リアリティ番組「テラスハウス」に出演していたプロレスラーの木村花さんが、SNSで誹謗中傷を受けてその後亡くなった問題で、花さんの母・響子さんが、SNSの投稿者を相手取って損害賠償を求める裁判を始めた。
3月22日には、花さんの死後、Twitterに「あんたの死でみんな幸せになったよ、ありがとう」などと投稿したとされる男性に対して、約294万円の損害賠償を求める裁判の第1回口頭弁論が開かれた。
男性側は木村さん側からの連絡に応じておらず、裁判にも出廷しなかった。
Twitterで殺到した誹謗中傷
「テラスハウス」はフジテレビやNetflixなどで放送・配信されていた、男女6人が共同生活を送るリアリティ番組。
花さんが共演者の男性と衝突する場面が配信されたことなどをきっかけに、SNSに花さんを攻撃するコメントが集中し、昨年5月23日、花さんは自宅で自ら命を絶った。当時22歳だった。
訴状などによると、被告人の男性は花さんの死後、「あんたの死でみんな幸せになったよ、ありがとう。テラハ楽しみにしていたのにお前の自殺のせいで中止。最後まで迷惑かけて何様?地獄に落ちなよ」とTwitterに投稿したとされる。アカウントはすでに削除されている。
司法において権利侵害の主体となれるのは、原則として「生きている人」のため、今回の裁判では、花さんに対する誹謗中傷によって、遺族である響子さんの「敬愛追慕の情(亡くなった人の生存中の人格権が保護されることを、遺族が信頼し期待する心情)」が侵害されたという主張をしている。
「毎回同じ苦しみを思い出しています」
「去年の5月、(花さんが亡くなったことは)かなり大きなニュースになりました」
期日後に開かれた会見で、響子さんは問題のコメントについて聞かれ、そう切り出した。
「それでも今も、誹謗中傷やネットでのヘイトが続いています。テラスハウスの共演者に限らず、全く関係ない芸能人や一般人に対するヘイトを目にするだけでも、毎回同じ苦しみを思い出しています」
「そういった被害を一つでも減らしていくために、発信者情報の開示を請求して、投げた言葉の責任をしっかりとらせることのできる世の中になってほしい。それが抑止力になればという思いで裁判をやっています」
花さんに対する誹謗中傷をめぐっては、警視庁が昨年12月、大阪府の男を侮辱容疑で書類送検した。
損害賠償を求める民事訴訟は今回が初めてとなるが、そのほかの誹謗中傷についても、並行して発信者情報の開示請求などを続けている。
「プロバイダ責任制限法」とは
ネット上での誹謗中傷に対して訴えを起こす場合は、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求をする必要がある。
まず最初に、そうした書き込みがなされたSNSや掲示板、ブログなどに対して「IPアドレス」の開示請求をし、その情報からプロバイダ(インターネット会社や携帯会社など)を特定する。
その後、プロバイダに対して契約者情報を開示するよう請求し、発信者の住所や氏名などを特定することができる。
2回の裁判手続きを経て初めて、実際の被害に対する損害賠償などをめぐる訴訟を始めることができるという仕組みだ。
相手を特定し、提訴するまでに半年
響子さんの代理人を務める清水陽平弁護士によると、今回の裁判では相手を特定して提訴するまでに、半年以上を要している。
まず、昨年7月にTwitterから発信者情報(IPアドレスとタイムスタンプ)の開示を受け、その情報をもとに、NTTコミュニケーションズに情報開示請求をした。
しかし、NTTが「権利が侵害されたことが明らかではない」として、開示を拒否したため、NTTを提訴。
その後、NTTから「契約者に意見照会を行なったところ、開示に同意するとの回答があった」との連絡があり、氏名や住所などの情報を得ることができた。
契約者と実際に投稿をした発信者が別人の可能性があるため、契約者に確認の手紙を2度送ったものの、返事は得られなかったという。
住民票の開示請求も試みたものの、その住所に該当する住民票はないとの回答だった。
「証拠を集めるだけでつらいのに…」
響子さんは会見で「(誹謗中傷の)証拠を集めるだけで本当につらい作業だったけど、裁判をするまでにこれだけの時間やお金や色々なものがかかって、精神的には本当に大変なものがあった」と、情報開示請求に費やした時間を振り返った。
男性側から連絡がなく、裁判にも出廷しなかったことについては、「裁判などから逃げられたとしても、自分の犯した罪からは逃げられないと思うので、花に対してしたことを本当に考えてほしい」と話した。
このまま被告側から反論がなければ、裁判は4月に予定されている次回期日で結審し、裁判所が賠償金額を決定することになるという。
BPOにも人権侵害の申し立て
花さんが亡くなった問題をめぐり、響子さんは放送倫理・番組向上機構(BPO)にも人権侵害の申し立てをしている。
響子さんは、娘の死は番組内の「過剰な演出」がきっかけで、SNS上に批判が殺到したためだと主張。一方フジテレビは、番組において花さんを「暴力的に描いていない」などと主張し、「人権侵害は認められない」と反論している。
3月16日にはBPO放送人権委員会で問題が議論された。近日中にBPOとしての決定が公表される予定だという。