午前3時。ソファに寝転んだ彼は、早く、苦しくなっていく呼吸と呼吸の間に、ある願望を漏らす自分の声を聞いた。
「もう、死んでしまいたい」
それは今まで一度も聞いたことがない声で、彼にはどうにもならないものに思えた。
重くのしかかる夏の空気。涙で視界がかすみ、全ての感覚が鈍っていくなか、体にじとっとまとわりつく汗の感触だけが、やけに現実味を帯びていた。
ゼルダに救われた
「あの夜初めて、本当の恐怖を経験したんです」
BuzzFeed Newsの取材にそう話すのは、アメリカのゲームライター、デレク・バックさん(@DeathByDerek)。2016年、仕事を失ったことなどをきっかけに、うつ病を患った。

病が仕事、生活、人間関係を次々と蝕み、自殺願望も抱くようになった彼を救ったもの。それは、2017年春に発売されたNintendo Switchのゲーム「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」だった。

生きていることが罰のよう
僕にとってうつ病は、雲みたいなものでした。
ある朝起きて、今日は晴れているなと思ったら、数時間後にはどんよりとした曇り空が広がっている。それもいつ天気が変わるのか、僕には全く予想がつきませんでした。
小さい頃からあまり自分に自信がない性格で、本当に自分に存在価値があるのか、時折不安を感じていました。
だから、自分が長年誇りに思っていたゲーム専門メディアでのライター兼YouTube番組のホストとしての仕事を失ったときから、そうした不安との戦いはより一層苦しいものになりました。

他の仕事も手につかなくなり、友だちにも会わず引きこもりがちになりました。結婚生活も破綻。
うつ病にかかってからは、ただただ生きて、自分が存在していることが、何かの罰かのように感じられました。
まるでグローブの紐を縛られたまま、延々と殴り続けられているボクサーのような気分。ただ、一向に殴る手を止めない相手も、僕自身でした。
だから、何気なく「ゼルダの伝説」を手に取ったとき、僕の生活は今にも崩れ去ろうとする最中だったんです。
唯一「息ができる」場所
バックさんは、瞬時にゼルダの世界に夢中になった。
主人公リンクについても、子どもの頃に遊んだ友だちと再会したかのようだったといい、ゲームをしている間だけは落ち着いて呼吸ができる、そんな気分だったと話す。
ゲームを始めた当時、僕は何かをしたいという意欲がなくなってから、すでに数ヶ月が経っていました。
でもゼルダを始めてからは、寝ていないときはゼルダをしている、ゼルダをしていないときは寝ているというほどゲームに熱中しました。
リンクと冒険している間だけは息ができる、そんな感覚だったんです。
ハイラルでは1時間に1度くらいの頻度で嵐がやってきますが、すぐにまた必ず晴れ間が訪れます。
現実世界で大事なものが失われてしまうように、ハイラルでもお気に入りの武器や盾はいつか壊れてなくなってしまう設定です。でもそれは、またさらに強い武器を求めて冒険できる可能性を意味していました。
そして過去にどんなにつらい敗北や喪失を味わっていても、リンクは絶対に諦めない。彼との冒険は、現実世界には到底ない達成感の連続でした。
うつ病にかかっているとき、現実の世界はクローゼットの中のように真っ暗でした。でもゼルダの世界「ハイラル」は光に溢れ、どこまでも自由で、希望に満ち、秩序がありました。
ゼルダはもはや僕にとってただのビデオゲームではなく、自分の感情と向き合い、折り合いをつけられる大切な世界となっていたのです。
ゲームを進めるにつれ、バックさんは心を落ち着けることができる唯一の場所になっていたハイラルを失うのが恐ろしくなった。
だが、プレー時間が300時間を超え、全ての装備、試練、図鑑を制覇したとき、現実世界の「悪」に立ち向かわなければと覚悟を決めたという。
姫を救い終わったら、今度は自分自身を救いに行かなければ、と。
「一人で行くのは危険だ」
バックさんはうつ病を患い、世界が崩れそうになったとき、ゼルダに救われた。
「でも、もちろんゼルダがうつ病を治癒するわけではありません」。そう重ねて強調する。
自殺願望を抑えられなくなるかもしれないという恐怖を感じていたときに、落ち着くことができる居場所になった。そして、自分の感情と向き合う方法を取り戻す時間を作ってくれた。
「人生で一番苦しかった年に、昔の友だちのリンクが現れて、『一人で行くのは危険だ』と言ってくれたんです」

ゲームは自由だから
「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」は12月8日、世界中のゲームメディアが今年もっとも優れたゲームに贈る「ゲーム・オブ・ザ・イヤー」を、日本のゲームとして初めて受賞した。
日本のゲームが初めてThe Game AwardsのGOTYアワードを受賞! 「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」おめでとう! https://t.co/BUn3qFsM7E
バックさんは話す。
「ゲームの素晴らしいところは、プレーしてる人全員が違う理由、違う楽しみを求めてプレーする自由があるところ。それがただの暇つぶしでも、僕みたいに自分の存在価値を探しているのであってもです」
「ゲームなんてくだらない、ゲームは悪影響だという声があっても、もしそれがあなたを幸せにしてくれるなら、とことん大事にしてほしいです」
I don’t believe in miracles. I believe in Switch.
「僕は、奇跡は信じない。信じるのはNintendo Switchだ」