんな指標が改善していると言います。確かに指標を抜き出せばそうでしょう。

    でも、いまは、若い人がまっとうな暮らしができていると言える状況でしょうか?

    たとえば、いまの若い人が、ローンを組んで自動車を買えますか?

    私はこれが一つの目安だと考えています。ローンを組むためには、安定的な仕事・収入が必要です。

    都心ではともかく地方では、車は必需品です。

    若い人たちが車を買える。望めば家族を持てる。ここまでできて、初めてまっとうな経済と言えるのではないでしょうか。》

    財政出動は人にする。枝野さんは8月のインタビューで、看護師、介護職員、保育士の賃金を底上げを「経済政策としてやる」と語っていた。

    需要があるのに、低賃金で人手不足、かつ税金を注入できる公的事業に投資することで、経済を回していくということだ。

    下からの政治、その意味するところは?

    《政治的に「左か右か」ではなく、「上からか下からか」というのが大事だと思っています。対立軸はイデオロギーじゃない。

    下からというのはボトムアップ型の民主主義という意味であり、経済政策の考え方も示しています。

    つまり、安倍政権のようなトップダウン、上=富裕層優遇の政治ではなく、中間層の所得を上げることであり、貧困層を中間層に押し上げる政治を目指したい、ということです。

    分配か成長かではなく、分配なくして経済成長なしなんですよ。》

    政治家の二世、三世ばかりが総理候補として囁かれる永田町である。

    それに対し、枝野さんは、父親がサラリーマン。中間層の出身だ。自分自身を「永田町のアウトサイダー」だと思ってきた。

    だからこそ、上からの政治ではなく、下からの政治という立ち位置が重要だと語る。

    民進党でなくなった組織はどうなる?

    ただ、政治をやるためには、組織が必要だ。これまで作り上げてきた組織は、民進党の解党とともになくなってしまった……?

    《いや、そうは思いません。この政党が立ち上がったことで、状況は変わりました。

    民進党で作ってきた、これまでの組織を継承していくということは、今回の選挙で結果を出せば可能だと思う。

    私の選挙区は、全員で立憲民主党の結党を支持してくれました。

    『希望の党はなんだかわからない』という参院議員、地方議員や地方組織は、全国的にあるんです。

    選挙結果次第では、その受け皿になれる。》

    目指す政権交代は、その先の話だが……実現はいつ?

    《1996年にできた経験も何もない民主党が、2009年に政権をとった。それよりもはるかに短い時間でできる可能性もあります。

    だって、経験がありますから。

    私自身も経験を積みました。20年前なら(前原さんの最初の提案で)「俺は離党する」って言って一人で飛び出すでしょうね(笑)》

    その当時に比べれば、組織もまだ残っている。経験も積み重なっている。

    《立憲民主党は、民主党、民進党が目指してきたものをよりピュアな形で体現できる政党になると思っています。》

    「前原さんが謝るべきは有権者」

    ところで、小池さんと行動をともにすると決断した前原さんは10月7日の読売テレビの番組で、枝野さんに対して「申し訳ない」と謝った。

    20年以上、行動をともにした枝野さんは、この前原さんの言葉に何を思うのか。

    《前原さんが謝るべきは地方組織、地方議員、党員サポーター、民進党として戦うことを期待してくれていた有権者でしょう。

    私は私で、同じ政治家として、この政党で戦うという政治判断をしましたから。私への謝罪は最後で良いんです。》

    この先一緒にやっていくことはあるのだろうか。

    《例えば、今回の選挙で安倍政権が継続したとする。その後の国会で、何か起きて、安倍政権への内閣不信任案を希望の党が出したとしますね。

    そこでは賛成しますよ。

    それは、安倍政権を終わらせると語っている以上、当然のことです。》

    すっきりしたけど……しんどいなぁ(笑)

    立憲民主党で選挙戦を戦うことは、これまでと何が違うのかと聞いた。

    《すっきりしたのは間違いないけど……(しばしの沈黙)。しんどいなぁ(笑)。》

    9月27日に前原さんから希望の党合流を告げられ、枝野さんは「邪魔はしない」と言った。積極的には賛成しないという意味である。

    いちばん精神的に苦しかったのは、そこから10月2日までだったと明かす。新党立ち上げの記者会見では、険しい表情を浮かべていた。

    しかし、結党後は勢いを感じている。

    《今回の選挙で(立憲民主)に風は背中から吹いているとは思います。ですが、強さはわかりません。

    私は地域で一定の活動をしていたから、みんなに立てと言ってもらえたと思っています。

    もし、選挙区で地道に活動していない議員なら、風がある希望の党にいったほうが選挙が楽だと言われたでしょう。

    政治家は風に頼ってはダメなんです。地道に組織を作れば、風に右往左往しないですむ。

    だから、今回の選挙でも、これまでちゃんと回っている人は結果をつかめるはずです。》

    「やっぱり寛容が大事」

    インタビューの最後、時間もきて椅子から立ち上がった枝野さんに、こんな質問をした。

    その風は、リベラル云々ではなく、主張を貫こうとする政治的態度に吹いている?

    《そう思いますよ。その意味では、民進党から希望の党に行った人が一番、選挙がきついと思いますよ。》

    では、苦しんでいるかつての仲間が、また一緒に活動したいと言ったら?

    《排除の論理はとらないでしょうね。寛容であることが大事なことですから》

    そう言い残し、執務室へと去っていく。やはり悲壮感はなく、笑みが浮かんでいた。