妻子を亡くした事故後、休めた期間は「1カ月」。池袋暴走事故の遺族らが「死と向き合う時間」求めて要望

    犯罪被害に遭った人やその家族が回復のために取得できる「被害者休暇制度」の義務化を求めて、交通事故で家族を亡くした遺族たちの会が、厚生労働省に要望書を提出した。

    交通事故で家族を亡くした遺族たちでつくる関東交通犯罪遺族の会「あいの会」が2月1日、犯罪被害に遭った人やその家族が回復のために取得できる「被害者休暇制度」の義務化を求めて、厚生労働省に要望書を提出した。

    2019年4月に起きた「池袋自動車暴走事故」で妻子を亡くした松永拓也さんも出席。

    同日開いた会見で、「私が伝えたいのは、犯罪被害者を特別扱いしてくれということではありません」といい、「被害者が社会とのつながりを維持しつつ、愛する人の死や自分自身が受けた体や心への傷、捜査機関への協力などと向き合うだけの時間をいただきたい」と訴えた。

    犯罪被害者の「雇用の安定」

    要望書は、犯罪被害にあった当事者やその家族が、「被害者参加制度」を利用して裁判所に出廷する日やその準備のために必要な期間は、有給休暇とは別に、特別休暇を取れるような制度を設けることを、企業に義務付けるよう求めている。

    犯罪被害に遭った人やその家族は、事件事故による直接的な被害だけでなく、その後も続くさまざまな「二次被害」を経験している。

    被害に遭ったことによる精神的苦痛、医療費や転居費用が必要となった場合などの経済的困窮、捜査や裁判の手続きに要する時間的負担も少なくない。

    働くことができなくなって、失職するケースも少なくない。被害者が働き続ける難しさについて、国が2005年にまとめた「第一次犯罪被害者等基本計画」にはこう書かれている。

    「犯罪被害者等は、精神的・身体的被害によりやむを得ず従前に比べ仕事の能率が低下したり、対人関係に支障を生じたり、治療のための通院、裁判への出廷等のために欠勤したりすることになるが、犯罪被害者 等が被る精神的・身体的被害の重篤さや、刑事手続等による負担に関す る雇用主や職場の知識の欠如・無理解により、仕事をやめざるを得なくなる場合が少なくないとの指摘がある」

    特に裁判は平日に開かれ、長期間にわたって続くケースもある。会社勤めの被害者にとっては、通常付与されている有給休暇のみで対応することができない場合も多くあるという。

    愛する人との死と向き合う時間を

    松永さんの場合は、事故で妻の真菜さん(当時31)と長女の莉子さん(当時3)を亡くし、事故直後は仕事ができる状態になかったという。

    しかし、いま自分が仕事を辞めざるを得なくなった場合、今後生きていけるのかわからないという不安を感じ、福利厚生によるさまざまな休暇制度を組み合わせることで、1カ月間の休みを確保した。

    「その1カ月間で、葬儀や役所の手続きなどをしながら、二人の命がなくなってしまった苦しみ、悲しみに苦悩して、命を絶つことも考えました」

    「ただその1カ月間があったから、自分がこの先どう生きていけばいいんだろうと考える時間にできた。その時間がなければ、今の私はなかったと思います」

    2020年10月に裁判が始まってからは、期日があるたびに有給休暇を取って、出廷している。昨年は残り0.5日でギリギリ間に合ったものの、刑事に続いて民事での裁判も始まる今年は、おそらく有給のみでは対応できなくなるだろうという。

    松永さんの代理人を務める上谷さくら弁護士は、「被害者参加制度は、松永さんのように裁判に積極的に関わりたいという被害者にとっては不可欠なもの。休みが取れないからと参加できなくなることは、回復に著しく支障をきたす」と指摘する。

    2004年に成立した「犯罪被害者等基本法」では、犯罪被害者の雇用の安定を図るため、当事者が置かれている状況について事業者の理解を深めるなど、国が「必要な施策を講ずるものとする」と定められている。

    そのため、これまでも厚労省が特設ページなどを通じて、「犯罪被害者等の方々が、仕事を続けられるようにするため、年次有給休暇だけではなく、被害回復のための休暇制度の導入が求められています」と、企業に特別休暇の導入を推奨してきた。

    しかし、法的な義務などはなく、こうした制度やその必要性は「十分な認知がなされていない状況にある」のが実態だ。

    多くの被害者がいることを

    あいの会では今後、法改正に向けて法務省などにも働きかけていく予定だという。

    あいの会代表で、自身も家族を交通事故で亡くした小沢樹里代表は、「今日は交通遺族の会として要望書を提出してきましたが、交通事故に限らず、殺人事件やDV、性犯罪すべてにおいて、多くの被害者がどれだけの苦しみを負って生きているか」といい、こう訴えた。

    「私の家族の事故は13年前に起きましたが、その当時と何も変わらず今の状況があります。今この場で苦しんでいる松永さん、ここにはいない本当に多くの被害者がいるんだという思いになってほしい」