2018年、ビジネスは「共感」から「素直」の時代へ スープストック創業者が描く次の一手

    全国展開するスープのファストフードチェーン「Soup Stock Tokyo」、ネクタイブランドの「giraffe」……。大企業の一社員から転身し、個性的なビジネスを展開するスマイルズ・遠山正道さん。初めて明かす「新しいビジネス」を語る。

    最大のリスクは「自分の中に理由がないこと」

    《自分たちのビジネスにとって、最大のリスクは自分の中に理由がないことをやることなんです。

    ビジネスがうまく回るんだったらなんでもいい、という考え方もあるでしょう。でも、現実はうまくいかないことのほうが多い。

    スープストックトーキョーもgiraffe(ジラフ)も利益がでるまで時間がかかっています。

    うまくいかない時期に誰のせいでもない、自分の中に理由があって始めたんだと思えないと、すぐに気持ちが断ち切れる。

    あなたが、どうしてやっているの?という問いに答えられないとどうしようもないと思うんです。》

    淡々と、しかし、しっかりとした口調でこう語るのはスマイルズ代表の遠山正道さんである。

    手がける事業はスープ、ネクタイ、そしてリサイクルショップまで。遠山さんが立ち上げたスマイルズは変わった会社だ、と言われている。

    まず、手広く展開している。外から見ていても、スープとネクタイに一貫性は見出しにくい。

    そして、市場が求めているものを見極めて、成功モデルをつくる—こんな声に背を向けて、「やりたいことをやることがビジネスモデル」だと言い切るからだ。

    転機は33歳だった

    三菱商事の一社員だった遠山さんは絵の個展を開く。1年間かけて準備をした、タイルに描いた作品である。

    絵は好きで、これまでも雑誌や書籍などでイラストを描いた経験はあった。それでも本業にするほどのレベルではなかった、と自認していた。

    誰の命令でもなく、マーケティング的な要請もない。やりたい理由は自分の中にしかなかった。合理的な説明はできないが、どうしてもやりたかったのだ、という。

    個展を終えた後、三菱商事時代にひらめき、社内ベンチャーで「どうしても」立ち上げてたかった「Soup Stock Tokyo」が、いまの原点になっている。

    マーケティングありきのビジネスではない

    《やりたいことをやる、と言い切ったのは「ビジネスモデル」ばかり聞かれてきたことへの反発でもありました。

    マーケティングありき、モデルありきで始めたのではないんだ、と。

    いまやっているビジネスは個展に似ているんですよ。

    例えば、アーティストが「私は来年、個展を開くのですが、どのような作品を描くかアンケートをとってから決めます」なんて言わないですよね。

    でも、ビジネスパーソンはどうか。「なんでこれやっているの?」と聞かれたら、配属されたからとか、どこもやっているから、分析して売れそうだからという答えに終始してしまう人がいる。

