財務省の福田淳一事務次官がセクハラ発言を繰り返していたと報じられ、辞意を表明した問題。
自社の女性が被害を受けたとするテレビ朝日の会見から一夜。被害者に名乗り出るよう求めた財務省の調査には問題があり、撤回すべきだとする署名を、呼びかけ人の弁護士らが同省に提出した。
17日にchange.orgで始めた署名は、わずか2日間で3万5千人以上が名前を連ねている。
ゴールは調査方法の撤回
署名はジェンダー、性犯罪、労働問題などに詳しい弁護士10人が呼びかけ人となり、財務省と麻生太郎財務大臣、内閣人事局に宛てた。
財務省が省の顧問弁護士に委託し、セクハラ被害を受けた女性に情報提供を呼びかけた調査は、以下3点の問題があるため、撤回すべきだと訴えている。
- 財務省の調査方法は、「第三者性」が担保されておらず、被害者のプライバシーが守られるかも不明で、コンプライアンス上問題がある。
- 「官庁の中の官庁」と言われるほど圧倒的な権力を持つ財務省と記者は権力関係の中にあり、実名を明かしての告発は記者生命と引き換えになりかねない。
- 麻生大臣が当初、調査や処分をしない考えを表明したことは、財務省のハラスメント隠蔽を体質を示し、女性の尊厳を軽視していると言わざるを得ない。
署名活動は17日午後5時に呼びかけ始め、3万5千筆もの支援が集まった。
19日午後、うち印刷を終えた2万7千筆分を財務省側に手渡した。
署名を受け取った時、職員たちは「調査についてコメントできる立場にない」と前置きしつつ、「弁護士事務所に委託しているから第三者性は担保できている」「匿名性やプライバシーには配慮したつもりだった」と弁解したという。
同席した内山宙弁護士によると、「福田次官の辞任後も調査を続けるのか?」と問われると、最初に調査期間として設定した4月25日午後5時までは、引き続き情報提供を受け付けると説明した。
太田啓子弁護士は「私たちのゴールは署名の提出ではなく、調査方法を撤回してもらうことなので、撤回されるまではネット署名への協力も呼びかけ続けます」と話した。
「セクハラに対する誤った意識を広める」
どうして急きょ、署名活動を始めたのか。提案した早田由布子弁護士は会見で、財務省がセクハラ被害に対してこうした調査方法をとることの持つ意味を考えてほしいと訴えた。
「財務省という官庁がこうした調査方法をとるということは、セクハラ事案にはこうした対応をしていいんだと取られかねない。セクハラに対する誤った認識を広めてしまうと感じました」
2日間で3万5千筆もの支援が得られたこと。これは社会と財務省の認識のズレを示す数字だと考えている。
1989年に「日本初のセクハラ裁判」として大きく注目を浴びた訴訟の弁護人を務めた角田由紀子弁護士は、「まだこんなことをやっているのかと呆れた」と苦言を呈す。
「30年近く被害者のために仕事をしてきましたが、最近は刑法も改正されたり、セクハラも含めた性暴力の被害に対する理解は随分変わってきたと実感していたんです」
「それが財務省のえらい官僚があの程度の認識しかなくて、この国を動かしていたのかと、少しずつ変わってきたと思っていたのに、こんなところに生き残っていたのかと」
「社会の変化は彼らに届かなかったのかと、愕然としました」
顧問弁護士は「財務省側の人」
特に呼びかけ人の弁護士たちが問題視しているのが、財務省と顧問契約にある弁護士たちが調査を担うという点だ。
顧問契約がある以上、彼らは財務省に対して報告義務や守秘義務があるため、「中立公正な第三者として間に立つ役割は果たしようがない」と太田弁護士は指摘。
日本弁護士連合会の企業不祥事における「第三者委員会ガイドライン」でも、企業の顧問弁護士は「利害関係を有する者」に当たるため、委員に就任することができないと明記されている。足立弁護士は言う。
「署名を渡したときも職員の方たちが、名乗り出る窓口は法律事務所だから第三者性があるんだと言っていましたが、顧問契約を交わしている弁護士はそっち側の人、財務省側の人です」
「加害者とされる側に被害を名乗り出るというのはあり得ない話で、顧問契約で報告義務などもある以上、中立的な立場で判断することはできません」
麻生大臣はこれまで、報道陣の囲み取材に「知らない弁護士なんかに調査を頼めるか」と発言。
福田次官の聴取を担った財務省の矢野康治官房長も、18日の財務金融委員会で「弁護士に名乗り出ることがそんなに苦痛なのか」と述べている。
角田弁護士はこうした発言に触れ、「被害者保護のいろはのいもわかっていない」と厳しく批判する。
「麻生大臣が知らない弁護士なんかに調査を頼めるかと言っていますけど、こういう事案だからこそ、知らない弁護士である必要がある」
「被害者保護のいろはのいを全くわかってない。財務省の上の人がこんなことも知らないの?と大変ショックでした」
録音は「必要不可欠」、流出は「やむを得ない」
弁護士たちは、19日未明に会見したテレビ朝日の対応についても言及した。
テレ朝の会見では、女性社員が福田次官に無断で会話を録音していたことを問題視する声もあった。
また女性が音声データを週刊新潮に提供した点について、篠塚浩報道局長は「取材活動で得た情報が第三者に渡ったことは、報道機関として不適切で遺憾だ」とコメントしていた。
この2点について、早田弁護士は、まず会話を録音したことは、取材活動中のセクハラ被害から自分の身を守るために必要な手段だったと指摘。
そのうえで「これまでもセクハラ事件を多く扱ってきた中で、録音した箇所しか判決でセクハラとして認定されなかった例をたくさん見てきました」と反論した。
音声データを週刊新潮に渡したことも、女性社員がまず上司に相談しても受け入れられなかったから、やむを得ずとった手段だったとの認識を示した。
「上司が(被害を)握りつぶした結果、週刊新潮に持って行かざるを得ない状況を作ってしまったことが、テレ朝の組織全体として不適切であったと、私は受け止めています」
全ての女性の働きやすさ
この日の会見では、取材に集まった記者約20人中4分の3が女性記者だった。
中には、被害を受けた女性記者たちの人権を守るための今回の署名について、「手前味噌と取られかねないか…」という声が社内にあると話した新聞記者もいた。
太田弁護士は「記者だから署名をすることに意味があるということではなく、働いていたり、日々性的なハラスメントを受けている全ての女性のためにという思いで、活動をしています」と話した。
会見に子連れで出席した早田弁護士も「女性が生きやすい社会ってどういう社会なのかというと、やむを得ない時に子どもを仕事に連れてこれることもそうですが、セクハラがないことが大前提だと思うんです」と強調。
最後に角田弁護士は、マスコミ各社に対して連携を呼びかけた。
「普段はネタの抜き合いのライバル同士でも、自分のところで働いている人たちの人権をどう守るかは、利害が一致しているはずです」
「だって、相手は権力ですよ?新聞もテレビも含めて手をとって戦う機運をどう作っていくか、各社には考えて欲しいです」