なぜ成功する人は運を味方につけるのか?経済学があかした「運」の大事さ

    才能があり、努力しても経済的に成功する人は少ないーー。話題の経済学本『成功する人は偶然を味方にする』レビュー

    成功に必要なのは運?

    「あなたがいまのポジションにいるのは、努力や才能ももちろんあるけど、やはり運に恵まれたんですね」

    こう言われて、むっとした人はおそらく社会的に成功している人だ。自分が成功したのはたゆまぬ努力を続けて、他の人よりもリスクを取ってきたからだ、と言いたがる人かもしれない。

    人は成功は自分の努力のおかげ、失敗を不運のせいだと考えがちだから、それも致し方ない。

    しかし、成功は本当に努力や才能だけによってもたらされるものなのか?


    経済学者はこう考えた

    成功する人は偶然を味方にする』(日本経済新聞出版社)を書いた経済学者のロバート・フランクの主張は明快だ。

    リスクを取ることと成功との因果関係はない。リスクを取るとは、いくら努力を重ねたところで、どうしても失敗を避けられない要素があるということだ。

    努力すればするほど確実に手に入れることができるという類のものではない。

    従って、リスクを取って成功した、というのは自分が「運」が良かったと告白しているのと同じであるーー。

    フランクはいかに運が大事かというエビデンスを、これでもかと並べる。彼の基本的な考えは、この言葉に集約できるだろう。

    「才能と努力だけで経済的成功が保証されるとしても(実際はされないのだが)、運が不可欠であることは変わりない。才能豊かで、まじめに働く意欲が高いこと自体が、そもそも大きな幸運によるものなのだから」

    「運が左右するのが全体のパフォーマンスのごく一部だとしても、最も能力が高い人が勝者になることはほとんどない。むしろ、最も幸運な者のひとりが勝つのである」

    努力できるかどうかも運で決まる?

    同じように努力して成功する人もいれば、成功しない人もいる。

    例えば、仕事で高く評価され、成功しやすいのは「集中して疲れも見せずに働く能力と意欲のある人」だ。

    こうした資質は、遺伝と環境の組み合わせから得られると言われている。

    人は、生まれる親も、生まれる環境も選ぶことができない。頭の良さだって遺伝や環境でほとんどが決まっていく。家庭の影響や、周囲の影響で努力ができる人になっていく。

    つまり、運は個人の資質に大きく影響する要素なのだ。

    成功も小さな偶然によって決まる。わかりやすい事例がある。

    同書で、フランクは紹介している社会学者のダンカン・ワッツらによる「ミュージックラボ」という実験を紹介している。

    48のインディーズバンドが、バンド名と自分たちの代表曲を掲載したウェブサイトをもつ。ウェブサイトを訪れた人たちは、48曲なかから好きなものをダウンロードできる。条件は、どのくらい気に入ったかを評価することだ。

    「曲の運命」やいかにーー。

    運命は「客観的な良さ」(同書の定義は、回答者が他者の評価を知らずにくだした評価)では決まらなかった。

    もっとも重要だったのは、初期にダウンロードする人たちの評価だった。

    最初に評価する人がたまたま高く評価したら、ハロー効果(目立った特徴のみにひきずられ、他の特徴についての評価が歪められること)によって他の人たちも好意的に評価するようになる。逆も同じで……。

    わずかな差、運の有無で「ひとり勝ち」できる

    1%客観的な良さがよかったら、1%成果が違うといったようになっていなかったのだ。

    どんな人が最初に紹介するかを決めることはできない。同じくらい良い曲であっても、ヒットすることもあればしないこともある。

    運命を決めるのは、ほんのわずかの差であることがわかる結果だ。初期の評価にひきずられ、人は判断する。

    競争の激化と、情報技術の進化で勝者の「ひとり勝ち市場」が広がっている。わずかな運の差が、人生を左右する決定的な差になるのだ。

    運を軽視するデメリット

    これだけ証拠があっても、努力や才能もさることながら「運」が重要だというとムッとする人は残るだろう。

    それ自体は「普通」の反応だ。フランクも繰り返し述べるように、人は一般的に、成功は「自分の能力と努力」によるものであると評価する傾向にあり、逆に失敗する不運だと考える傾向にある。

    こうした考えのデメリットは大きい。

    富裕層に課税を

    ここから、フランクがなぜ運の重要性を論じてきたのか。彼が、何を主張したかったのが明らかになる。

    成功は努力によるもの。言い換えると成功するために努力をしようと考えないと、人は努力をしなくなるという考え方である。

    こうした考え方をすると、経済的に成功した人は自分が得た所得はすべて努力の成果だと考えて、税金をとられることを嫌っていく。

    「成功者は幸運だったことを認めず、他者に成功のチャンスを与える公共投資に反対しがち」になる。

    本当は努力以上に運に大きく左右されるのに。その結果、教育への投資、公共投資への投資はどんどん減っていき、社会はうまくまわらなくなる。

    大事なのは社会全体の幸運度をあげることだ、とフランクは考えている。そのために必要な理想の税制を考察し、公共投資に必要な財源は、運の要素もあって成功した富裕層から求めるべきだと主張する。

    高所得者による執拗な減税要求が一因で、世界中で財政赤字が拡大している。(…)切り捨てられる政策は、切り捨てが妥当だからではなく、切り捨てによって苦しむのが弱者だからだ。

    財政赤字は、将来への投資を切り詰めることにもつながる。その犠牲になる国民は生まれていないから、抵抗すらできない。

    運を大事にするメリット

    主張への詳細は本書を読んでいただくとして、最後にこんな実験結果も紹介しておこう。

    自分の功績は他の人のおかげであること、運であることを認めることで、周囲から高く評価されるという。

    過去の成功体験があったとしても、自分の努力や才能の必要ばかりを強調して、運の要素を軽んじることは、個人の将来にとっても、社会の将来にとっても、いいことは少ないのだ。