    もったいないと思う。本当に優れたアートはまったく独りよがりではなく、自分の立ち位置を把握して、新しいものを打ち出そうとする。

    アートはビジネスではないけど、ビジネスはアートに似ていると思っているんです。

    自分の頭の中にあるものを形にして、世の中の評価や、ときに批判をあびる。

    まったく似ていますよね。利益やお金は大事に決まっています。でも、その前に、いったい何がやりたいのか。原点を問うことが大事なんですよ。》

    打ち出したかったのは社会へのメッセージ

    例えば、11年目を迎えたgiraffe(ジラフ)である。元々、「サラリーマン一揆」をコンセプトに掲げたネクタイブランドだった。

    画一的なサラリーマンのファッションに一石を投じる。それが狙いだったはずなのに、いつの間にか女性用のアクセサリーなども展開していた。

    そもそも、なんのために立ち上げたブランドだったのか?原点に立ち返るために女性用の展開はやめた。

    《giraffeは実はスープストックトーキョーよりも前に思いついていたんです。

    原点にずっとあったのは、サラリーマンが周囲や社会からの要請でなにかを決めるのではなく、自ら決めるということ。

    ネクタイはサラリーマンの象徴的なアイテムです。お仕着せのネクタイではなく、自分で判断して決めるためのネクタイっていうのがコンセプトだったんです。

    自分で自分の首をキュッと絞め上げて、キリンのように高い視点で遠くを見る。

    30歳くらいで、ネクタイでいきたいと思いついた。企画書をだしたけれど、三菱商事では却下され、「意味がわからない」と言われました。

    最初は自分たちで生地を買ってきて、試作品を作ることからはじまったわけです。

    ファッションから入ったわけじゃなくて、メッセージを打ち出したかったんですよね。》

    遠山さんは、メッセージという言葉を大事にする。その宛先は「社会」だ。

    原点を問い、言葉と事業に落とし込み、社会に発信する。スープでも、ネクタイでも価値観は通底している。

    スープストックトーキョーの企画書には「単なる飲食の提供や利益追求だけの組織ではない。社会を引っ張り影響を与える」とある。

    今を破壊し、だけど無理せず、元気に、楽しく、気持ちよく……

    では、giraffeのネクタイを通じてどんな、メッセージを発信したいのか。そんな質問をすると、遠山さんは立ち上げ時に作っていた企画書を読んでくれた。

    時代は1998年である。時の経済は大手企業や銀行の倒産が相次ぎ、現代にもつながる先行き不透明な状況だった。

    「giraffeが長ーい首で先まで見ると、今のままの延長上には未来が無いことが見えてしまいます」

    「今を破壊し、だけど無理せず、元気に、楽しく、気持ちよく、自らが手をあげて、皆が取り敢えず破壊し、実行し、変化する……」

    「60年代のヒッピーはちょっと幻想に走りすぎたし、70年代の学生運動はちょっと暴力的だったから、もうちょっと楽しく、そして群れずに、個人個人が自分の出来る範囲で、先ず自分から変化する」

    ここまで読んで、彼はちょっと笑った。

    世の中の流れに右往左往しない「自分たちらしさ」

    《今と大して変わらないことが書いてありますね。

    日本型のサラリーマンを否定したいわけではなく、ちょっと変える。

    それだけで、少し尊敬されるビジネスパーソンになることができるんじゃない?って思ったんですよね。

    世の中のほうが右や左に動いていくじゃないですか。それを追いかけて右往左往するんじゃなくて、これからは簡単には流されない、自分たちらしさが大事になる。

    そんな時代になってほしい、と思っていたんです。

    メッセージというのはそういうことです。giraffeは身につけることで、力がわいてくる。そんなブランドにしたかった。》

    自分でVIPと呼ぶ勇気

    これみてください、と当日つけていたネクタイを手に取る。鮮やかなチェック柄に、ゴールドに近い黄色で、大きく「VIP」という文字が飛び込んできた。

    《自分で自分をVIPと呼ぶ。これをつけるには勇気がいると思うんです。

    これ、仕事ができないまま、つけていると恥ずかしい(笑)。でも、これをつけて勝負に臨むぞって気持ちのスイッチが入ることだってある。

    ひるまずに立ち向かう気持ちを後押ししたいんです。ネクタイ一本で気持ちが変わることってあるんですよ。

    かなり遊びが入っているネクタイだけど、京都・丹後でしっかりと織っているシルクを使ったものです。

    織り方も複雑で、職人泣かせなんですよね。質は落とさず、でも遊びも忘れない。自分たちらしいと思います。》

    ビジネスは「共感」から「素直」へ

    会社というシステムのなかにいれば、ある意味で気楽である。特段、自分の考えが押し出さなくても、与えられた仕事だけこなしていれば評価はされる。

    でも、それだけでいいのだろうか。誰かに合わせてばかりではなく、「自分が」大事にしたいものを仕事にする。

    そんな創造力があってもいい。

    素直にやってみたい、と思うこと

    《僕は「共感」が大事だって言い続けてきたけど、最近は「素直」っていう考えがしっくりくるんですよね。

    スマイルズでやっていることは、自分にとっては素直になれること、当たり前のことなんです。

    わっおもしろいこと思いついた、やってみたいなぁと素直に思える事業が大事だなぁと思っています。

    普通のことをやっていてもおもしろくない。自分たちがやる価値が無い限り、意味がないじゃないとかね。

    普通のことやって、売れてもいいんですよ。それなら上司も喜ぶし、株主も喜ぶし、みんなも喜ぶかもしれない。

    でも、さっきも言ったように世の中のほうが流れるわけです。最初はうまくいっても、ずっとうまくいくわけじゃない。八方塞がりになったときどうします?》

    言い訳と後悔だけが積み上がっていくことになる。

    遠山正道が明かす新ビジネス…それはアート?

