17歳で頚椎を損傷。15年間引きこもった。そして母の死後、次の人生が始まった。

    日常的に介助が必要な障害者が親元や施設を離れて「自立生活」を築くまでの過程を記録したドキュメンタリー映画「インディペンデントリビング」が3月14日から、劇場やインターネットで公開されている。

    フチケンこと渕上賢治さん(51)がバイク事故で頚椎を損傷したのは、17歳のときだ。

    それから15年間、実家で寝たきりの引きこもり生活を送っていた。

    フチケンの「次の人生」が始まるのは、彼の介助を1人で担っていた母親が他界したのち。

    日常的に介助が必要な障害者の暮らしを支援する「自立生活センター」の存在を、人伝てに知った。

    おかんが亡くなってからそういう自立生活センターがあるよっていうのを教えてもらって、(電話)かけて、ほんで事情話したら、ヘルパーさんを使うことになるんやけど。

    んでまあヘルパーさんが「車いす乗ってみようや」って話して。俺嫌やってん、乗んのが。ていうのはずっと寝たきりやから、服着るのも大変やし。

    (するとヘルパーさんが)「服簡単に着したんでえ」言うて。…そんなんええの?思て、まんまと罠にはまってしもうたんや」

    (映画『インディペンデントリビング』より)

    「おっちゃんのヘルパーさん」の助けを得て、久しぶりに家の外に出たフチケンは、出入り口に段差がないノンステップバスなら、バスの乗り降りも、遠出も難しくないことを知る。

    17歳の頃にはなかった「100円均一ショップ」の存在も、彼にとっては衝撃的だった。

    15年間、自室の天井を見つめていた彼が、雨の日でも、風の日でも、台風の中でも「車いすに乗って出かけたい」と思うようになった。

    3月14日に東京・渋谷区のユーロスペースで公開された映画「インディペンデントリビング」は、車いすに乗ったフチケンが、ネオンに照らされた夜の繁華街を、一人ですべり抜けていく映像から始まる。

    29歳のヘルパーが自ら監督

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    「インディペンデントリビング」は、大阪にある3つの自立生活センターを舞台に、日常的に介助が必要な障害者が親元や施設を離れて「自立生活」を築くまでの過程を、生き生きと描いたドキュメンタリーだ。

    新型コロナウイルスの感染予防を考慮して、3月14日の劇場公開と同時にインターネットでの配信も始めた。

    監督は、自身も介助ヘルパーとして働いてきた田中悠輝さん(29)。

    ヘルパーとして働く傍ら、3年間にわたって、自立生活を目指す障害者とそのサポートをする人々の日常を記録してきた。

    障害者が自分の意志で人生を選ぶ

    舞台となる3つのセンターは、いずれも車椅子で生活をしている障害当事者が代表を務めている。

    自立生活センター「リアライズ」代表の三井孝夫さんと、「社長」の愛称で知られるNPO法人自立生活夢宙センターの平下耕三さん。

    そして冒頭に登場したフチケンこと渕上さんだ。自身の人生を変えた自立生活支援センターの活動に胸を打たれ、2010年に同センター「ムーブメント」を立ち上げた。

    各センターのサポートを受けながら、自立生活を目指す登場人物たちも個性あふれる面々ばかりだ。

    クリスマスらしいことがやってみたいとイルミネーションを見に行く18歳のたいき。ヘルパーの男性と付き合い始めたえみちゃん。

    元塾講師だけど、俳優になってみたいトリス。なかなかお母さんから親離れ・子離れできないあっすー。

    それぞれが自分の意思で決めた毎日を生きるために、つまずきながらも前へ進む姿は時に可笑しく、時に心を揺さぶり、応援せずにはいられない。

    「笑ってもいいんですか…?」

    「東京の劇場公開に先行して、センターの地元・大阪や京都で上映した際に、『笑ってもいいんですよね…?』という感想を多くもらったのですが、もちろん笑っていただいて大丈夫です」と、田中監督は語る。

