「刺されたのは私だったかもしれない」 小田急線で女子大生が重傷を負った刺傷事件、学生たちが国に求めること

    「ただ街を歩いているだけでも、電車に乗っているだけでも、普通に生活しているだけでも守られる必要のない社会で生きたい」

    小田急線の電車内で女子大生などが刺された事件をめぐる報道を機に、女性であることを理由に、女性が標的とされる殺人「フェミサイド」への注目が高まっている。

    日本で暮らす女性は日々、どのような危険に接しているのか。国に対して「フェミサイド」に関する実態調査や対策を求める署名約1万7千筆が9月17日、法務省に送付された。9月22日には内閣府へ提出される予定だ。

    「フェミサイド」とは

    フェミサイドの定義には様々な解釈があるものの、一般的には「ジェンダーに基づく暴力」の一種と位置づけられ、社会に根付く性差別や男女間格差が背景にあるとされる。

    WHOは「フェミサイドは一般的に『女性であることを理由に女性が標的とされる意図的な殺人』と理解されている」と説明。

    パートナーなど親密な関係にある人物による被害がもっとも多いとする一方、親密な関係ではない人物による被害もフェミサイドの一種として分類している。

    また、国連の女性に対する暴力特別報告者は、フェミサイドを「性別やジェンダーを理由とした女性の殺害」と定義し、「女性に対する暴力の最も極端な形態であり、女性に対する差別と不平等の最も暴力的な兆候である」と警鐘を鳴らしている。

    小田急線車内で女子大生らが刺傷

    この言葉が日本で注目を集める発端となった事件は8月6日、登戸駅から下北沢駅へ向かう小田急線の車内で起きた。

    包丁を持った男が、女子大学生の胸や背中などを刺して重傷を負わせたほか、殴られたり蹴られたりした乗客ら計9人が軽傷を負ったという。

    容疑者の男(36)は9月17日までに、女性客2人と男性客1人に対する殺人未遂などの疑いで逮捕・再逮捕された。殺人未遂容疑については、一部否認しているという。

    捜査は続いており、詳しい犯行動機は明らかになっていない。

    しかし、容疑者が「幸せそうな女性を見ると殺したくなった」「勝ち組の女性やカップルを標的にした」「大学時代から女性に馬鹿にされており、華やかな女性や一緒にいる男性の首を切りたいと思うようになった」などと供述していると報じられたことから、女性を狙った「フェミサイド」を企図したのではないかという声が相次いだ。

    大学生が国へ要望書を提出

    今回の署名を立ち上げた皆本夏樹さん(活動名)は、都内の大学に通う大学生だ。

    事件が起きた現場は、自宅から数キロ先の場所。命を狙われたのは自分と同じ女子大学生だったと知り、「刺されたのは、私だったかもしれない」と感じた。

    要望書には、学生団体を中心に5つの団体が賛同した。女性を標的とした「フェミサイド」に着目して、国として啓発活動を行うとともに、過去10年に発生した殺人事件・殺人未遂事件を検証し、被害の実態を明らかにするよう求めている。

    皆本さんは「フェミサイド」という言葉を使うことで、これまで見過ごされてきた「女性に対する暴力」を可視化することができると考えている。

    「DV(家庭内暴力)やセクハラという言葉も昔はありませんでしたが、被害が存在しなかったわけではありません。被害を言い表す言葉がなかったから、被害自体も問題視されていなかっただけです」

    「同じように、ただの殺人事件と扱われてしまった被害の中には、女性に対する暴力であるということが可視化されないままのものがある。だからこそ、国として『フェミサイド』という言葉を用いて、実態を調査してほしい」

    「関係ない」と思える特権

    賛同団体の一つである「Speak Up Sophia」共同代表の山﨑彩音さんも事件後、小田急線を使うことができなくなった一人だ。

    周囲からは事件について「怖かったね」「危ないから家まで送ってあげるよ」などと気に掛ける言葉をもらったが、そもそも誰かに守られないと、女性が安全に生きられない社会であることに疑問を抱くべきだと訴える。

    署名に寄せられた賛同コメントの中には、《昼夜問わず、公的空間で見ず知らずの男性に突然ぶつかられたり、怒鳴られたり、背後で性的な言葉をわざとつぶやかれたり、帰り道や電車で痴漢被害にあったりする現実の延長線上にフェミサイドがある》という声があった。

    皆本さんは「女性たちが日常的に経験している差別や暴力の延長線上にフェミサイドがある」と指摘する。

    「ただ街を歩いているだけでも、電車に乗っているだけでも、普通に生活しているだけでも、守られる必要のない社会で生きたい。まずは、日本社会にはジェンダー不平等が存在することの認識から始めなければならないと思います」