    いまの遠山さんは何を「おもしろい」と思っているのか。

    「2018年に向けて、そろそろ言っていこうと思うのだけど……」と次のビジネスプランを明かしてくれた。

    「小さな美術館を世界に100個作りたい」

    《いま「The Chain Museum」というのを考えているんです。小さな美術館を世界中に100個作るという事業を構想している。

    大きなことを言うと、今のアートと資本主義の関係を変えていく。そんなアイディアなんです。

    もともと、20世紀が経済の時代なら、21世紀は文化・価値の時代になるだろうと思っていて、スマイルズは作家として芸術祭に参加しているんです。

    いくつか作品も作ったのですが、もっと突き詰めて、スマイルズが作家になるってどういうことかを考えたんですね。

    答えは、やっぱりビジネスをデザインすることだな、と。

    Soup Stock Tokyoはチェーン店ですよね。考えてみたら、チェーン店とアートってまったく相入れないとされているもの。もし、これを合わせたら、おもしろいんじゃないかって思ったんです。

    もっと極端な方向に振って考えてみたら、美術館のチェーン展開になるなと思ったんです。

    ここに、もう一つ僕が考えている時代の流れをミックスする。

    いまの時代は、大きな組織よりも「個人」で、小さければ小さいほど思い切ったおもしろいことができる時代です。

    この2つを合わせて見えてきたのが、小さな美術館を世界に100個つくる、というアイディアになっていきました。

    展示するのは、それぞれの美術館で違うアーティスト、違う展示をする。

    アーティストは「個人」で思い切った作品をぶつけて、それをバックアップするビジネスとしての美術館をチェーン展開するわけです。》

    ビジネスをデザインし、アートと経済の新しい関係を創る

    現段階で考えているメッセージは「権威と資本主義を借りて、笑顔と自由を獲得する」である。

    美術という権威、チェーン展開という経済の仕組みをつかって、アートと経済の新しい関係を模索したいのだという。

    《アートというのは、見たことがないものを見せて、心のひだを動かすもの。

    アートには、ビジネスの人たちに欠けてしまいがちな、新しいものを自分が生み出したいという感覚が当たり前のようにあります。

    ところが、ビジネスの側からみるとアートの人たちは敷居が高く、何か難しいことをやっているんじゃないかという感じで投資しにくい対象になっている。

    ビジネスとアートの距離が遠くなっているのは、お互いにとってもったいない。

    このプロジェクトも、最初は資金調達から始まります。お金が集まる理由は、単純にキャッシュを生むか、未来への期待しかないと思うんです。

    美術館はすぐにキャッシュを生むわけではない。だから、大事にしたいのは期待です。

    この美術館に展示される作品は、最初と10年後では全然違う価値になっているかもしれない。

    すぐには価値がわかってもらえなくても、おもしろい人が集まって、ユニークな展示があって、そして未来への期待が高まれば10年後、20年後には、そこから、まったく新しい何かが生まれているかもしれないと思うんです。

    作品を届けたいターゲットはおじいちゃんから子供まで。美術好きありき、マーケットありきでのスタートはしない。》

    ゼロから立ち上げることにビビっている

    このあたりはチェーン展開で培ってきた価値観が生きている。

    《久しぶりにゼロから立ち上げる事業をやると言ったものだから、ちょっとビビっているところもあります。

    でも、今までなかったものをやるという楽しみがあるんですよ。無いことをやると言い切る。それが大事なんです。》

    インタビューの中で、通底していたのはビジネスのなかにもっと「個人」を持ち込んで、考えてみるということだった。

    お仕着せの価値観、誰か任せではなく、自分にとって何を大事にしたいのか。どう動くのか。

    大事なのは問いと意志、である——。

    個人の美意識、行動力に大きなエネルギーがある

    《私はスマイルズを始めてから、はじめて仕事に「人生」という言葉がでてきたんです。仕事と人生が重なってくるんですよ。

    三菱商事にいたときは「人生」なんて言葉は使わなかったですね。やっぱり、組織優先になりますし、そんな時代でもなかった。

    いまは個人の力で、個人が勝負できる時代なんですよね。スマイルズでも、小さくても独立した個人のアイディアで勝負する事業に出資をしています。

    仕事と人生が重なると、全部自分に跳ね返ってくる。ダサい行いも、センスも魅力も。

    個人の人生、センス、情熱、責任、美意識や行動力にこそ、大きなエネルギーや魅力がある。これを会社が使わない手は無い。

    自らルールを作り、自ら動く時代なのだから、もっと仕事に個人を持ち込んでほしいと思っています。》

    2018年、ビジネスはもっと「個人」のアイディアと行動が生きる時代へ。あなたはどう動く?