    「むしろ社長(平下さん)は上映会に来ると、『俺、ウケとれてなかったなあ(笑)』とおっしゃるくらいで…。僕が面白いと思った場面を選んでいるので、ぜひ笑っていただけたら嬉しいです」

    そこには障害者に対する「決めつけ」を超えて、彼らとその活動の魅力を知ってほしいという思いがある。

    「この作品に出てくれた方々は笑いも取りたいし、自立生活センターや彼らの暮らしはこんなに面白い場所なんだってことを伝えたいと考えています」

    「それは、この場所には面白さや居心地の良さがあると彼らが信じていて、色んな人に一度訪れてみてほしい、そして手を貸して欲しい、一緒に活動を作っていきたい、という思いがあるからだと思います」

    障害者の「自立」とは

    この映画、そして登場人物たちの人生が物語っているのは、自分一人で身の回りのことができる「身辺自立」や「経済的自立」とは異なる、リスクを取ってでも、自分の意志で、自分らしく生きる自由をつかんでいく「自立」の形だ。

    全国122団体が加盟する「全国自立生活センター協議会」のサイトには、こう書かれている。

    自立(生活)ってなに?自分で立つこと?

    じゃなくて、自分で洋服を着たり、トイレができること?

    それとも、自分で自分のご飯を食べるお金を稼ぐこと??

    誰にも頼らず、一人で生きていくこと??

    いいえ、車椅子を利用して移動したって、介助者を使って服を着替えてもいいんです。年金で生活するのも必要なサービスを受給して地域で生活することも、ちゃんとした権利です。

    一人で生きるなんて、そもそも無理な話です。生まれた時から、誰でも自分以外の人と関わりながら生きています。

    …(私たちが考える自立《生活》とは)1人の人間として、その存在を認められることです。

    (全国自立生活センター協議会サイトより「自立の理念」)

    「例えば食事をする際に、自分一人で食べようと思ったら何時間もかかってしまうことが、介助者がいれば30分でできるとしたら、後者の方が『自立』していると考えられます」

    「そうやって、介助者も内包した形での自立モデルが重要になってきているのだと思います」と田中監督は言う。

    作中にも、象徴的なシーンがある。自立生活を目指して、センターで介助サービスの利用を始めたトリスに、自身も車椅子で生活している職員が「ヘルパーに遠慮してはいけない」と説明する場面だ。

    ヘルパーはボランティアではなく、仕事として対応します。ボランティアさんではないです。ちゃんと金をもらってます。なので、遠慮なく。ヘルパーに遠慮したらダメです。

    ヘルパーはあなたのサポートはしてくれますが、あなたの指示を受けて、初めて動きます。1日の生活のリズムを決めるのはあなた自身です。

    介助サービスとは、障害を持つあなたが自分らしい生活を送れるように援助するサービスです。

    (映画『インディペンデントリビング』より)

    「入り口」に立って

    障害者が自分の人生を選択する権利と保障を求める「自立生活運動」は1960年代のアメリカで始まった。

    日本では、1989年に第1号の自立生活センターが誕生し、2016年に「障害者差別解消法」が施行。19年の参議院議員選挙では、れいわ新選組から重度障害のある議員が2人当選した。

    一方、現行の重度訪問介護制度では、就学や就労中は対象外であるなど、「自立」を支援する現場での課題は多く残る。

    2月20日に参議院議員会館で行われた上映会で、「社長」こと平下さんはこう語った。

    「こんな生きにくい社会ですけど、やはり人間の尊厳というものが確立されるような社会になっていかんとあかんわけです。だからこそ、地道ながら我々もこの活動の価値を広げていって少しでも共感者を増やすことが大事だと思っています」

    「我々はすごく自信を持って活動してます。映画を通じてこの魅力や価値をどんどんいろんな人に知ってもらって、我々の活動の入り口に立ってもらえたらと思っています」

    映画「インディペンデントリビング」は3月14日からユーロスペースで公開中。劇場での感染予防対策についてはこちら

    インターネットでの配信はこちら(https://vimeo.com/ondemand/filmil)。4月3日(金)24時までの配信を予定している。


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