「安倍さんの改憲案? 筋が悪くてひどい」、東大教授が首相を一刀両断する理由

    「憲法9条を削除せよ」と護憲派も改憲派も痛烈に批判してきた法哲学者の論理

    「安倍さんの改憲案? ひどいね」

    安倍首相が投じた一石に波紋が広がっている。悲願の憲法改正に向けて、唐突に改憲案を披露し、議論が始まったかに見えたがここにきて支持率は急落。党内からも「支持率が低いと自民党案をまとめるのに時間がかかる」(時事通信)という声がでている。

    しかし、問題は政権運営だけなのか。その論理にも問題があるという見方もある。

    「安倍さんの改憲案?筋が悪くて、ひどいね」

    BuzzFeed Newsの取材にこう語るのは、法哲学者の井上達夫さん(東京大教授)だ。井上さんはこれまで、「安倍政権は解釈改憲ではなく堂々と改憲を発議せよ」と主張してきた。

    一見すると、今回はその通り、安倍首相は堂々と改憲を言い出したようにみえるが……。

    安倍首相の改憲案

    憲法改正の議論に安倍首相は今年5月3日の憲法記念日に突然、大きな一石を投じた。読売新聞のインタビューで、憲法9条の1、2項を残した上で、自衛隊の存在を書き加えると表明した。

    1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

    これが、いまの憲法9条だ。安倍首相は、ここに3項を加え、自衛隊の存在を明記するという案を披露した。

    改正憲法は、2020年の施行を目指すという。

    改憲を諦めない安倍首相

    唐突な案に党内からの異論も出たが、安倍首相は諦めていない。都議選で惨敗を喫した直後、7月3日にあった毎日新聞の単独インタビューで、安倍首相はこう断言している。

    Q 自民党改憲案を今年秋の臨時国会にも出すというスケジュール感は変わりませんか。

    A 変わっていません。(2017年7月4日、毎日新聞のインタビューより)

    このインタビューでは、「自衛隊は違憲かもしれないけども何かあれば命を張って守ってくれ、というのは私はあまりにも無責任なんだろうと」とも語っている。

    井上さんの批判

    井上さんは従来の改憲派、それに反対する護憲派を双方とも批判してきた。

    改憲派も護憲派も、憲法と自衛隊との関係をうまく説明できていないというのがその大きな理由の一つだ。

    自衛隊は、憲法9条2項が放棄したはずの「戦力」ではないのか。自衛隊合憲論が「自衛隊は戦力ではなく、実力組織だ」と言ってきたのは、無理があるのではないか。それが、井上さんの問いかけだ。

    9条削除論

    これに対する井上さんの答えは、「憲法9条そのものを削除せよ」という内容だ。

    なぜ9条を削除しないといけないのか。

    井上さんは大前提として、護憲派対改憲派の憲法論議は硬直化していると考えている。9条の解釈を巡る論争ばかりで、本当に大事な望ましい安全保障体制とは何かという議論は、まったく深まらない。

    ならばいっそ9条そのものを削除し、その上で安全保障のあり方を議論しながら、決めていけばいい。それが井上さんの主張だ。

    9条を削除したら、集団的自衛権行使反対派も、9条の欺瞞的乱用によって自己の安全保障観を擁護できず、望ましい安全保障体制についての実質的な議論を深めざるを得なくなる。

    安全保障体制のあり方については、誰も自分たちだけが確実な正解を知っていると標榜することは許されず、自己の立場を民主的な討議プロセスにおける持続的な批判的吟味・再吟味にさらさなければなりません。(毎日新聞ニュースサイトより)

    「3項で自衛隊を認める、は筋が悪い」

    都内で7月に開かれた市民集会で井上さんは、安倍首相の改憲案が自分の目からはどう見えるのかを、聴衆に語っていた。

    「9条の2項で戦力は持たないと書いてある。これを残したまま、3項で自衛隊を認めるというのは無理がある」

    「これまで政府は、護憲派の一部も言うように、自衛隊は『戦力』じゃないからOKであると言ってきた。でも、本当に戦力じゃないのか? これだけの組織を軍隊ではない、戦力ではないと言い続けることに嘘がある」

    「安倍さんは2項を変える、というならともかく3項を付け加えて自衛隊を認めるという。それでは、相変わらず自衛隊は戦力じゃない、軍隊じゃないという嘘をつき続けることになる」

    井上さんの言葉を使えば「欺瞞」が残り続けることになる。

    これで「矛盾」は解消するのか?

    「9条があるから、自衛隊という『戦力』を憲法で縛れなくなっている。日本国憲法に戦力は存在しないから、自衛隊は戦力じゃないという。でも、現実にある戦力を憲法で統制できないのは『立憲主義』と言えるのか?」

    「憲法は国家権力を縛るためにある」という立憲主義の考え方に照らし合わせるなら、これが問題であると井上さんは考えている。

    井上さんは登壇後、次のように語った。

    「3項に自衛隊を加憲するなんて、とにかく筋が悪い。批判されるのは当たり前だ」

    一見すると、憲法9条と自衛隊にある矛盾を解消しようとする安倍改憲案だが、実態は矛盾を残し続けるというだけで、論理的には持たない。

    唐突な改憲案を披露した安倍首相の課題は、政権運営だけでなく、自身が進めていこうとする改憲の論理そのものにもある。