ゲイだと暴露「許されない行為なのは明らか」 一橋大学アウティング事件、遺族の控訴は棄却

    ゲイだと暴露された一橋大学法科大学院の学生が、キャンパス内の建物から転落死した「一橋大学アウティング事件」。遺族が大学を訴えた裁判の控訴審判決で、東京高裁は遺族側の控訴を棄却した。

    ゲイであることを同級生にアウティング(暴露)された一橋大学法科大学院の学生(当時25)が、キャンパス内の建物から転落死した「一橋大学アウティング事件」。

    遺族が大学側に損害賠償などを求めた裁判の控訴審で、東京高裁(村上正敏裁判長)は11月25日、大学が安全配慮義務を怠ったとは言えないとする一審・東京地裁の判決を支持し、遺族の控訴を棄却した。

    一方、一審判決では言及のなかったアウティング行為の重大性について、「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって、許されない行為であることは明らか」と明言した。

    亡くなった学生の両親と妹は同日、代理人弁護士らとともに会見を開き、上告しない方針を発表した。遺族側弁護団によると、アウティング行為を「許されない」権利侵害だと認める初めての判決となる見込みだ。

    事件の経緯を振り返る

    事件が起きたのは、2015年8月24日。判決などによると、一橋大学のロースクールに通っていた学生は、キャンパス内の建物から転落し、搬送先の病院で亡くなった。

    その2カ月前、学生は約10人が参加していたLINEグループで、ゲイであることを暴露された。「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん」と送信したのは、学生が以前に好意を寄せ、気持ちを告白した同級生だった。

    それを機に学生は心身に不調を来し、心療内科への通院を始めた。一橋大学のハラスメント相談室や教授などにも、「同級生を見ると、吐き気がしたりパニックになったりする」と被害を相談していた。

    遺族側は今回の裁判で、一橋大学が学生の受けたアウティング被害などを把握していながら、その重大性を認識せず、適切な対応を取る安全配慮義務を怠ったと主張。

    大学側は、対応に不備はなく、学生の行動を事前に予測して防止することはできなかったと反論していた。

    2019年2月の一審・東京地裁判決では、遺族の主張は認められず、大学側の対応が学生をさらに追い詰めたという事実もないと判断した。

    控訴審判決も一審判決を支持し、相談を受けていた教授が学生に体調を尋ねたり、アウティングをした同級生と接触しなくて済むよう工夫したりすることが「望ましい行動であったとはいえる」ものの、安全配慮義務に反する違法なものだとまで言うことは「困難である」と述べた。

    「人格権とプライバシー権を著しく侵害」

    一方、一審判決で言及がなかったアウティング行為の重大性については、次の通り不法行為に当たると明言した。

    「本件アウティングは、(亡くなった学生が)それまで秘してきた同性愛者であることをその意に反して同級生に暴露するものであるから、(亡くなった学生の)人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって、許されない行為であることは明らかである」

    亡くなった学生とアウティングをした同級生の間に葛藤があったとしても、「そのことは本件アウティングを正当化する事情とは言えない」とした。

    遺族側代理人の南和行弁護士は「ご家族が控訴審で強く望んでいたのは、今回のアウティングが不法行為であると、ちゃんと認めてもらいたいということでした。それを裁判官が文字にしたこと、アウティングは不法行為であると認定してくれたことに敬意を表したいと思います」と評価した。

    妹は「この5年間、私たちは親としてどうすべきだったか、妹としてどうすべきだったか、どこで違う選択をしていたら同じ結果を招かなかったか、何度も考えてきました」と声を震わせた。

    「なので、一橋大学と前向きな話し合いができなかったことは、残念ですが、裁判所の判断として、アウティングが権利を侵害する行為であると判決に明記されたことは、この5年間の1つの成果だと思っています」

    事件が法整備の契機に

    今回の事件は、アウティング行為の危険性に注目を集め、国や自治体が法整備を進める契機となった。

    2018年には、一橋大学のキャンパスがある国立市が、アウティング禁止を盛り込んだ条例を施行。

    筑波大学は学内のガイドラインに「アウティングは、自死(自殺)といった最悪の結果を招きかねません。故意や悪意によるアウティングに対して、本学はハラスメントとして対処します」という文言を追加した。

    2020年6月に施行された改正労働施策総合推進法、通称「パワハラ防止法」でも、アウティング防止策を講じることが事業者に義務付けられた。

    「ずっと社会の変化を見てきました」

    「この5年間、ずっと社会の変化を見てきました」。父親は会見でそう語った。

    「自治体、大学などの組織においてもアウティング行為はいけないんだと認知されてきましたし、訴訟を起こした頃(2016年)に比べたら、だいぶ時代が変わってきたなと受け止めています」

    今後、一橋大学に求めることを聞かれ、母親は「息子のように命を落とすことなく、セクシュアルマイノリティの方が差別を受けることなく生きていけるよう、大学生活が送れるようになってほしい。そう願います」と涙を流した。

    妹は「一橋大学は兄が高校生の時から、その場で学ぶことを夢見た大学でした。『人を助けたい』と法律家を目指し、法科大学院でその夢がやっと叶いかけたところでした」と言い、こう訴えた。

    「いま、一橋大学に在籍している学生や卒業生の方、教職員の方々も、少しずつ学校をより良いところにしようと活動してくださっています。一橋大学には、その芽を摘むことなく、誰もが安心して学べるような大学になってほしいと思います」

    一橋大学「事実に基づき、大学側の立場を明らかにしてきた」

    一橋大学は11月25日、控訴審判決を受けたコメントを大学のウェブサイトで発表した。全文は以下の通り。

    平成31年3月に本学を被控訴人として控訴された民事損害賠償訴訟について、この度裁判所から控訴を棄却する旨の判決が言い渡されました。

    改めて亡くなられた学生のご冥福をお祈りし、遺族の方々に弔意を表します。

    本件につきましては、裁判において、事実に基づき、大学側の立場を明らかにして参りました。本学と致しましては、引き続き、学内におけるマイノリティーの方々の権利についての啓発と保護に努めて参ります。