東京入国管理局で3月12日、長期にわたり収容されているクルド人男性が体調不良を訴え、病院への搬送を求めて家族や支援者ら約70人が入管前に集まった。
体調不良を訴えたのは、クルド人のチョラク・メメットさん(38)。家族によると、メメットさんは12日午前から「胸が苦しく息ができない、手足がしびれる」などの体調不良を訴え、助けを求める電話を夕方、家族に掛けてきた。
だが、入管側はBuzzFeed Newsの取材に「嘱託医の診察の結果、外部診療を要する状況にある収容者はいなかった」と話し、説明は食い違う。何が起きたのか。
「両脇を支えられ、一人で歩けない」
メメットさんは2004年にトルコから来日して難民申請をし、昨年1月から東京入管に収容されている。
メメットさんの家族がBuzzFeed Newsに話したところによると、一連の経緯はこうだ。
3月12日
- 午前9時ごろ、メメットさんの妻が週に一度の面会に訪れた。だが入管から「本人の体調が悪く起き上がれないため、面会できない」と伝えられた。
- 午前10時半ごろ、5分間の面会が許される。メメットさんは両脇を職員に支えられ、一人で歩けない状態だった。「息が苦しい。頭が痛い。手足がしびれる」と言い、医師の診察を希望した。
- この時、入管は「午後1〜4時までに嘱託医の医師が来局するので、その時に診察させる」と家族に告げた。
- 午後3時半、入管職員から「薬を出した」と言われ、妻は埼玉県の自宅に帰宅した。
- 午後5時50分ごろ、メメットさんから妻に電話。きちんとした医師の診察を受けておらず、「息ができず、明日の朝まで持たない。助けて」と訴える。妻は入管に戻る。
- 午後7時20分ごろ、メメットさんから妻に再び電話。家族が弁護士に相談したところ、入管が救急車を呼ばないなら自分たちで呼ぶこともできると助言を受けた。
- 午後7時25分ごろ、救急車が到着。入管側は「今は時間外。明日医者が判断し、必要なら外の病院に連れて行く」と説明した。
- 午後11時10分ごろ、2台目の救急車が到着。だが、メメットさんは搬送せず。病状などについて家族への説明もなかった。
- 翌朝まで家族や友人、日本人の支援者らが入管の職員出入り口前に残り、病院への搬送を求め続けた。
3月13日
- 午前8時半、メメットさんと妻が面会。車椅子に乗り、まっすぐ座ることもできずうなだれている状態で、1、2分話すこともなく机に突っ伏した。
- 午後1時半ごろ、弁護士が面会を申し込むが「メメットさんは病院に行っており、面会ができない」と伝えられる。病院名などは明かさなかった。
- 午後4時ごろ、弁護士が入管問題調査会などと連名の抗議文を入管に渡した。
「外部診療を要する状況にある収容者の方はいなかった」
一方、入管側の認識は、メメットさんの家族のものと食い違う部分がある。入管の広報担当者は、BuzzFeed Newsの取材に対し13日、次のように説明した。
- 12日午前、メメットさんの妻が面会のために来局。メメットさんは体調不良を訴えていた。「体調不良を理由に面会を断ったわけではないが、当初は面会できなかった」
- 12日午後、メメットさんと妻が面会。
- 収容されている人が体調不良を訴えた際は、まず嘱託医が診察し、必要があれば外部の病院に搬送する。だが12日は「外部診療を要する状況にある収容者の方はいなかった」。
- 一方で、メメットさんについては「要経過観察」という判断が出たため、24時間体制で准看護師を配置することにした。
- 閉庁後、救急車が2度に渡り入管に来たが、「入管が出動を要請したものではなかった」。
- 救急隊員に対しては、入管内で待機していた准看護師がメメットさんの病状を説明した。救急隊員はメメットさんを搬送しなかった。その理由は「入管では把握していない」。
入管の広報担当者は取材に対し、メメットさんの体調や13日に病院に搬送されたのかどうかについて「個人情報なので(回答を)差し控える」と話した。
問題は国会でも質疑され、12日夜から13日未明にかけて、支援者らが使うハッシュタグ「#FREEUSHIKU」がトレンド入りするなど注目を集めた。
なぜ、救急車で搬送しなかったのか
入管の広報担当者は、収容者を外部の病院に搬送する必要があるかは、嘱託医や、今回のメメットさんの場合は、救急隊員らの判断に従うとしている。
「そこは、我々(入管職員)が判断できることではない」と話す。
医師が外部での診察・治療が必要だと判断した場合は病院に搬送しており、今回も収容者に対して入国管理局として、医療を提供する義務を怠ったという認識はない、という。
一方、メメットさんの家族らによると、メメットさんは13日午後、外部の病院に搬送された。これまで多くの難民の弁護を担当してきた児玉晃一弁護士は、一連の問題を「入管の判断ミス」と指摘する。
弁護士らが入管に確認した情報によると、12日の日中にメメットさんを診察した嘱託医は、精神科医だったという。児玉弁護士は言う。
「入管が収容者を病院に連れていかないという問題は、以前からずっとある。収容者からの体調不良の訴えを『嘘をついている』と受け止めている。入管は収容者の人権を重視せず、人間扱いしていない」
弁護士らが緊急共同声明「言語道断」
児玉弁護士ら入管や難民の問題に詳しい複数の弁護士グループは13日、緊急共同声明を発表し、入管の総務課にも直接、届けた。
声明は「被収容者の生命・健康に全責任を負うはずの入管が、病状を心配した知人が呼んだ救急車を医師の判断によらずに2度も追い返したのは言語道断」「東京入管は、被収容者の健康管理に100%の責任を負うに足りる体制がないことが、今回の事件で明らかになった」と非難し、メメットさんの即時解放を求めた。
「国を持たない世界最大の民族」の悲劇
クルド人は、トルコ、イラン、シリア、イラクにまたがって暮らす民族。
人口は推定で3000万人だが、民族分布と無関係に国境線が引かれたために自らの国を持てず、いずれの国でも少数民族として弾圧されたり、差別されたりしている。「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれる。
このうち、トルコから日本に渡り、難民申請などをして滞在しているクルド人は約2000人。多くは埼玉県に暮らしている。しかし日本政府は、トルコ出身のクルド人を1人も難民として認定していない。2018年には、戦乱のシリアを逃れてきたクルド系シリア人の難民認定も却下された。
メメットさんには、トルコで生まれた14歳の息子と、日本で生まれた2人の小学生の息子がいる。
メメットさんの妻は「難民は『犯罪者』じゃない。それなのに、いつ収容所から出てこられるか分からず、子どもたちにも説明できない。家族がいる難民を長期収容でバラバラにしないで」と訴える。
メメットさんと同時期に日本に渡り、14年間にわたり、不安定な「仮放免」という状態で日本に滞在し、さらに入管に2カ月間収容されていた男性(34)も語気を強めた。
「みんな、いつか自分もこうなるのではという思いで入管前で夜を明かした。もし彼が死んだら、誰が責任を取るのか」
【UPDATE】表現を一部修正しました。