「学力テストは地域のランク付けをするものではない」大阪市長の方針に、夜回り先生が批判

    「厳しい状況にある子供たちを、なんとか励まし、『生きる力』をつけてもらおうと支援している現場教員の『ふんばり』をくじくものになる」

    大阪市の吉村洋文市長が、毎年4月に小中学校で実施される「全国学力テスト」の結果を、教員のボーナスや学校予算に反映させる方針を示したことを受け、波紋が広がっている。

    8月14日には、教育関係の団体や識者が、方針の撤回を求める署名1万5千筆を市に提出。

    中高生の非行防止に取り組む「夜回り先生」として知られた元高校教諭で、教育評論家の水谷修さんも「地域や学校、教員同士を競わせるのは愚の愚。子供たちが潰れてしまう」と危機感を示す。

    「結果に対して責任を負う制度に変える」

    吉村市長がこの方針を発表したのは、8月2日の定例会見

    今年度の学力テストの結果、大阪市の平均正答率が、20ある政令都市の中で2年連続最下位だったことから、「結果に対して責任を負う制度に変えていく」と掲げた。

    具体的には、学力テストの正答率を何%向上させるという数値目標を各校に設け、その達成度合いで、教員や校長を評価する。ボーナスや学校予算の増減に反映させていく考えだ。

    吉村市長は会見で、「学力がないんじゃなくて、きちんと教員がやる気を持って指導をすれば、僕は必ず上がると思っています」「(目標を)達成できない者はマイナスの評価をされるという、当たり前のことをやるべきじゃないか。その緊張感を学校も持つべき」と話した。

    評価制度の詳細は今後議論していくとした上で、正答率を何%向上させるかという数値目標については、全校に一律で同じ数字を当てはめるべきだとしている。来年度は必ず最下位を脱出し、15位を目指すと掲げた。

    大阪市はこれまで、2018年度予算で子どもの貧困対策に総額7億円を計上し、「学校力UP支援事業」として特に支援の必要な70校にサポート要員を配置するなどの取り組みを進めてきた。

    吉村市長は、こうした取り組みは「地道に続けていく」と述べている。

    「先生や子供たちを追い詰める」

    一方、こうした吉村市長の方針に対し、現場の教員や教育関係者からは批判の声が上がっている。

    林芳正・文部科学大臣は「テストで把握できるのは学力や教育活動の一側面。適切に検討してほしい」とコメント。

    8月3日には、大阪市を中心に教員向けの研修などを開催している教育コーディネーターの武田緑さんが、「子どもたちに一生懸命向き合っている先生たち、そして子どもたちを追い詰める」と、方針撤回を求める署名活動を始めた

    「大阪市の先生たちが『現場ががんばってないと思ってるのか…』『いよいよ(大阪市と)別の自治体を受けようかと思う』とSNSに投稿してるのを見て、何とかその絶望感に歯止めをかけたいと思い、始めました」

    武田さんは、BuzzFeed Newsの取材にそう話す。

    署名では、学力と貧困には相関関係があり、大阪市は平均的な手取り年収の半分を下回る世帯で暮らす相対的貧困率が15.2%、母子家庭のみに注目すれば42.9%と、全国的にも厳しい状況にあることを指摘。

    「このような厳しい状況にある子供たちを励まし、『生きる力』をつけてもらおうと支援している現場教員の『ふんばり』を、今回の方針はくじくものになる」と訴えている。

    さらに、給与やボーナスの増減が教員のやる気や生徒の学力向上に繋がるという根拠がないことや、テストの点数を追い求めすぎることで「人の育つ場である学校から、豊かさを奪うことになりかねない」と危惧する。

    武田さんは「頑張る先生を応援したり、貧困対策にお金をつけたりする改革はどんどん進めていってほしい。でも人事評価に学力テストの結果を持ち込むことは職場環境を悪化させ、これまでやってきた良い政策をも損なう結果になってしまう」と話す。

    夜回り先生「学校や地域のランク付けに使うべきものではない」

    「夜回り先生」こと教育評論家の水谷修さんも、吉村市長の方針に疑問を呈す一人だ。

    水谷さんはBuzzFeed Newsの取材に「学力テストはそもそも、各地域の教育にどんな問題があるのか、その実態を探り、教育のあり方を検討していくためにやっているのであって、学校や地域のランク付けに使うべきものではない」と指摘する。

    「大阪は貧困の状態にある世帯が、全国的にも最も多い地域の一つ。家に帰っても親が働きに出ていていないとか、塾に行こうと思っても塾代が払えないとか、学習環境が整っていない子供たちが多くいます」

    「そんな中で、富裕層の多いその他の政令都市と単純に比べても、意味がないんです」

    学力テストで教員を評価する制度が実現した場合、「教育環境の悪い地域には教員が異動したがらなくなる」ことが考えられるという。

    また、目標が達成できなかった学校の予算を減らすことで、さらなる格差の拡大に繋がると指摘。そうした改革よりも、貧困対策や教員の増員、就労支援や母子家庭への支援の充実を検討すべきだと話す。

    「市長は、一度学校へ行ってごらんなさい」と水谷さんは言う。

    「夏休みでも、どこの職員室に行っても、先生たちは一生懸命仕事をしていますよ。彼らをこれ以上、追い詰めてどうするんですか」

    「子供たち一人ひとりの特性を伸ばしながら、生きる力、自立する力を養うのが学校です。子供たちは無限の可能性を持っています。学力テストで評価できるのは、ごく一部のものでしかありません」